軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

254

私は、何もなくなった空間を、ぼうっと見つめていた。

――何十年先、か……。

残念だけど、それは無理なんだよね。

これで帰って、しばらくすれば入院だ。

そうなったら、退院できるかどうかは賭けとなる。

ほんの三年。たった三年。

言い方は色々あるが、気づくのが遅かった。

当時の事は覚えている。

出社すると、弁護士が来た。会社が倒産したので、全員出て行けと言う。

全て抵当に入っているので、何も触るなとも言っていた。

全社員、誰も何も知らなかった。知っていたのは、その場に居ない社長だけ。

小さな会社あるあるなのかもしれない。

で、一年色々やって食いつないで、その次の年に再就職できた。

その間、健康診断を受けていなかった。時期が上手くずれてしまったためだ。

新しい就職先で久々に検診を受けたら、要再検査。

どうせ大したことないだろうと思いつつ、近所の開業医を受診したら紹介状を渡された。

たどり着いた先は大病院。大げさだなと思いつつも、また検査。

結果は、全部終わっていた。

自覚症状は、ほとんど何もなかった。

再検査の辺りから、疲れやすいとか、息切れするといったものが出てきた。

検査結果を聞く頃には、痛みも出て来ていた。

もって一年。手術が成功して五年。そんな説明だったと思う

「ごめんね」

と、呟く。

残念だが、レイちゃんとの再会は果たせそうにない。

ただ、良い思い出にはなった。

彼女の問題も無事解決できたわけだし、思い残すことも特にない。

ただ、ずっと先の未来で、彼女を悲しませることになってしまうことだけが、心残りではある。

「手紙でも残しておくかな……」

――――そう呟いた時、背後で物音が聞こえた。

……まさか、と振り返る。

アレと呼ばれた妖怪が居た位置。

そこでは大量に噴出していた黒煙が薄れていき、石のような何かが見える状態になりつつあった。

――――――――まだだ。

そう聞こえた気がした。

次の瞬間、時間が停止したかのように黒煙の動きがピタリと止まる。

そして動画を逆再生するように、どこからともなく黒煙が湧きあがり、石の周りに収束し始める。

黒煙は人の形へと変わり、地面に這いつくばる形で形成された。

黒炭のようなヒトガタが、のっそりと立ち上がる。

「くそッ、許さんぞ……、あの女」

「……うそ、生きてる」

人間なら絶対あり得ない。

今も炭化した全身から黒煙が吹き出し、苦しそうにしている。

どう見ても、生命を維持するのが不可能な状態だ。

立ち上がった妖怪はレイちゃんが居た場所を見た後、天を仰いで呆然としていた。

「……間に合わなかった。全て終わってしまった。ここではなぜか回廊が開けない。攻撃を耐えきったのに……もうどこにも行けない。最早、ここで死を待つだけだ」

怯えた私は、レイちゃんからもらったナイフを構えて後退る。

すると、こちらに気づいた妖怪が私の方を見た。

そして、大きく目を見開く。

「お前……、そのナイフ……」

驚きの表情となった妖怪が、こちらへ近づいてくる。

「く、来るな!」

私はナイフを突き出し、威嚇した。だけど腰が引けて、手も震えている。

とてもじゃないが、うまく扱える気がしない。

妖怪はこちらの威嚇など意に介さず、止まらない。

「よこせ!」

そう怒鳴った妖怪が私からナイフを奪い取った。

「あ……、返せ!」

私はナイフを取り返そうと掴みかかるも、あっさり払いのけられてしまう。

妖怪は手にしたナイフに夢中となる。トロフィーのように掲げ、興奮していた。

「これだ! これを頼りにすれば座標を設定できる! ハハハハッ! グァ……」

妖怪はナイフを掲げて大喜びしていたが、突然苦しみだす。

よく見れば、体の一部が欠けて落ちていた。

その欠片を凝視して固まる妖怪。

「戻っても、もう一度九白真緒を狙うのは無理だ……。くそぉおおおお!」

妖怪は顔に怒りをにじませ、全身を震わせながら続ける。

「あの女だ……、あの女が座標をずらしたから……。許さんぞぉぉおおお!」

妖怪が吠え声のように叫ぶ。

そして、前に屈んで両手を地面につけた。

初めは弱って直立できなくなったからだと思った。

が、違った。

妖怪と呼ばれた男の全身から毛が生えて包み込まれる。

そして、風船のように膨れ上がっていく。

気が付けば、四足の巨大な獣と化していた。

しかし、人から獣の姿に変われど、全身は真っ黒に炭化したままだった。

絶えず、全身から塵のような物を発し、体がボロボロと崩れ落ちている。

「こうなったら命尽きる前に、あの女だけでも殺してやる!」

妖怪は、こちらのことなど気にも留めず、独白を続ける。

「待っていろ。お前が隙だらけのところに出て、仕留めてやる」

獣の吠え声のように、濁った声音で恨み節を吐き続けている。

言葉を紡ぐことに執心する様は、死の恐怖から目を逸らしているように見えた。

そう思ったのは、今の自分と似た気配を感じたためだ。

「くく、もう失うものは何もない。全部だ、全てをかけて仕留めてやる。命を全部使って確実にとどめを刺してやるからな!」

そう言って、妖怪は新たなトンネルを作った。

途端、体がボロボロになるのが加速する。

大量にあった尻尾が、全て崩れ落ちて消滅した。

どうやら、命を削ったというのは本当のようだ。

……あの女というのは絶対にレイちゃんのことだ。

レイちゃんが危ない――。

そう思った瞬間、体が自然と動いていた。

「させない!」

私は自分を奮い立たせ、妖怪の前に立ちはだかる。

恐怖で足がすくみ、体が震える。それでも、この場から離れるつもりはなかった。

妖怪はそんな私を見て鼻で笑った。

「そう言えば、これを返して欲しいのだったな。回廊を作った今となっては不要だ。受け取れ」

そう言って二足で立ち上がり、前足で握ったナイフを私のお腹に刺した。

「え……」

あっという間の出来事だった。

俯くようにして自身の腹部を見れば、ナイフの柄が見えた。

むせるような感覚を覚えて咳き込めば、軽く吐血した。

意識が朦朧とし、膝から崩れ落ちる。

「邪魔だ」

妖怪は私を押しのけ、トンネルに入っていく。

追いかけないと――。

私はそう思って、妖怪の足にすがりついた。

結果、妖怪と一緒にトンネルの中に入る。

トンネル内部は不思議な景色が広がっていた。

壁面はガラスの様に透明。

壁の奥では万華鏡のように様々な景色が重なり合って映っている。

その全てにレイちゃんの姿があった。

「ぐ……、痛い」

突然、全身を激痛が襲った。

痛み止めを飲んでいるはずなのに、強烈な痛みが全身を走り抜けたのだ。

「バカが、霊術師でない生身の人間が入って耐えられるはずがない。すぐに塵になって消えるぞ」

と言う妖怪の言葉通りの展開が待っていた。

「え、どうなっているの?」

全身が崩れていく。

皮、肉、血、骨、全てが一瞬で消し飛んでいく。

最後は、人の形をとどめた光る何かに変わってしまった。

直前の記憶が反映されているのか、服を着た自分の姿形ではある。

しかし、人間ではない違う何かとなった実感があった。

その証拠に、一切の痛みを感じなくなった。

「はは、馬鹿が。魂だけになったか。そんな脆弱な姿では、じきに消滅する。さっさと離せ」

「……レイちゃんには指一本触れさせない!」

「そんな状態では何もできん。さっさと諦めて消えてしまえ」

妖怪はトンネルの壁面に出口を作り出すと、私を引き離して先に外に出た。

私は必死に後を追って外に出る。

そこは砂浜だった。

南国の様に照りつく日差しと、どこまでも青い海が突然眼前に現れた。

そして、側には妖怪がいた。

更にその先には、レイちゃんの姿もあった。

彼女はなぜか、極限まで疲弊した様子で砂浜に立っていた。

妖怪がレイちゃんに襲い掛かろうと身構える。

しかし、彼女は動かない。

数分前であれば、高速接近し一瞬で組み伏せていたはずだ。

しかも、彼女はこちらを見て困惑しているように見えた。

そのことがパズルのピースがはまるように、ある事実を浮き彫りにしていく。

そうか、あのレイちゃんは過去のレイちゃん。

私や妖怪と会う前なのだ。そう思って、もう一度見ると幾分若く見える。

――なら、私がやるしかない。

そう思って、妖怪に組み付く。

そして、腹部に刺さったナイフを引き抜き、妖怪に突き立てた。

「ぐお!? やめろ!」

「うるさい!」

妖怪が、私を引きはがそうとする。

私はそれに抗い、妖怪に攻撃を加える。

妖怪は弱っていた。

膂力に乏しく、抵抗が弱い。私の力でも、なんとか抗うことが叶った。

結果、お互い必死の組み合いとなり、攻守が激しく入れ替わる。

両者、傷だらけとなるも、勝負はつかない。

最後は揉みあうようにして、トンネルへ落ちた。

「力が……、力が足りない。もっと弱っているところへ」

「どこへ行こうとも、何もさせない。さっさと消えてなくなれ!」

妖怪は息も絶え絶えに、次に出るべき場所を探そうとする。

そんなことを黙って見過ごすわけにはいかない。

私は、妖怪へ向けて攻撃を続けた。

妖怪は相当弱体化しているらしく、武道の経験のない私でも、ある程度の抑えこみが可能だった。

「お前こそ、消えてなくなれ! 消えかけの癖に邪魔をするな」

そう言われ、自分の状態を振り返る。

――足が消えていた。

下半身が透過して光を失ってきている。

どうやら、自分も妖怪と同じように、体が消滅していっているようだ。

幸い、今の状態になってからは体重と呼べるようなものがなくなり、浮いて移動していたので、実害はない。

そのことを自覚できただけで、充分だった。

要は、自分が消える前に、この妖怪を倒しきればいいのだ。

「く、あまり過去に進むとまずい……。ここだ、ここが丁度いい。入院して眠っている。夜のせいか誰もいない」

妖怪がそう言って、壁面に出口を作って外に出た。

自分も後を追って外に出る。

そこは夜の病室。

レイちゃんがベッドで眠っていた。

しかし、明らかに様子がおかしい。

顔が白く、生きているとは思えないほど衰弱しているのだ。

そこへ妖怪が襲い掛かる。

「死ね」

「だめ!」

妖怪が眠っているレイちゃんへ向けて、鋭い爪を振り下ろす。

私は、その間に飛び込み、爪の攻撃を体で受け止めた。

V字の溝が三つでき、下半身が切れて落ちそうになる。

私は痛みを感じないのをいいことに、勢いに任せて妖怪に掴みかかる。

そして、またナイフを突き立てた。

「しぶとい奴だ だが体が欠けてきているぞ」

「お前だって!」

「ぐっ、俺はまだ死ぬわけにはいかん」

「レイちゃんはやらせない」

私は、もみ合いになりながらも、機会を窺う。

そして、うまく位置がはまった瞬間に、妖怪を突き飛ばした。

妖怪は力が弱まっていたせいで、大した抵抗をすることもなく、弾き飛ばされた。

結果、背後のトンネルへ押し戻すことに成功した。

しかし、まだ倒せていない。

後を追って、止めを刺さないと……。

私は、眠るレイちゃんの方へ振り返り、手を握る。

「絶対に守るから。安心して治療に専念してね」

そう、快癒を祈り、トンネルへ飛び込んだ。

ベッドで眠るレイちゃんは、とても具合が悪そうに見えた。

しかし、今の自分は過去に戻っている状態だ。

つまり、レイちゃんは、あの状態から回復したということになる。

きっと大丈夫。あの妖怪さえ何とかすれば、元気になるはずなのだ。

私は、決意も新たに妖怪を追いかけた。