軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

256

◆兎与田七海

七海は混乱していた

こんなはずではなかった

妖王に手こずるなんて考えられない

確実に倒せるという、絶対の自信があったのだ。

――時は数分前にさかのぼる。

その時、とうとう結界が崩壊した。

次の瞬間、ひと際大きな地震が起きた。

洞窟の前で待ち構えていた霊術師たちが混乱する中、それは現れた。

一見すると、人間の男に見えた。

だが、その存在が発する禍々しい気配が、人であることを否定する。

一瞬にして、その場に居る全員が察する。

あれが妖王だ、と。

それは、後方で待機していた七海たちにも理解できた。

そして、妖王と十家の霊術師たちとの間で会話があった。

遠方を画像で見る術を使って様子を窺っていた七海たちには、会話内容の把握はできなかった。

だが、言葉が聞こえなくても分かる。

この瞬間に、妖怪と霊術師の間で交わす言葉など限られているからだ。

そう考えた瞬間、妖王に動きがあった。

両手を掲げ、空を仰いだのだ。

不審な動きに霊術師たちが身構える。

妖王は邪悪な気を周囲に放ち始めた。

霊術師たちは当主の号令の下、攻撃を開始。

様々な霊術が妖王に殺到する。しかし、邪悪な気によって全ての攻撃が吸い込まれた。

次いで、邪気が爆発したかのように膨張。妖王を視認できなくなる。

邪気が紫紺の煙と化し、凄まじい速度で周囲に展開される。

霊術師たちは慌てて退避。

紫煙はどこまでも広がり続け、収拾がつかない。

結界のあった山、周囲の森、それら全てを吞み込んだ。

そして、その時が来た――。

煙を突き破って、多頭の大蛇が現れたのだ。

本来の姿を現した妖王が雄叫びを上げ、攻撃を開始した。

あまりに巨大な妖怪から放たれる攻撃に、霊術師たちの防壁はあまりに無力だった。

あっという間に倒壊し、丸裸にされてしまう。

反撃を試みるも全て通用せず、皆の顔が絶望に染まっていく。

妖王が軽く身をひねっただけで、霊術師たちは吹き飛ばされて行動不能となる。

前線に立つ者たちは正解の行動を見いだせずに棒立ちとなり、猛る妖王を見上げていた。

――それが、今現在の状況だ。

こんな展開は予想していなかった。

いや、妖王の力が想定外だったわけではない。

この程度は予想の範囲内。

自分では力及ばないという覚悟もしていた。

だが、そこで疑問が湧く

私自身には妖王を倒せる力はない。それをはっきりと自覚している。

それなのに、倒せるという確信がある

といっても、目の前で戦っている霊術師たちのことを計算に入れて、そう考えていたわけではない。

むしろ、一切計算に入れていない。いないものとして扱っていた節さえある。

そうなると、わけが分からない。

一体、どうやって勝つつもりだったのか。

明らかに矛盾している。

なぜ、そう思ったのか。まるで分からない。

自分は気が触れてしまったのだろうか。

しかし、そんなことを考えている場合ではなかった。

目の前では、妖王を前に多数の高位霊術師が倒れていく。

死んではいないが、戦線復帰不可能な負傷だ。

結果、数秒と経たぬうちに前線が崩壊。

余りに無力。余りに一方的な展開だった。

このままでは、いずれ全員死ぬ。

そう思ったのは自分だけではなかった。

呆然としている七海の両肩を兎与田が掴む。

「お前は逃げろ。俺が時間を稼ぐ」

「だめ……。それはだめ。私も残る」

「頼む、逃げてくれ。お前のご両親の墓前で、お前の長生久視を誓っちまったんだ。ここはもう駄目だ。アキラ君と一緒に安全な場所に逃げてくれ」

と、涙ながらに懇願されてしまう。

言っていることは分かる。

分かりはするが、どうしようもない部分もある。

「今の状態で戦力を分散したらだめ。分割したら両方が死ぬ。何とか残った力を集めて、対抗しないと」

お互いに混乱していたが、客観視できたのは七海の方だった。

これ以上、戦線が崩壊して散り散りに逃げ出す状態に発展すれば、全滅する。

それは予想でもなんでもなく、事実といっても過言ではなかった。

そんな七海の言葉を聞き、兎与田がはっとなる。

「……間違いねえ。その通りだ。くそっ、こんなはずじゃなかったんだ! 絶対勝てるはずだったのに!」

兎与田が取り乱し、近くの木を思い切り殴った。

そんな兎与田の言葉を聞き、七海は引っ掛かりを覚えた。

「やっぱり? 私もそう思ってた。苦戦するとか、そんなレベルじゃなくて、赤子の手をひねるレベルで超簡単に倒せるって思ってた。でも、楽観視してたわけじゃないの。きっちりと綿密に計画を立てて、そういう結論を下したはずだったの」

「ッ!? だよな! 教えてくれ、俺たちはどうやって妖王を倒そうとしていたんだ?」

と、兎与田が再度両肩を掴んで聞いてくる。

しかし、七海は苦い表情を返すことしかできなかった。

「……分からない。度忘れしたつもりはないんだけど、ここで何をしようとしていたのかが、分からないの」

「俺もそうだ。一体どうなってやがるんだ」

七海と兎与田は、妖王のことも忘れて自分たちが抱えた矛盾に気を奪われていた。

「おい! あいつはどこに行ったんだ!」

と、そこにアキラが駆け付け、合流してくる。

「あいつ? 誰のことを言ってるの? ミカちゃんなら、後方で待機してるけど」

「違う、鳳宮様じゃない。あいつだ……、えっと、誰だ? ほら!」

「だから、誰よ」

「こう、なんていうか……、ほら」

要領を得ない曖昧な言葉を繰り返すアキラ。

しかし、その様子を見て、七海にも引っかかるものがあった。

何か足りない。自分の側に無くてはならないものが喪失している感じ。

――頭が痛い。

ジリジリと日に焼かれるような感覚が脳を刺激する。

思わず額に手を当てる。

「ほら、あれだ! あの、キモい奴!」

まるで間違い探しの正解を見つけたかのように、アキラが嬉しそうに言った。

その言葉をキッカケに、七海の記憶にも変化が訪れた。

強烈なフラッシュバックが起こり、ふらつく。

すかさず側にいたアキラと兎与田が支えてくれた。

「そう、一人じゃない、二人……。二人いた。二人いたの!」

無くしていたパズルのピースがはまったかのような感覚。

記憶の波が押し寄せる。

それは、兎与田も同様だった。

「そうだ。いた! 黒髪と金髪だ! 二人いたよな!」

お互いに特徴を言い合い、記憶を補完していく。

それが新たな呼び水となり、更に詳細な記憶を呼び覚ます。

なぜ、こんな大事なことを忘れていたんだ。

忘れたくても忘れようのない記憶のはずなのに、機械で抜き取られたかのように、完全に消失していた。

「でも、どこにいるの? さっきまで一緒に動いていたはずなのに」

「そうだ。俺たちは、十家にバレないように、こっそりあいつらの援護をするはずだったんだ」

という兎与田の言葉をきっかけに更なる記憶が蘇る。

そうだ、そうだった。

十家だけでは、妖王を倒せるか怪しい。

だから、もし駄目だった時に、すぐに交代する準備を整える。

それが、私たちの役目だったはずなのだ。

七海が記憶を取り戻す中、兎与田の言葉にアキラが頷く。

「そうだぞ。それなのに、お前らしかいないから、どうなってるか気になって飛んで来たんだ」

「……たしか、この辺りに。最後に見たのは、あそこだった気がする」

七海は信用ならない記憶を頼りに、二人が居た場所を見た。

「ん、何か見えないか? うっすらと透けているような……」

そう言って兎与田が目を凝らしている。

七海とアキラもそれに倣って、凝視した。

すると、確かに何かが見える。

それは段々と色が濃くなり、しっかりと人の姿に形成されていく。

「……マジで消えるかと思った」

と言って現れたのは、九白真緒。

そう、彼女の名前は九白真緒だ。

と、記憶のパーツがカチリと音を立てて繋がる。

真緒は、自身の両手を見て、ほっと息を吐いている。

それと同時に、真緒の背後に空間の切れ目が発生した。

そこからぴょんと飛び降りるような仕草で現れたのは、雲上院礼香。

そう、彼女の名前は雲上院礼香だ。

間違いない。忘れていたことがおかしいのだ。

そんな簡単に忘れられるような存在ではないのに。

「本当に戻ってこれましたのね……。途中で霊核が戻って幸いでした」

礼香は、周囲の状況をきょろきょろと確認し、ほっと息を吐いている。

「二人とも!」

七海は、真緒と礼香に駆け寄り、飛びついた。

その後ろに兎与田とアキラも続く。

「いやあ、ごめんごめん。というか、私もどうなったのか、よく分かってないんだけど」

頬を掻いて苦笑する真緒。

「ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですので」

優雅な仕草で微笑む礼香。

二人は対照的な反応を返したが、七海は深い安心感に包まれた。

「うん、うん……」

七海は少し涙ぐみながら、二人が戻ったことを喜んだ

しかし、状況は変わっていない

以前、危険なことに変わりはなかった

「おい! さすがに何とかしねえとヤバいぞ!」

兎与田が叫ぶ。

その視線の先では、妖王が破壊の限りを尽くしていた。

こちらにも被害が及び、衝撃波が襲う。

それをアキラが障壁を展開して防いでくれた。

「そうだ、もう猶予はない! できることがあるなら、何でもいいからやってくれ!」

と、堪りかねた様子のアキラが懇願の叫び声を上げた。

実際、あの巨大な妖怪に対して、こちらは打つ手なし。

逃げ惑う事しかできていない状態だった。

――しかし、今からは違う。

七海には確信があった。

そう、二人が居れば、あんなのどうってことない。

「OK、任せておいて」

アキラの言葉に応え、真緒が指揮棒型の霊装を取り出す。

「承りましたわ」

次いで、礼香が洋扇型の霊装を開く。

二人は背を合わせるような距離で立って構えを取ると、妖王を見据えた

「あ~、これだわ。実家のような安心感ってやつ?」

そんな二人の勇ましい姿を見て、七海は安堵する

これだ、これが見たかったのだ、と

しかし、そんな七海の言葉を聞いて、真緒と礼香が怪訝な顔になる。

「え、この状況で安心感を覚えるって、キモいんだけど」

「若干引きますわね」

「違うから! そうじゃないから!」

妖王が破壊しつくす様を見て安心を覚えたと誤解され、ショックを受ける。

まさか真緒にキモいと言われるとは……。

七海は全力で否定した。

しかし、笑みがこみ上げてくるのを抑えられない。

意思に反し、自然と顔が緩んでしまう。

そのせいで、二人は一層こちらを不審がる。

だが、この際そんなことはどうでもいいのだ。

――これは勝った。

間違いない!