軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編1 緋色の女神はなかなかいいことを言う

催しの文化が根づくにつれ、民の創作は思いもよらない方向に広がっていった。

最初に気づいたのはクラリッサ嬢だった。

「見黒様。催しの出品物に、少し変わった傾向が出ておりますの」

「どんな?」

クラリッサ嬢が少し言いにくそうに続けた。

「物語の中に……見黒様を思わせる人物が登場するものが増えておりますわ」

見黒様が首を傾げられた。

「わたしを?」

「ただし、そのままではございません。髪の色が緋色に変えられておりますの。設定も少しずつ違えてあります。しかし、若き王に仕える謎めいた美女で、池で水鏡を覗き、お茶を好む……」

見黒様がぷっと吹き出された。わたくしが見黒様のあの反応を見たのは、珍しいことだった。

「……面白いわね。それ、読んでみたい」

クラリッサ嬢が調べたところ、こういうことだった。

民の間に、暗黙のルールが生まれていた。見黒様や陛下をそのまま描くのは不敬にあたる。しかし、書きたい。ならば——髪の色を変え、名前を変え、舞台を少しずらして、「これは創作です」と言い張れるようにする。

黒髪は緋色に。「見黒」の名は「 緋澄(ひすみ) 」に。国の名前は変えられ、池は泉になり、お茶は薬酒になった。

その架空の人物——「緋色の女神」と呼ばれるようになった女が、民の間で独自の人気を得始めていた。

物語の数は増え続けた。緋色の女神が謎めいた微笑みで王を導く話。女神が敵国の策士と知恵比べをする話。女神が庭の花に語りかける話。

中には、見黒様が実際には仰っていないような、美しい台詞が書かれているものもあった。

「星が堕ちるとき、泉には月だけが残る。わたしはその月を見ているの」

「あなたの中にもう答えはあるの。まだ掬い上げられていないだけ。手の届くところにあるわ」

見黒様の言葉ではない。しかし、見黒様が仰りそうな言葉だった。民が想像した、見黒様の声だった。

緋色の女神の人気は、催しのたびに高まっていった。

物語だけではなかった。緋色の髪飾りが流行り始めた。緋色の帯留め。緋色の糸で刺繍を施した手巾。「緋澄様の色」として、緋色が民の間で特別な意味を持ち始めていた。

催しの会場には「緋色の女神」の区画が自然発生した。その区画だけは、いつも人だかりができていた。

クラリッサ嬢が報告した。

「見黒様。緋色の女神に関する出品が、催し全体の二割に達しておりますわ」

見黒様が目を丸くされた。

「二割!」

クラリッサ嬢が少し間を置いた。

「規制いたしますか」

見黒様が笑われた。

「なぜ? 面白いのに」

わたくしは日誌に書いた。

「民が見黒様をもとに架空の人物を作り出した。髪を緋色に変え、名を変え、しかしその心は見黒様のものだ。民はこの国で最も敬う人物を、直接描くことを避け、しかし愛することをやめなかった。これは不敬ではない。これは敬愛の形だと、わたくしは思う。見黒様ご自身がそれを面白がっておられることが、何よりの証だ」

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クラリッサさんが報告に来た。

「催しの出品物に、見黒様を思わせる人物が登場するものが増えている」と。

(……ん?)

「髪の色が緋色に変えてありますの。設定も少し違えてあります。しかし、若き王に仕える謎めいた美女で、池で水鏡を覗き、お茶を好む……」

(…………………………)

二次創作だ。

ぜぇっっっったい、わたしの二次創作だ!!!

(髪の色を変えて「これはオリジナルキャラです」って言い張るやつ! 前世で何億回と見たやつ! 「実在の人物との類似は偶然です」のやつ!)

しかも民が自主的に「そのまま描くのは不敬」っていう暗黙のマナーを作ってる。前世のネットでも nmmn(ナマモノ) には暗黙のルールがあった。「鍵をかける」「検索避けをする」「本人の目に入らないようにする」。この世界の民は髪の色を変えることでそれをやっている。文化として健全すぎる。

「面白いわね。それ、読んでみたい」

読んだ。

何冊か持ってきてもらって、読んだ。

(いや、おもしろぉ……!!)

黒髪が緋色になっている。名前が「緋澄」になっている。国の名前が変わってる。池が泉に、お茶が薬酒に。

(変換テーブルがしっかりしてる。前世の二次創作でいう「パラレル設定」が統一されてるのがすごい。複数の書き手がいるのに、世界観が共有されてる。ファンダムの力だわ)

いくつか読み進めた。

緋色の女神が謎めいた微笑みで王を導く話。女神が敵国の策士と知恵比べをする話。女神が庭の花に語りかける話。

わたしをモデルにしてるのに、わたしよりかっこいいことしてるな〜!知恵比べのやつなんか、策士を三手で追い詰めてたわ。わたしにそんな知略ないのに。

ある物語の中の台詞が目に留まった。

「星が堕ちるとき、泉には月だけが残る。わたしはその月を見ているの」

(……いいな、これ。わたしが言った台詞じゃないけど、わたしが言いそうな台詞として書かれている。というか、わたしより良い台詞じゃない? 「泉には月だけが残る」って、詩的すぎる。わたしの厨二セリフストックにはないやつだわ!)

もう一つ。

「あなたの中にもう答えはあるの。まだ掬い上げられていないだけ。手の届くところにあるわ」

(これも良い。いい台詞だな。でもこれは書いた人のものだ。わたしが使うのは違う。この台詞はこの物語の中で輝いてこそ意味がある。……でも、心の中のストックには入れておこう。こういう言い回しができる書き手がいるということが、嬉しいわ〜!!)

緋色の女神の人気は、催しのたびに上がっていた。

物語だけじゃなくなっていた。緋色の髪飾りが流行り始めた。緋色の帯留め。緋色の糸で刺繍した手巾。

『グッズ展開だ!!』

二次創作からグッズ展開に入ってる。前世のオタク文化と全く同じ流れ。ファンアート→グッズ→コスプレの順番。この世界でもその法則が成立してる。

(概念コーデの萌芽だわ。緋色のアイテムを身につけることで「わたしは緋色の女神のファンです」と表明してる。前世の痛バッグや推し色コーデと同じ原理……自然発生するものなのね……!!)

催しの会場に「緋色の女神」の区画が自然にできていた。いつもそこだけ人だかり。

クラリッサさんが報告してきた。

「緋色の女神に関する出品が、催し全体の二割ですわ」

「二割!」

最大ジャンルじゃん。前世のコミケで言えば壁サー密集地帯。一つのキャラがジャンルの二割を占めるのは、とんでもない人気よ。

「規制いたしますか」

「なぜ? 面白いのに」

(規制するわけないでしょ。おそらくこのブームは一過性のものだけど多分根強く残る。そうなったらもう、これは文化よ。……わたしの二次創作が国民的コンテンツになってるの、オタクとしてこんなに光栄なことはないよね〜! ……いや、光栄っていうか、面白いっていうか、なんていうか……)

……ちょっとだけ、くすぐったい。

夜、鏡の前に立った。

黒い髪。いつもの自分。

緋色の女神は、わたしの理想化された姿なのかもしれない。わたしが言えなかったことを言い、わたしがしなかったことをする。民が「見黒様だったらこう言うだろう」と想像して作った、もう一人のわたし。

(でも、あの台詞は良かったな。「星が堕ちるとき、泉には月だけが残る」。わたしには書けない言葉だ。書いた人はすごい。わたしのことを見て、わたしが言いそうな言葉を想像して、わたしを超える台詞を書いた。それって、すごいことよ)

緋色の女神はわたしじゃない。でも、わたしの一部ではある。民が見た「わたし」の姿。それを否定する理由はないし、否定する気もない。

(わたしはわたしの言葉で喋ろう。テキトーで、思いつきで、そのときの気分で。緋色の女神みたいに格好よくなくても、わたしの言葉はわたしのものだ)

鏡に向かって、自分の言葉を一つ。

「……では、二人きりのお茶にしましょう」

(うん。わたしにはこれで十分)