軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十六話 ミーア姫、キュンとする!

剣術大会の二日前。ミーアは、アベルのところに事情を説明に訪れた。

これから、ちょうど湖畔に剣の素振りをしに行くということなので、並んで歩きながら話すことにする。

「そうか、手作り弁当か……」

普通であれば、きちんとした店に注文するところを、素人以下の自分たちが作るのだ。

ミーアとしては、

――わたくしの料理、結構、イケてるのではないかしら?

などと、キースウッドが聞いたら卒倒しそうなことを確信してはいるのだが。

そこはそれ、さすがにお店のプロにかなわないことぐらいは自覚はしている。

そこで事前に、ちょっとだけまずかったらごめんなさい、という予防線を張りに来たのだ。

「もうしわけございませんわ、アベル王子。本来であれば最高級のお店で注文するはずのところを……」

「いや、かまわないよ。かまわないというか、むしろ嬉しいぐらいだ」

「嬉しい、ですの?」

「ああ、母上が時折、作ってくれたからね」

レムノ王国では、貴族と言えど、女性の立場はあまり高くない。

基本的には、それは良いことではないが、逆に言えばそれは、貴族の女性であっても平民のように行動できるということでもある。

貴族であっても夫や子どものために料理を作ることが、ほかの国に比べて珍しいことではないのだ。

「確かに、専門の料理長が作るより味は落ちるのかもしれないが、それでも一生懸命に母上や姉上が作ってくれただけで嬉しいものだったよ」

優しげに、楽しみにしてるよ、と言うアベル。想定外の反応を見て、ミーアは、手作り弁当に要求されるレベルがワンランク上がったのを感じた。

――まさか、アベル王子が手作り弁当を食べ慣れているなんて……。手作りだから味が落ちる、なんて言えなくなってしまいますわ。ここは、やはり、もっと凝ったものを……。

などと……、ミーアの思考がよからぬ方向に向かいつつある時だった。

「わぁ……」

突如、目の前に広がった光景を見て、ミーアは小さく歓声を上げた。

見渡すかぎりの青。澄み渡る湖面が日の光にはじけて、キラキラと輝いて見えた。

白く美しい砂浜には、ほとんど人の気配はなく、静かな波の音だけが響いていた。

「こんな素敵なところがあるなんて、知らなかったですわ……」

前の時間軸でも一度も来たことがない場所である。

「そうか。気に入ってもらえたのならば、よかった」

アベルはそう言うと、そっと手を差し出してきた。

「足元に気を付けたまえ」

流れるような自然なエスコートに、ミーアは少しだけキュンとしてしまった。

――ま、まぁ、男子として当たり前のことですわ!

ちょこん、と手を握る。

予想していたよりも固くてたくましい手の平に、ミーアは再びキュンとした。

――ああ、こんなきれいな湖畔を殿方と歩く日が来るなんて……。

地下牢にいた時には、想像もしなかった瞬間である。

ミーアがしみじみ幸せを噛みしめていると、

「でも、少しだけ残念ではあるな」

アベルがつぶやく。不思議そうにミーアは首を傾げた。

「なにがですの?」

「いや、ミーア姫のお弁当を一人占めできないのが……」

「……え?」

いたずらっぽい笑みを浮かべるアベル。その突然の一言に、ドキリ、と心臓が高鳴った。

――なっ、なっ、なに言いだすんですの、この人っ!? て、天然なんですの?

地下牢で幾度となく想像し、妄想した、空想上のシチュエーション。

恋仲の男性とともにやってくる浜辺……。

甘い会話……。

なんの覚悟もなく、そんな状況に叩きこまれたミーアはパニック寸前だった。

――お、落ちつかなければ。そ、そう、深呼吸ですわ!

突如、顔を赤くして、呼吸を荒くし始めたミーア。それを見たアベルは、心配そうにミーアの顔を覗き込む。

「ん? 少し疲れたかね?」

「え? あ、ええ、そ、そそ、そうですわね」

アベルは砂浜の、木陰になっているところにミーアを連れていき、自らの上着を砂浜の上に広げて、

「しばらく、そこに座って休んでいくといい。退屈するだろうから、回復したら先に帰っていてくれたまえ」

ミーアを座らせると、おもむろに素振りを始めた。

「まぁ、ずいぶんと熱心に励んでおられるようですわね」

先ほど握ったアベルの手の平は、すっかり固くなっていた。それは、彼がどれだけ剣を振り続けたかを表していた。

「はは、我ながら、こんなに必死に剣を振ったことなど、今まで一度もないよ。なにしろ、どうしても勝ちたい相手がいるからね」

そう言ってからアベルは、ふとなにかを思いついたような顔をした。

「だから、そうだな。お弁当のこと、残念だが、少しだけ安心もしているのだ」

「……へ?」

「いや、ボクだけミーア姫のお弁当を食べたとなると、そのおかげでシオン王子に勝てたなどと言われるかもしれないからね」

そう言って、輝くような笑みを浮かべるアベル。その爽やかな顔を見たミーアは、

「……はぇ?」

息が抜けるような、ヘンテコな声を上げることしか、できなかった。