軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十五話 キースウッドの料理教室

剣術大会の三日前。調理場で弁当作りの予行演習をするというミーアたちを、キースウッドは視察した。

そして……、その惨状に天を仰いだ。

「ミーア姫殿下……、そのパンは?」

ぺったん、ぺったん、と、パン生地をこねて形を作っていたミーアは、キースウッドの問いかけに、得意げな顔で答える。

「ええ、アベル王子は馬術部に入られるぐらい馬が好きですし。きっと喜んでいただけると思いますわ」

頬に小麦粉をつけたまま、ぐぐいっと胸を張る。自らの”作品”を前にして会心のドヤ顔である。

「なるほど、確かに相手のことを考えて料理するのは基本ですね」

キースウッドは感心した様子でうなずいてから、

「ですが、ミーア姫殿下、このパンには致命的な欠陥があります。アンヌ嬢、頼む」

隣にいたアンヌに話を振った。

アンヌは心得た、とばかりに済まし顔でうなずいた。さすがにパン焼きに慣れているので、ミーアのパンの問題点をしっかりと見抜いているのだろう。

「はい。ミーア様、馬でしたら、もう少し、こう、耳のところがですね……」

「違います。こんなに大きくて、ぶ厚かったら、生地の中まで火が通らないんです。どの窯で子馬サイズのパンを焼こうっていうんですか。もっと小さく平たくしてください」

ミーアの手前に置かれた実物大の子馬サイズのパン生地。まるで彫刻のようなそれを、容赦なくちぎりとり、バン、と潰して見せる。

ミーアの、ああ! という悲しげな悲鳴が聞こえたが無視である。

「このぐらいの大きさにしてください。いいですね! ミーア姫殿下」

「…………」

ぷくーっと不満げに頬を膨らますミーアに、もう一度念押し、

「い・い・で・す・ね!?」

「……はぁ、仕方ありませんわね」

やれやれ、みたいに肩をすくめるミーアに、一瞬、イラッとするキースウッドであるが、ここは我慢である。

「キースウッドさん、私の野菜はどうですか?」

「ああ、ルドルフォン伯爵令嬢……。野菜を切るのがお得意のようで」

キースウッドは、ティオーナがこしらえた千切りを見て、頬をひきつらせた。

「ですが……、シオン殿下もアベル王子も、草食動物ではないので、野菜の千切りばっかりそんなにたくさんは食べられないと思いますよ」

大皿四皿に大盛りって、どんだけ千切りしてんだよ! と、鋭いツッコミを入れたくなるのを、キースウッドは懸命にこらえた。

なにしろ相手は伯爵令嬢、しかも大国ティアムーン帝国の、である。ここは我慢である。

試されるキースウッドの忍耐力である。

「んっ? この匂いは……」

「肉、焼けた、です」

調理場の裏の扉を開けて、リオラが入ってきた。

「これは……、とても美味しそうに焼けたね、リオラ嬢」

ジュウジュウと音を立て、肉汁を滴らせる鶏肉。ところどころ焦げてはいるが、実に美味しそうではある。

美味しそうではあるのだが……。

「あとは、お料理をお出しする相手のことを少し考えてもらえればいいんだけどね……」

なぜ、調理場のオーブンを使わないのか!

なぜ、わざわざ中庭にもっていって、たき火の熾火で肉を焼かなければならないのか!?

ワイルド過ぎる上に、清潔さの点で、ものすごく出しづらいのである。と、注文を付けようとしたところで、隣から口を出してくる者がいた。

「そうですよ、リオラさん。相手は王子様なんですよ?」

クロエは、分厚い料理の本を片手に言った。

――ああ、さすがはフォークロード商会のお嬢さんだ。しっかりとした常識を……。

「素材のうま味を生かすには、生肉が……」

「絶対だめです。やめてください」

神速で切り返すキースウッド。

クロエの持っていた本のタイトルが「秘境の珍味レシピ」だったことに今更ながらに気づくキースウッドである。

「え? でも、馬のレバーの刺身はおいしいって、本に書いてありましたよ。それに、馬術部に入っておられるアベル王子には馬のお料理がいいかなって……」

「まず、内臓の刺身とやらは、専門のお店に行って食べるものです。そしてそれ以上に、ミーア姫殿下みたいなノリで馬料理とか言わないでください。馬術部に入っている方に馬肉とかいやがらせです。パンを馬型にするのとは違う次元の嫌がらせですから!」

半端に知識を持った料理初心者が一番アブナイことに、キースウッドは今更ながらに気づかされるのだった。

――これは、大変なことになってきたぞ。

手遅れになる前に、彼は早々に動き出すことにした。

「お姫様&淑女のみなさん(プリンセス&レイディース)、今から俺の言うことをよく聞いてください」

いっそ、厳かともいえるほど静かで、威厳のある声で、キースウッドは言った。

「お弁当作りの当日は、俺の指示に従いやがれ……ください」

ポロッと本音が零れてしまうが、今はそれどころじゃない。

「当日のメニューは簡単なサンドイッチにします。いいですね?」

「えー? もっと手の込んだものの方が……」

「い・い・で・す・ね!?」

「ひぃっ! わわ、わかりましたわ」

ついつい殺気を叩き付けてしまったことを軽く後悔しつつも、キースウッドは引くに引けない戦地に足を踏み入れたことを悟ったのである。