作品タイトル不明
番外編2 亡国の王子は今日もガチで鈍感
フェリクス殿が来訪されたのは、秋の終わりだった。
半年に一度の定例訪問。外交の報告と、陛下との会談と、見黒様とのお茶。いつものことだった。
いつもと違ったのは、随行の顔ぶれだった。
フェリクス殿の後ろに、三人の女性が控えていた。
一人目は、銀の短髪に剣を佩いた騎士だった。背が高く、姿勢が良かった。フェリクス殿の二歩後ろに立ち、鷹のような目で周囲を警戒していた。
二人目は、眼鏡をかけた参謀風の女性だった。書類の束を抱えていた。フェリクス殿が立ち止まるたびに、書類の中から必要なものを差し出していた。
三人目は、柔らかい栗色の髪の女性だった。フェリクス殿の荷物を持ち、お茶の準備を整え、フェリクス殿の着衣の乱れをさりげなく直していた。
三人とも、美しかった。
三人とも、フェリクス殿を見る目が、同じだった。
わたくしでさえも、分かってしまうくらいの分かりやすさだった。
*
見黒様のお部屋でお茶の席が設けられた。
フェリクス殿と見黒様が向かい合って座られた。わたくしは後ろに控えた。
三人の随行者は、部屋の外で待っていた。しかし扉の向こうから、三対の視線がこちらに向けられているのを感じた。見黒様に対する視線だった。
警戒の視線だった。
フェリクス殿と見黒様の会話が始まった。
「フェリクス殿。随行の方々が変わったわね」
「ああ。騎士団長のレーナ、参謀のイルマ、侍従長のソフィ。三人とも優秀だ。レヴァンの復興に欠かせない人材で——」
見黒様がお茶を一口飲まれた。
「三人とも美人ね」
フェリクス殿が一瞬止まった。
「……そうか? 考えたことがなかった。有能かどうかしか見ていない」
見黒様が杯を傾けながら、何とも言えない表情をされた。わたくしが見黒様のあの表情を見たのは、珍しいことだった。何かを言いたいが、言うべきかどうか迷っておられるような。
「フェリクス殿。一つ聞いてもいい?」
フェリクス殿が杯を置かれた。
「何だ」
「あの三人は、いつからあなたのお傍に?」
フェリクス殿が指を折りながら答えた。
「レーナは建国の初年から。俺が一人で荒野を歩いていた頃に剣を捧げてくれた。イルマは二年目に登用した。財政の立て直しで力を借りた。ソフィは三年目だ。城の運営を全て任せている」
見黒様の目が細くなった。
「三人とも、あなたに命を捧げている、と」
「……大げさだな。仕事として信頼しているだけだ」
見黒様が、ちらりとわたくしを見られた。
わたくしは何も言わなかった。何も言えなかった。
*
お茶の席が終わった後、見黒様がぽつりと仰った。
「エル」
「はい」
見黒様が窓の外を見ておられた。フェリクス殿の一行が中庭を横切っていくのが見えた。
「あの三人。絶対、全員フェリクス殿のことが好きよね」
「……はい。一目でわかりました」
見黒様がこちらを向かれた。
「フェリクス殿は気づいていないのよね」
「……おそらく」
見黒様がお茶を飲み干した。
「それもまた、才能だわ」
わたくしには、それが褒め言葉なのか呆れなのか、判断がつかなかった。
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フェリクスが来た。半年ぶり。
門で出迎えた。
(お、今回は随行が————え?)
フェリクス殿の後ろに三人の女性がいた。
銀髪の騎士。剣を佩いて、鷹の目。かっこいい。
眼鏡の参謀。書類の束。知的。
栗色の髪の侍従長。柔らかい雰囲気。フェリクスの襟をさりげなく直してる。
(…………)
(ハーレムだ)
ハーレムじゃん。
銀髪クール騎士と、眼鏡参謀と、癒し系侍従長。これ、なろう系ハーレムの三種の神器じゃん。戦闘枠と頭脳枠と生活枠。完璧な配置。テンプレ通りすぎて逆に怖い。
三人ともフェリクスを見る目が同じだった。
(あの目。あの目は「好き」の目だ。前世の少女漫画で何百回も見た目。特に騎士の子。あの「主君を命がけで守る」系の目は、忠誠心じゃなくて恋だからね? 参謀の子も、書類渡すときの指の触れ方が近い。侍従長の子に至っては襟を直すのに三秒かけてる。襟直すのに三秒はいらないのよ)
部屋でお茶を飲みながら話した。
「フェリクス殿。随行の方々が変わったわね」
「ああ。騎士団長のレーナ、参謀のイルマ、侍従長のソフィ。三人とも優秀だ。レヴァンの復興に欠かせない人材で——」
(来た。「有能だから登用した」の説明。なろう系鈍感主人公の定番台詞よコレ。……ハーレムものハレンチありの世界線なのかしら)
「三人とも美人ね」
フェリクスが止まった。
「……そうか? 考えたことがなかった。有能かどうかしか見ていない」
出た!!!!!!
「考えたことがなかった」!!!!!!
(鈍感系主人公の最強台詞!!!!!! 前世で何百回ツッコんだやつ!!! リアルにいた!!! 目の前にいる!!!)
お茶を飲んだ。顔には出さない。出さないけど心の中ではのたうち回っている。
「フェリクス殿。一つ聞いてもいい?」
フェリクスがお茶を置いた。
「何だ」
(さりげなく聞いてみよう)
「あの三人は、いつからあなたのお傍に?」
フェリクスが指を折った。
「レーナは建国の初年から。俺が一人で荒野を歩いていた頃に剣を捧げてくれた。イルマは二年目に登用した。財政の立て直しで力を借りた。ソフィは三年目だ。城の運営を全て任せている」
建国の初年から剣を捧げた騎士! 幼馴染枠に匹敵する古参ヒロイン!
二年目の参謀は途中加入の知略系ヒロイン!
三年目の侍従長は後発の癒し系ヒロイン! 加入順まで完璧にテンプレじゃん!
「三人とも、あなたに命を捧げている、と」
「……大げさだな。仕事として信頼しているだけだ」
(「仕事として信頼してるだけ」。違うのよフェリクス殿。あの三人は仕事じゃなくてあなた個人に捧げてるの。わかってないの? わかってないんだろうな。前世のサラリーマンだったもんね。職場の女性の好意に気づかないタイプだったんでしょ。それがそのまま異世界に持ち込まれてるのよ)
*
ここで一つ、問題が発生した。
廊下で、三人の随行者とすれ違った。
三対の視線がわたしに突き刺さった。
(……あっ。わたし、今、ハーレムメンバーから「新キャラ警戒」されてる)
銀髪の騎士レーナが、わたしの前に立った。礼儀正しく頭を下げたが、目が笑っていなかった。
「見黒様。フェリクス様とは、どのようなご関係で」
出た!!!!!!!!
「どのようなご関係で」!!!!!!!
クラリッサさんと同じ質問! ハーレムメンバーから主人公の女友達への定番質問!
「お茶を飲む仲よ」
(またこの返答してる。万能だわこの台詞)
レーナの目が少しだけ緩んだ。「お茶を飲む仲」が、恋愛対象ではないと判断したらしい。
(よかった。わたしはハーレムに入る気ないからね。フェリクス殿は面白い人だけど、推しとして見てるだけだから。あの人はわたしの推しキャラであって、攻略対象じゃないのよ)
眼鏡の参謀イルマがちらりとこちらを見た。分析する目だった。
栗色の侍従長ソフィは、にこにこしていたが、目の奥に「この人は安全か危険か」の計算が見えた。
(三人とも、フェリクス殿の周りに近づく女を警戒してる。ハーレムの防衛本能。これ、前世のソシャゲのイベントストーリーで見たことある)
*
フェリクスが帰る日、最後にもう一度お茶を飲んだ。
「フェリクス殿。一つだけ、助言してもいいかしら」
「何だ」
菓子を一つ取った。
「あの三人のこと、大事にしてあげてね」
フェリクスが不思議そうな顔をした。
「大事にしているつもりだが。給与も待遇も、最上位の——」
「そういうことじゃないのよ」
フェリクスがさらに不思議そうな顔をした。
(……ダメだこの人。前世のサラリーマン脳が抜けてない。「待遇」で返すところが完全にそれ。給与じゃなくて気持ちの話をしてるのに)
「まあ、いつかわかるわ」
「?」
わからないんだろうな、しばらくは。鈍感系主人公は鈍感であることが強みでもあるのよ。気づかないからこそ全員に平等に接する。気づいたら、選ばなきゃいけなくなる。選べない限り、あの三人は全員がフェリクス殿の傍にいられる。……それはそれで、幸せな形なのかもしれない。
(でもいつか気づくのよ。なろう系の鈍感主人公も、最終回では気づくの。そのときが来たら、フェリクス殿がどうするか——わたしは読者として、楽しみにしているわ〜!!)
*
フェリクスの一行が城門を出ていくのを、窓から見ていた。
三人の女性が、フェリクスの周りを囲むように歩いていた。レーナが右、イルマが左、ソフィが後ろ。完璧なフォーメーション。
(……あれ、護衛陣形じゃなくて、ハーレム陣形よね。無意識にああなってるのが怖いわ)
エルがお茶を淹れ直してくれた。
「見黒様。フェリクス殿の随行の方々、大変優秀な方ばかりでしたね」
「ええ。優秀よ。いろんな意味で」
エルが石みたいに固まった。
「……いろんな意味、とは」
「エルにもいつかわかるわ」
(わからなくていい。けど多分エルもなんか察してるよね)
菓子を食べた。本を開いた。
前世では画面越しに見ていたハーレムラブコメを、今日、リアルで目撃した。感想:鈍感系主人公は実在する。しかも元サラリーマン。異世界転生しても鈍感は治らない。これは新しい知見だわ。