軽量なろうリーダー

「すぐ戻る」と幼馴染の元へ走った夫を、私は笑顔で見送りました

作者: かおるこ

あらすじ

結婚記念日の灯りがテーブルのワイングラスに揺れていた。焼きたてのパンの香り。花屋で買った小さな薔薇。私は今日という日を少しだけ楽しみにしていた。その時。あなたのスマートフォンが鳴った。震える指先。変わる顔色。そして聞き慣れた名前。幼馴染。あなたは立ち上がり、「すぐ戻る」と言った。私は微笑んだ。「いってらっしゃい」と。引き留めなかった。袖も掴まなかった。泣きもしなかった。玄関のドアが閉まる音は、思ったより静かだった。私は一人で席に戻り、冷めていくスープを見つめた。湯気は消え、期待も消え、そして何かが終わった。その夜から私は、待つことをやめた。帰りを待つ妻を。信じる妻を。許し続ける妻を。少しずつ。少しずつ。まるで冬が庭を覆うように。心は静かに冷えていった。あなたは知らない。私の笑顔が、許しではなかったことを。あなたは知らない。私の沈黙が、諦めではなかったことを。あなたは知らない。優しさの下で、何かが静かに育っていたことを。記録。証拠。真実。そして決意。あなたは何度も言った。「すぐ戻る」けれど。一度も戻ってこなかったのは、あなたの心の方だった。だから私は見送った。笑顔で。ひまわりのように。春の日差しのように。何も知らない妻の顔で。見送った。あなたが選んだ道へ。あなたが望んだ未来へ。あなたが捨てた幸せの外へ。そして最後の日。あなたは振り返る。何もかも失って。初めて気付く。本当に愛してくれた人を。本当に帰るべき場所を。けれどその時には、もう遅い。私は新しい窓を開ける。朝の風が吹く。コーヒーの香りがする。青い空が広がっている。着信音が鳴る。懐かしい名前。けれど私は微笑んで、静かに画面を閉じる。そして、あの日と同じ言葉を口にする。「いってらっしゃい」今度は本当に。二度と戻らないあなたへ。

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