軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十七話 有能令嬢と仲良くしたい!!

宮廷に新しい顔が加わったのは、夏の初めのことだった。

南方の名家ロートリンゲン家の令嬢、クラリッサ。十九歳。金の巻き毛に碧い目。気が強く、声が大きく、衣装が派手だった。父親が新たに大臣に任じられたことで、宮廷に出入りするようになった。

クラリッサ嬢は、父の大臣着任の挨拶で陛下にお目通りした日から、陛下に熱を上げていた。

それ自体は珍しいことではない。陛下は穏やかで器が大きく、若くして王座にあるお方だ。慕う者は多い。

しかし、クラリッサ嬢の熱は、尋常ではなかった。

陛下のお茶の時間を調べ上げ、偶然を装って廊下で遭遇しようとした。陛下の好みの菓子を突き止めて差し入れしようとした。陛下の執務室の前に花を置こうとした。

そのたびに、侍従や護衛に丁重にお断りされていた。

そして——クラリッサ嬢は気づいた。

陛下が空いた時間の多くを共にしておられるのは、見黒様だということに。

グレン殿から報告が上がった。

「クラリッサ嬢が見黒様の周囲を探っています。一日の過ごし方を聞き回っている、と」

「……見黒様に敵意を持っている可能性があります」

ラルフ将軍が剣の柄を握り直した。

「必要があれば、排除する」

「将軍、それは早計です」

見黒様はお茶を飲みながら聞いておられた。

「……ふうん。クラリッサさんっていうの」

「はい。ロートリンゲン家の令嬢です。どうか、お気をつけください」

見黒様は何か考えておられるようだった。どのような対処をなさるのか、わたくしには分からなかった。

事が動いたのは、その翌日の廊下でのことだった。

見黒様が池に向かわれる途中、角を曲がったところで、クラリッサ嬢と鉢合わせた。

わたくしは見黒様の後ろに控えていた。

クラリッサ嬢の目が、見黒様を捉えた。その碧い目に、敵意が灯った。唇が引き結ばれた。一歩も退かず、道を譲らなかった。

宮廷では、見黒様がお通りになるときは道を空けるのが慣例だ。クラリッサ嬢はそれを知った上で、退かなかった。十分な宣戦布告だった。

わたくしは身構えた。

見黒様が足を止められた。クラリッサ嬢を、見ておられた。

数秒の沈黙があった。

「……あなた、とても綺麗ね」

「……は?」

クラリッサ嬢の表情が、凍った。

「その巻き毛。陽に当たると金色が透けて見えるわね。それに、肌がまるで磨かれた陶器のよう。……綺麗。とても綺麗」

敵意をぶつけようとしていたクラリッサ嬢の顔に、困惑が広がった。

「あなたの隣に立ったら、どんな絵になるかしら。黒と金。面白いわね」

見黒様は、ふっと笑われた。あの微笑みだった。

そのままクラリッサ嬢の横をすり抜けて行かれた。

クラリッサ嬢は、しばらくその場に立ち尽くしていた。振り上げた拳の行き場を失った人の表情をしていた。

わたくしが見黒様の後を追いかけると、見黒様は小さく仰った。

「エル。あの方にお茶の招待状を出してちょうだい。明日の午後で」

「……かしこまりました」

翌日、クラリッサ嬢は来た。

来ないかもしれないと思っていた。しかし彼女は来た。昨日の廊下で何が起きたのか、まだ理解できていないような顔で。

見黒様は窓辺の椅子に座っておられた。いつも通りだった。

「いらっしゃい。お茶をどうぞ」

お茶が注ぎ、青い実の焼き菓子が出した。クラリッサ嬢は菓子に手をつけなかった。

しばらく沈黙が続いた。

クラリッサ嬢が先に口を開いた。

「見黒様。単刀直入に伺います」

見黒様が杯を置かれた。

「ええ」

「あなたと陛下は、どのようなご関係なのですか」

見黒様は少しも動じなかった。

「お茶を飲む仲よ」

「お茶を飲む仲? ……それだけですの?」

見黒様がお茶を一口飲まれた。

「ええ。それだけ。とても大事な『それだけ』なのだけれど」

クラリッサ嬢の目が揺れた。拳が膝の上で握られていた。

「……わたくしは、陛下をお慕いしております」

「知っているわ。聞こえてきているもの」

クラリッサ嬢が唇を噛んだ。

「それでも、あなたは何も仰らないの? わたくしを追い払おうとはなさらないの?」

見黒様が首を傾げられた。

「なぜ追い払うの? 陛下を好きな人がいるのは、悪いことではないでしょう。寧ろ、人の上に立つ者として求心力があることを示されて、良いことだわ」

クラリッサ嬢が言葉を失った。

「あなたは陛下のことが好きで、わたしは陛下とお茶を飲んでいる。それだけのことでしょう? 争う理由がないわ」

間。

「それよりも——召し上がらないの? おいしいわよ」

クラリッサ嬢が菓子を見た。手が少し震えていた。

一つ、手に取って口に運ぶ。

「……おいしいですわね」

「でしょう?」

見黒様が朗らかに笑われた。

お茶の時間は一刻ほど続いた。

途中から、クラリッサ嬢が少しずつ喋り始めた。陛下への想いではなく、自分の話を。南方の実家のこと。気の強い性格のせいで友達が少なかったこと。宮廷に来ても誰も本音で話してくれないこと。

そして——陛下を追いかけていた際の話を、少し恥ずかしそうに語った。

「お茶の時間を把握するのに三日かけました。お好みの菓子を突き止めるのに、厨房の全員に聞いて回って一週間。花を置く場所の選定も、陛下の通られる廊下を全て歩いて、光の入り方まで確かめましたわ」

見黒様の目が、わずかに変わった。何かに気づかれたような目だった。

見黒様は黙って聞いておられた。杞憂を聞くときと同じ姿勢だった。

クラリッサ嬢が帰るとき、見黒様が仰った。

「クラリッサ。またお茶に来て」

「……よろしいのですの?」

見黒様が微笑まれた。

「ええ。あなたと話すの、面白かったわ。それに——あなたとわたしとでやりたいことがあるの。協力してくれないかしら」

クラリッサ嬢は意味がわからなかったようだが、頬が少しだけ赤くなって、頭を下げて帰っていった。

数日後、見黒様が仰った。

「エル。近いうちに、宮廷で催しを開きたいの」

わたくしは驚いた。見黒様がご自身から催し物を提案されるのは初めてだった。

「催し、でございますか」

「ええ。お茶会のようなもの。でも少し大きめで、音楽があって、花があって、菓子がたくさんあるもの。それをクラリッサに手伝ってもらいたいの」

わたくしは驚いた。

「クラリッサ嬢に……?」

見黒様が頷かれた。

「あの子の知見をお借りしたいの。南方のロートリンゲン家は社交に長けた家柄でしょう? それに——あの子はとても能力がありそうだわ。お茶の時間にそれが見えたの」

クラリッサ嬢は、驚いた顔で引き受けた。

そして——更に驚くべきことが起きた。

クラリッサ嬢は、尋常ではなく有能だった。

会場の花の配置。楽師の選定と演目の順序。菓子の種類と量の見積もり。招待する人数に対する席の配置。衣装の色が会場の装飾と被らないようにする配慮。全てを、的確に、迅速に整えていった。

準備の過程で、クラリッサ嬢は侍女たちや他の令嬢たちと話す機会が増えた。最初は警戒されていた。金髪の令嬢は気が強いという噂が先に立っていたからだ。

しかし、一緒に働くうちに、印象が変わっていった。指示が的確だった。声は大きいが、的を射ていた。何より、一緒に動いてくれた。上から命じるのではなく、自分も走り回った。

催しの当日、会場は見事だった。

花が美しく配され、音楽が心地よく流れ、美しい菓子が並び、招かれた者たちが笑顔で語り合っていた。

見黒様とクラリッサ嬢が並んで会場に入られた瞬間、全員の目が止まった。

黒髪と金髪。白い衣と深紅の衣。対照的な二人が隣に立つと、息を呑むほど美しかった。

催しが終わった後、数人の令嬢がクラリッサ嬢に話しかけていた。「次の催しも一緒にやりたい」と言っている声が聞こえた。

クラリッサ嬢の目が、少しだけ潤んでいた。

見黒様はそれを遠くから見ておられた。満足そうだった。

わたくしは日誌に書いた。

「見黒様がクラリッサ嬢に催しの手伝いをお願いされた。敵意を持っていた令嬢を、味方に変えるだけでなく、宮廷での居場所まで作って差し上げた。クラリッサ嬢の能力を見抜き、それが発揮される場を用意された。見黒様が人にされることは、いつもこうだ。罰するのではなく、活かす。排除するのではなく、取り込む。そしてその人が本来持っている力を、正しい方向に向けてくださる」

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グレン殿が「クラリッサという令嬢が見黒様に敵意を持っている」と報告してきた。

陛下に惚れていて、わたしが邪魔らしい。

(……あー)

心の中でなろうテンプレ検索エンジンがフル回転した。

(これは。これはまさに。「聖女と悪役令嬢」の構図)

整理しよう。わたし=黒髪の聖女ポジ。クラリッサさん=陛下に惚れてる令嬢ポジ。金髪巻き毛で気が強いって……見た目まで悪役令嬢テンプレなのでは……?

このテンプレの定番ルート。令嬢が聖女に突っかかる→聖女が追い出される→国が傾く→ざまぁ!の流れ。

……追い出されるの、わたしじゃん。

聖女追放ルートに入ったら、わたしが城を出ることになる。書庫がなくなる。池がなくなる。エルのお茶がなくなる。マリエスの新刊が届かなくなる。青い実の焼き菓子が食べられなくなる。というか、別にこの国に恨みとかマジでない。ざまぁしたい要素が一個もない。

(ダメ。絶対ダメ。このテンプレは起動させてはいけない)

逆張りしよう。対立しなければテンプレは起動しない。仲良くなればいい。でもいきなりお茶に呼ぶのはまずい。向こうは臨戦態勢なんだから、罠だと思われる。自然な接点が必要だ!

翌日、池に向かう途中で、廊下の角でクラリッサさんと鉢合わせた。

碧い目がこっちを睨んでいた。道を譲らない。退かない。

(おっ。来た。「廊下で道を譲らない」。悪役令嬢の小さな宣戦布告。テンプレ通りだわ〜。んん、……でも待って)

(よく見たらこの子——)

(ビジュ、良くない??)

脳内で3カメ使って観察してしまった。

金の巻き毛。陽に当たると透ける金色。碧い目。睫毛が長い。肌が白くて、磨かれた陶器みたい。

(ビスクドールじゃん。フランス人形じゃん。え、待って。わたしが和風美人枠——色白黒髪ストレートロングだとしたら、この子は完全に西洋美人枠でしょ。金髪巻き毛碧眼。対照的な二大美女)

これ、対決させる絵面じゃない。並べて眺めるのが正解じゃん?? 黒と金のツーショット。対立させるなんてもったいなさすぎる。

口が先に動いた。

「……あなた、とても綺麗ね」

クラリッサさんの顔が「は?」になった。

「その巻き毛。陽に当たると金色が透けて見えるわね。それに、肌がまるで磨かれた陶器のよう。……綺麗。とても綺麗」

クラリッサさんが完全に固まっていた。一歩、わたしが近づいた。

「あなたの隣に立ったら、どんな絵になるかしら。黒と金。面白いわね」

ふっと笑って、通り際に言った。

クラリッサさんの横をすり抜けた。めっ……ちゃ良い匂いした。

(よーしよし。自然な接点ができた。しかも「あなたが綺麗だから隣に並びたい」って動機。これなら罠には見えない。……実際、罠じゃないし)

翌日、クラリッサさんが来た。

(来た!)

戦闘態勢で入ってきた。でも昨日よりは少しだけ、角が取れていた。

「いらっしゃい。お茶をどうぞ」

クラリッサさんが切り出した。

「見黒様。単刀直入に伺います。あなたと陛下は、どのようなご関係なのですか」

(直球! いいね。回りくどくないの、好きよ)

「お茶を飲む仲よ」

クラリッサさんの眉がぴくりと動いた。

「お茶を飲む仲? ……それだけですの?」

「ええ。それだけ。とても大事な『それだけ』なのだけれど」

沈黙。クラリッサさんが膝の上の拳を握り直した。

「……わたくしは、陛下をお慕いしております」

「知っているわ。聞こえてきているもの」

クラリッサさんの目が据わった。

「それでも、あなたは何も仰らないの? わたくしを追い払おうとはなさらないの?」

(追い払ったら聖女追放ルートに入る。それはダメ)

「なぜ追い払うの? 陛下を好きな人がいるのは、悪いことではないでしょう。寧ろ、人の上に立つ者として求心力があることを示されて、良いことだわ」

クラリッサさんが固まった。

「あなたは陛下のことが好きで、わたしは陛下とお茶を飲んでいる。それだけのことでしょう? 争う理由がないわ」

そう。対立したくないって思ってたけど、今はちょっと違う。

わたしは! クラリッサさんと! 仲良くしたい!

「それよりも——召し上がらないの? おいしいわよ」

クラリッサさんが菓子を一つ食べた。

「……おいしいですわね」

でしょでしょ? お菓子の趣味が合えば多分大丈夫。あとはじっくり話を聞くターンだ。

途中から、クラリッサさんが自分の話を始めた。

南方の実家のこと。気が強くて友達が少なかったこと。宮廷で孤立していること。

(……この子、寂しいんだ。なろうの悪役令嬢もだいたいそう。表面は強気だけど中身は孤独)

そして、陛下を追いかけていた頃の話を、少し恥ずかしそうに語った。

「お茶の時間を把握するのに三日かけましたわ。お好みの菓子は厨房の全員に聞いて一週間。花を置く場所も、陛下の通られる廊下を全て歩いて、光の入り方まで確かめました」

(…………ん?)

ちょっと待って。この子、陛下のスケジュールを三日で完全把握して、厨房を一週間で全員当たって、廊下の光の入り方まで調査した? それ、ストーキングの情熱を差し引いても、純粋にリサーチ力と行動力がえぐくない?

(イベント運営者の素質だ。前世のコミケサークル主催で壁配置取れるタイプ。いやもっと上。企業ブースのプロデューサーレベルよ)

この子に必要なのは、陛下じゃなくて活躍の場だ。能力が余ってて、ぶつける先がなくて、全部陛下に向かってただけなのよ。

帰るときに言った。

「クラリッサ。またお茶に来て」

クラリッサさんの目が揺れた。

「……よろしいんですの?」

「ええ。あなたと話すの、面白かったわ。それに——あなたとわたしとでやりたいことがあるの。協力してくれないかしら」

(やりたいこと。二つある。一つは、黒と金で並んだ最高のツーショットを鏡で見ること。もう一つは、この子の行動力をまともな方向に使ってもらうこと。……催しとか?パーティ的なやつ? この子に仕切らせたら、とんでもないものが出来上がる気がする)

クラリッサさんの頬が赤くなった。

(照れてる。悪役令嬢の照れ顔、良い……)

「エル。近いうちに、宮廷で催しを開きたいの」

エルが目を丸くした。

「催し、でございますか」

「ええ。お茶会のようなもの。音楽があって、花があって、菓子がたくさんあるもの」

前世のオタクイベントの運営を見てきた身として言うけど、イベント運営って才能がいるのよ。段取り、手配、当日の回し。全部できる人は稀。クラリッサさんならできる。確信がある。だって陛下のためにあれだけのことをやり遂げた人なんだから。

「それで、クラリッサに手伝ってもらいたいの。助けてほしいことがあるのよ、と伝えてくれるかしら」

(「助けてほしい」って言うのがポイント。「やらせる」じゃなくて「借りたい」。人は頼られると本気を出す)

実際、クラリッサさんはめちゃくちゃ有能だった。

(やっぱね〜! お茶のときに気づいてたけど、想像以上だわ)

花の配置。楽師の選定。菓子の種類と量。席順。衣装の色の被り回避。全部、的確で、速かった。

しかも、準備の過程でクラリッサさんの周りに人が増えていた。侍女たちと花の話をしていた。令嬢たちと席順の相談をしていた。声が大きくて指示が的確で、何より自分も一緒に走り回っていた。

あの子、自分も動くタイプだ。「背中で見せるリーダー」。そういう人の周りには、自然と人が集まる。

催しの当日。クラリッサさんと並んで会場に入った。

(黒と金……最高のビジュ〜〜〜! ……やっぱり最高の画。周りの視線が全部こっちに来てる。「二大美女並び立つ」この破壊力よ……!今の回避確定スチルって感じなんじゃない?!)

催しは大成功だった。

終わった後、数人の令嬢がクラリッサさんに話しかけていた。「次も一緒にやりたい」と言っていた。

クラリッサさんの目が、少しだけ潤んでいた。

(……泣きそうになってる。友達ができたんだ。この子、たぶん生まれて初めて「一緒にやりたい」って言われたんだ)

あ〜〜〜、よかった。「悪役令嬢が居場所を見つける」ルート、成立。いくつかのテンプレの組み合わせだけど、やっぱりこの展開が一番好き。恋愛よりも自分の能力に集中したしごでき令嬢ルート、好きだわ〜!

その夜、エルが聞いてきた。

「見黒様。あの方と仲良くなさろうとしているのですか」

「ええ。だって、綺麗な子でしょう? それに、有能だったし」

エルが少し間を置いた。

「しかし、見黒様に害を成す可能性が……」

「あの子は悪い子じゃないわ。好きな人がいて、一生懸命なだけ。方向がちょっとずれていただけよ」

菓子をもう一つ食べた。

「敵意は理解で消える。ただ味方になるだけでは不足なのよ」

なんかまたエルが震えた。微振動エルかわいい。

(次は何の催しをやろうかな。クラリッサさんに相談しよう。……あ、そうだ。マリエスたち作家の交流会とかどうかしら。クラリッサさんが仕切って、作家が集まって、読者も呼んで。前世でいうところの文芸イベント。……最高じゃない?)