作品タイトル不明
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◆狐坂移蔵
狐坂は焦っていた。
「くそ、体がもたない……」
致命傷を受けた上に、限界まで力を使ったツケが全身に襲い掛かる。
こんなはずではなかった……。
命を懸けて行った九白真緒の殺害は失敗。
しかも、座標がズレて自身の理解が及ばない場所に放り出された。
その場では、なぜか力がうまく使えなかった。
座標の設定がうまく行かず、現在地と行き先を繋ぐことが出来ない。
これでは、どこにも行けなくなってしまう。
焦った狐坂は、使用していた回廊を急いで修復し、再利用しようとした。
が、そこを雲上院礼香に邪魔された。
致命的な攻撃を受けた上に、置き去りにされたのだ。
回廊の出入り口が消失していることに気づき、呆然となる。
こうなってしまっては、もう戻ることはできない。
何もできないと絶望の淵に立たされた。
が、その時、雲上院礼香の気配がするナイフを見つけた。
そのことにより、なんとか起点と終点を設定。
新たな回廊を作り出すことに成功した。
しかし、新たに作った回廊はナイフの持ち主に由来するもの。
九白真緒を仕留めるために利用するのは難しい。
回廊は雲上院礼香の起源へ収束しているため、九白真緒の隙を探すのには適していないのだ。
再度、九白真緒を狙うのであれば、一旦元の場所に戻った後に専用の回廊を作り直す必要がある。
――だが、そんなことは不可能だった。
最早、狐坂の命は風前の灯火。
もう一度回廊を作るだけ余力は残っていなかった。
実際、体の崩壊が始まっており、全身が塵化するのも秒読みの段階だろう。
だから、ターゲットを邪魔してきた雲上院礼香に変更した。
しかし、ナイフの記憶に近い順に回廊が形成されてしまった。
不安定な場所でナイフを頼りに無理やり回廊を作ったことが影響したのかもしれない。
そのため、九白真緒の時のように赤子の状態を狙おうとすれば、長時間の移動が必要となってしまう。
深手を負った状態で何度も自分の身体に無理を強いた今の自分では、そこまで移動できる自信がなかった。
それでも諦めなかった。隙は必ずあるはずだ。
死ぬ前に、あの女に一泡吹かせてやる。
そう思ったし、実際にチャンスはあった。
死の瀬戸際で、一矢報いることが出来るはずだったのだ。
しかし、全て失敗に終わった。
失敗した原因は、今も自分の身体に張り付いている人間のせいだった。
こいつのせいで、ことごとく失敗に終わった。
忌々しいことに、どこまでも追ってきて妨害してくるのだ。
雲上院礼香に邪魔された際は、妨害が原因で回廊が破損し座標がズレた。
あの時は、あの女が絶えず発する霊気のおかげで回廊がボロボロになった。
今回はその時より破損は軽微ですんでいる。
しかし、全くの無傷というわけではない。
むしろ深刻な損傷に発展してもおかしくない状態のはずだった。
それでも回廊は安定した状態を保っていた。
――その理由は、あのナイフだ。
魂だけとなった人間が持ちこんだナイフがあるため、座標が安定しているのだ。
だが、そのナイフのせいで自分は散々傷つけられ、死が迫っている。
なんとも皮肉な話だった。
しかし、この人間はなぜ生きている?
人を人として構成するもの全て吹き飛ばされ、魂だけとなったのに、なぜ活動できている。
だが、それもここまでだ。
妨害も、もうできないだろう。
自分の身体に張り付いた魂を見れば、上半身だけ。
それも、ボロボロと崩れ落ち、形を保てなくなってきている。
どう見ても消滅寸前だ。
自分の命も残り僅かだが、まだやれる。
何としても、雲上院礼香だけは倒してやる。
という強い覚悟の下、好機を探す。
しかし、見つからない。
あれ以降、隙が無いのだ。
自分の余命と、残された力、そういったものを加味すると、相手が余程の隙を晒していないと殺せない。
雲上院礼香の周りは、常に分厚い警護が敷かれていた。
それに加え、本人のコンディションもベスト。
とてもじゃないが、今の残された力で太刀打ちできるとは思えない。
もっと確実に――。
相手の抵抗がない状態で――。
一撃を加えるだけで倒せる環境を――。
そう考え、ある結論に至る。
――子供の時を狙うしかない。
もっと幼い状態を狙えば、今の自分の力でも倒せる。
辿りつけるかどうか分からなかったため、取らなかった選択。
しかし、それ以外の選択肢は残っていない。
どうせ、自分の余命は残り僅か。
もはや、たどり着けるかどうかなど、考えるだけ無駄。
体の限界を気にする段階は過ぎていた。
辿り着く前に死ぬかもしれないし、今死んでもおかしくない。
死期に微差が出るだけ。
今更躊躇する必要など、どこにもない。
幸い、回廊は魂の始点まで開通しており、命が続く限りどこまででも進める。
狐坂は覚悟を決め、一気に時間をさかのぼった。
途端、反動が体に押し寄せる。
全身の消失が加速度的に進む。
結果、己の身体に張り付いていた魂と同様に、上半身だけの存在となってしまった。
しかし、時間の超跳躍には成功。
慎重に探し、絶好の機会を発見する。
幼い姿となったあの女を見つける。
これならやれる。
最早、これが最後の挑戦になるかもしれない。
だが、それに見合う価値がある。そう思えるほどの状態だった。
狐坂は決心を固めると、出口を作って外に飛び出した。
そこは薄暗くかび臭い部屋。
幼い雲上院礼香は隅でうずくまって動かない。
拘束された状態で閉じ込められているのだ。
酷く衰弱しており、今にも死にそうだった。
「ここでケリを付ける!」
こちらの声が聞こえたのか、幼女となったあの女がこちらへ視線を向けた。
しかし、怯え切って固まっている。
好機だ!
「死ね!」
狐坂は、最後に残った前足の爪を伸ばして襲い掛かった。
「まだっ……」
そこに自分と同じように片手と頭のみとなった女の魂が飛び出してくる。
女の魂が手に持ったナイフを振るう。
少し前までであれば、傷がつく程度の攻撃だった。
が、今は違った。
ナイフが触れただけで、腕が落ちたのだ。
……まさか、ここまで自分が弱っているとは。
いや、それだけではない。あのナイフだ。
ここまでくると、消滅寸前の魂に出来ることなど何もなかったはずだ。
それなのに、あのナイフが異常な威力を有しているせいで、強烈なダメージを負うこととなってしまった。
お互いに死ぬ寸前――。
そこまで弱っている状態では、ナイフの脅威が跳ね上がっていた。
女の魂が再度ナイフを振りかぶり、頭部を狙って来る。
「くっ……」
狐坂は、たまらず回廊に逃げこんだ。
頭部だけとなった狐坂に、女の魂が片腕と歯を使ってしがみついてくる。
「なんてしぶとい奴だ……。まさか、ここまで妨害されるとは……」
「私と一緒に消えてしまえ」
女の魂も力尽きる寸前。
気迫で持ちこたえていることが分かる。
覚悟だけなら互角といえる状態。
だが、ここで自分が先に消えれば……。
ここで自分が消えてしまえば、何も成し遂げられない。
ここまでやって、何もできずに終わるなんて、許容することができない。
駄目だ――。
そんなことは許されない!
残されたものを全て使ってでも、結果を残す。
ここまで来ると、場所や時間を吟味する力は残されていない。
最早、狐坂に残された時間は、ほんの僅か。
一か八か、更に時間をさかのぼり、最後の攻勢をかける。
そこまで辿り着けるかは賭けになる。
しかし、賭けに勝てば、確実に殺せるはず。
狐坂は、ありったけの力を集め、全てを燃やしきった。
これが本当の最後。
――全てを賭ける!
◆鏑木凛子
しがみついていた妖怪の様子が変わった。
そう思った次の瞬間、トンネルを進む速度が一気に加速する。
これは、レイちゃんの学童期を狙った時と同じ感覚。
つまり、更に時間をさかのぼっているのだ。
それを証明するように、掴んでいる妖怪の頭部がボロボロと崩れ出す。
完全な自殺行為だ。
しかし、その余波は自分にも訪れていた。
自分の原形をとどめている部分が、ことごとく崩れ去っていく。
――お願い、持って。
私は必死にそう祈りながら、ありったけの力を振り絞って妖怪にしがみついた。
すると、出口が見えてくる。
それはどこかの病室。
ベッドには、お腹の大きい金髪の女性が眠っていた。
まさか、あの人はレイちゃんのお母さん!?
ここまでの流れから、きっとそうに違いないと、即座に判断する。
その予感は的中していた。
頭が半分欠け、下あごも崩れてなくなった妖怪が、その女性に襲い掛かったのだ。
私は最後の力を振り絞り、ナイフを突き立てようとした。
しかし、その寸前で腕が塵となって消えてしまう。
だけど、動揺はなかった。
いつかはそうなるだろうと思っていたからだろう。
私は、素早く口でナイフを受け止め、そのままの状態で妖怪へぶつかった。
ナイフが妖怪の頭部へ深々と突き刺さる。
それと同時に、残された妖怪の全てが黒煙となって消え失せた。
最後に石のようなものが床へ落下し、音が鳴る。
「やった……」
倒せたという確信があった。
安堵して力が抜けたせいか、自身の消失の速度が増した気がする。
だけど、やり遂げたのだから問題ない。
脱力し、ここまでのことを思い返す。
……悪くない一日だった。
至る所が消えた影響で、記憶に障害がある。
過去の事は何も思い出せなかった。
だけど、この二日の事は、まだ覚えていた。
そして、とうとうレイちゃんと過ごした記憶が、満開の桜が風で散るように消えていく。
口の中で、ふわふわと溶けて消える綿菓子を味わうように、私はその記憶を思い返していた。
最期の時の訪れを感じ、頭部だけになった状態で床へ横になる。
そして、ぼんやりとナイフを見つめていた。
傍に友人からの贈り物があるというのが、嬉しかった。
そんな時、耳が床に触れ、音が聞こえた。
――誰かが泣いている。
とても悲しそうな声で泣いている。
それを聞いて、ちょっと不機嫌になった。
こっちが折角やり遂げた気分になっているのに、台無しだ。
こんな状態で消えたら、気になってしょうがない。
私は大事なナイフを咥えると、ゆっくりと浮き上がった。
抗議してやろうと最後の力で泣き声の元へ向かう。
とにかく、説教の一つでもして、全力で励ましてやる。
私だって、何とかなったんだ。貴方も何とかなる、と――。
そこでは女性が周りを気にせず、大声で泣いていた。
明かりも付けず真っ暗の中、ベッドに横になった状態で顔を両手で覆って泣いている。
私は、女性を励まそうと近づいた。
しかし、そこで力が尽きた。
成すすべなく落下していく。
その間にも自身の消失が進み、最後は玉の様になってしまう。
目もなくなってしまったのに、そう知覚できた。
あ、ナイフが……。
口が無くなったせいで、ナイフを落としてしまう。
私は何とか姿勢を制御して、ナイフが女性に突き刺さらないようにする。
結果、私自身は彼女のお腹の上に着地することとなった。
開く口も失い、動くことも出来ない。
――どうか、元気を出して。
名も知らない人だったが。そう願う。
それと同時に、私が消えていく。
どうか、この人の悲しみが少しでも癒えますように。
そう願って、接触した部分を温めようとする。
すると、壁を透過して抜けるように、自身が沈み込んでしまう。
しかし、修正する力は残っていない。
私の全ては、そこで無くなった。