作品タイトル不明
第二十八話 オタクはイベントがお好き
見黒様が「催し」を提案されたのは、クラリッサ嬢との茶会が三度目を迎えた頃のことだった。
「クラリッサ。相談があるの」
「何かしら、見黒様」
見黒様がお茶を一口飲んでから、ゆっくりと話し始められた。
「この国で物語を書いている人も、絵巻を描いている人も、詩を詠む人も、みんなが集まれる場を作りたいの。作った人が自分の作品を並べて、読みたい人がそこに来て、手に取って読める。そういう催し」
クラリッサ嬢が瞬いた。
「……それは、市場のようなものですの?」
「近いけれど、少し違うわ。売り買いだけじゃなくて、書いた人と読む人が直接会えるの。本の値段も作る人が決めていい。感想を伝えたり、次の作品について話したり。作る人同士が顔を合わせて刺激を受けたり」
クラリッサ嬢がしばらく考えていた。それから、目に光が宿った。わたくしは見たことのある光だった。陛下のスケジュールを三日で把握したときと同じ光だ。
「……見黒様。場所は城の広間でよろしくて?」
「ええ、任せるわ」
クラリッサ嬢がすっと背筋を伸ばした。もう表情が変わっていた。
「時期は秋の収穫祭に合わせますわ。人の出入りが多い時期ですし、天候も安定しておりますもの」
見黒様が頷かれた。
「いいわね」
「規模は……最初は小さく始めますわ。参加者を募って、応じた方に場所を割り当てて。物語、絵巻、詩。分野ごとに区画を分けた方が、来場者も回りやすいでしょう」
クラリッサ嬢は、もう走り始めていた。
*
告知はお触れの形で出された。
「見黒様の催し——物語、絵巻、詩、その他あらゆる創作を持ち寄り、人と出会う場を設ける」
反応は、見黒様の予想を——いや、我々全員の予想を超えていた。
城下から、近隣の町から、遠方の村から。参加の申し出が殺到した。物語を書いている者、絵巻を描いている者、詩を詠む者。それだけではなかった。歌を作っている者、楽譜を写している者、地図を描いている者まで来た。
クラリッサ嬢が全てを仕切った。
区画の配置。参加者への案内。当日の導線。荷物の搬入手順。飲食の出店の手配。楽師の配置。雨天時の対応。
嬢の手腕は、茶会の催しのときを遥かに超えていた。規模が大きくなるほど、むしろ冴えていった。
マリエスにも声がかかった。マリエスは新作の写本を持ってくるという。ガルドから来た作家たちも参加を表明した。
*
当日は、秋晴れだった。
城の広間と、隣接する中庭が会場になった。
朝早くから人が集まり始めた。まだ準備中だというのに、門の前に列ができていた。
会場に入ると、長机がずらりと並んでいた。机の上に、作品が並んでいた。
物語の写本。手書きの絵巻。詩を綴じたもの。楽譜の束。中には、自分で染めた紙に書いた物語もあった。表紙に花を押してあるものもあった。
見黒様が会場を回られた。わたくしとクラリッサ嬢が付き添った。
見黒様は、髪をまとめ、髪色が見えぬように帽子を被られた。どうしても自ら手に取りたいとのことだった。
一つ一つの机に足を止められた。作品を手に取り、作った人と言葉を交わされた。
「これはあなたが書いたの?」
作者が——若い女だった——顔を赤くした。
「は、はい……」
「面白そう。いただいてもいい?」
作者の顔が輝いた。
それが、全ての机で繰り返された。見黒様はじっくりと見て回った。全部読もうとしておられたからだ。
マリエスの机の前では、長い列ができていた。新作を求める読者たちだった。マリエスは頬を赤くしながら、一人一人に「ありがとうございます」と言っていた。
ガルドから来た詩人は、朗読をしていた。自由に書かれた詩を。聞いている者の中に、涙を流している者がいた。
中庭では、絵巻を広げて見せている者がいた。子供が目を輝かせて覗き込んでいた。歌を歌っている者がいた。
クラリッサ嬢は会場内を運営担当者と共にきびきびと回っていた。参加者の困りごとに対応し、来場者を案内し、出店の菓子が足りなくなれば追加を手配した。その間も、金の巻き毛がきらきらと揺れていた。
夕方、催しが終わった。
見黒様は両手いっぱいの写本と絵巻を抱えておられた。
「エル。持ちきれない。手伝って」
「……かしこまりました」
わたくしも両手がふさがった。
*
翌日、宮廷は催しの話題で持ちきりだった。
「見黒様が、民の創作を一堂に集められた」
「作る者と読む者が直接出会う場。……前例がない」
家臣たちの間で、感嘆の声が続いた。
「しかも大成功だった。あの規模の催しを滞りなく運営したクラリッサ嬢の手腕も見事だ」
しかし、大臣たちが最も驚いていたのは、別のことだった。
ベルント殿が呟いた。
「……民の教養が、これほどとは」
参加者の大半は、貴族でも学者でもなかった。商人の息子、農家の娘、鍛冶屋の弟子。市井の者たちだった。その者たちが、物語を書き、絵巻を描き、詩を綴っていた。しかも、中には相当な水準のものがあった。
「見黒様のお触れ以来、民の間に『書く』文化が根づいたのだ」
「マリエスの成功を見て、自分も書いてみようと思った者が多いのだろう」
グレン殿が報告をまとめていた。
「参加者二百三十二名。うち、貴族や学者に連なる者は二割に満たず、八割以上が市井の民です。来場者はおよそ千名。近隣の五つの町から人が来ていました。物語の写本だけで三百部以上がこの日のうちに渡っています」
グレン殿が続けた。
「見黒様は、作り手を貴賎で選ばれなかった。誰でも参加できるようにされた。それによって、我々が知らなかった才能が可視化されました。自国の文化の厚みを、この催しで初めて目に見える場にしたと言っても過言ではありません」
大臣の一人が声を上げた。
「しかし、検閲はなかったのか。不敬な内容や、過激な表現があった場合——」
グレン殿が答えた。
「見黒様に伺ったところ、『声を丸ごと受け止めるのが国の度量』と仰せられました。ただし、露骨な表現のものについては区画を分けて配置するよう、事前にクラリッサ嬢に指示が出ておりました」
大臣たちが顔を見合わせた。検閲はしない。しかし、配慮はする。禁じるのではなく、整える。
「……見黒様は、何もかもお見通しなのだ」
さらに、グレン殿が付け加えた。
「見黒様は写本を作る印刷の職人たちにも目を配っておられます。『作り手が増えるなら、刷り手も増やさなければ』と仰せられ、印刷に携わる職人の待遇を手厚くするよう、ご指示がありました」
陛下はその様子を聞いておられた。
「アカリ殿は楽しんでいたか」
「はい。見黒様は……両手に写本を抱えて、大変ご満悦のご様子でした」
陛下が笑われた。
「次はいつやる」
「見黒様は『季節ごとにやりたい』と仰っておいでです」
陛下が杯を置かれた。
「そうか。よきに計らえ」
わたくしは日誌に書いた。
「見黒様の催しが行われた。物語、絵巻、詩、楽譜、あらゆる創作が一堂に会した。見黒様はこの催しを『作る人と読む人が出会う場』とお呼びになった。来場者の中には遠方から来た者もおり、次の催しを心待ちにする声が多かった。見黒様は季節ごとの開催をご希望されている。この催しは、この国の文化の新しい形になるだろう」
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やる。やるぞ。
(文芸イベント。やる。この世界で、やる)
前世でずっと行きたかった側——いや、行く側ではあったけど、「作る側」の場を提供する側になるなんて思ってもみなかった。
前世のコミケ。コミティア。文学フリマ。オンリーイベント。同人即売会。あの空気! 作った人が机に座って、読みたい人が歩いてきて、手に取って、買って、感想を言う。あの場所。あの熱量。あれを、この世界で……!)
クラリッサさんに相談した。
「この国で物語を書いている人も、絵巻を描いている人も、詩を詠む人も、みんなが集まれる場を作りたいの」
クラリッサさんの目に火がついた。
来た。イベントプロデューサーの表情だ。
「場所は城の広間でよろしくて?」
「任せるわ」
(もう任せた。この子に仕切らせたら間違いない)
「時期は秋の収穫祭に合わせますわ」
クラリッサさんが指折り数え始めた。
「いいわね」
「規模は……最初は小さく始めますわ。参加者を募って、応じた方に場所を割り当てて。分野ごとに区画を分けた方が、来場者も回りやすいでしょう」
区画分け。ジャンル分け。前世のコミケと同じ発想が自然と出てくるの、この子の才能よ。わたしが何も言わなくても、イベント運営の正解に辿り着く。
*
お触れを出した。
前世でいうサークル参加募集だ。「あらゆる創作を持ち寄り、人と出会う場を設ける」。おっ、なんかかっこいい言い方になったわ。
想像を超えて参加希望が殺到した。
(すごい。物語だけじゃなくて絵巻も詩も来てる。歌を作ってる人も、楽譜を写してる人も。……あ、地図を描いてる人まで来た。地図もいいの? いいわよ。地図だって創作よ。RPGの世界地図なんて芸術品でしょ)
マリエスにも声をかけた。新作の写本を持ってくるって。
(マリエスの新刊。直接もらえる。サイン会的なこともできるかも。いや、この世界にサインの概念あるかな。まあいいわ、押印でも何でも)
ガルドから来た作家たちも参加するって。
(最高。最高の布陣。国内作家と亡命作家が同じ会場に並ぶ。文化の融合。前世の海外招待作家枠みたいなものね)
参加希望の中身を確認していたら、ちょっと過激な内容のものがいくつかあった。
(あー。来たか。R18案件。成人向けコンテンツの扱い)
検閲はしない。それは前にお触れの件で言った通り。「声を丸ごと受け止めるのが国の度量」。でも、ゾーニングはする。子供も来るんだから、区画を分けて配置すればいい。前世の即売会と同じよ。成人向けは奥の区画。入口に注意書き。禁止じゃない、整理するだけ。
クラリッサさんに伝えた。
「露骨な表現のものは区画を分けて配置して。禁止はしなくていいわ。ただ、場所を分けるだけ」
「お任せくださいませ」
(クラリッサさん、一切驚かないの、さすがだわ。南方の名家は社交に慣れてるから、こういう話にも免疫があるのかしら)
もう一つ気になったことがあった。全部手書きだと一冊作るのに何日もかかる。写本や印刷が足りないと、当日本が置けない人がいるかもしれない。
(印刷だ。印刷の職人を手厚くしないと。前世のコミケが成り立つのは印刷所があるからよ。作り手が増えるなら、刷り手も増やさなきゃ)
エルにグレン宛の伝言を頼んだ。
「印刷に携わる職人の待遇を手厚くしてほしいの。彼らがいないと、本が増えないでしょう」
「かしこまりました。すぐに伝えます」
コンテンツ産業はインフラが命。作る人だけじゃなくて、届ける人も大事。前世の出版業界と同じ構造よ。
*
当日。秋晴れ。天気、完璧。イベントの晴れは正義。
私はお忍びで一般参加させてもらった。そらもうものすごいゴネた。クラリッサに「見黒様がいらしたら参加者は平伏して催しどころではなくなりますわね」と言われて、変装することにした。と言っても黒髪が見えないようにまとめて帽子を被っただけなんだけども。
会場に入った瞬間、鳥肌が立った。
長机がずらりと並んでいた。その上に、作品が並んでいた。
(これ……これだ……! 前世と同じ即売会の光景だ……!!)
手書きの物語。手描きの絵巻。手綴じの詩集。自分で染めた紙。表紙に花を押してあるやつ。
(手作り本。同人誌だ。全部一つ一つ手で作ってるんだ。前世の印刷所に出す前の、本当の手作り本。コピー本ですらない。原本。原本が机に並んでるの。すごい。すごいわこれ)
一つ一つの机を回った。
「これはあなたが書いたの?」
作者が——若い女だった——顔を赤くした。分かる。立ち読みされたり話しかけられたりすると「ヒョッ!」ってなるよね。分かりすぎるわ。
「は、はい……」
「面白そう。いただいてもいい?」
(全部欲しい。全部読みたい。前世の即売会でも同じだった。端から端まで全部買いたい衝動。あの衝動が今ここにある)
回っていて気づいた。参加者のほとんどが、貴族でも学者でもなかった。商人の息子。農家の娘。鍛冶屋の弟子。普通の人たちだ。
(この国の人たち、こんなに書けるんだ。すごいな。お触れのときは読む人が多かったけど、書く人もこんなにいたんだ。……前世のネットと同じだ。場を用意すれば、人は勝手に作り始める)
マリエスの机には列ができていた。
(列! マリエスに列ができてる! 壁サーだ! 壁サーになってる! ウォォォわたしです! わたしが育てました!)
マリエスが赤い顔で「ありがとうございます」って言ってるのを見て、なんでかわたしが泣きそうになった。
ガルドの詩人が朗読していた。自由に書かれた詩を。周りの人が泣いていた。
(自由に書いた言葉が、人を泣かせている。ガルドでは書けなかった言葉が。……いいな。これだよ。これがあるべき姿だよ)
中庭では絵巻を広げている人がいた。子供が覗き込んでいた。歌を歌っている人がいた。
(イラストスペースと音楽スペースが自然発生してる。ジャンルの壁を越えて混ざり合ってる……。創作が創作を呼ぶ空気最高。イベントの空気おいしい……!)
クラリッサさんがスタッフと一緒にテキパキ会場を回っていた。金の巻き毛を揺らしながら、トラブルを片っ端から解決していた。
(かっこいい。イベントスタッフの鑑。前世だったら打ち上げで一番乾杯される人)
*
夕方、催しが終わった。
両手に写本と絵巻を抱えていた。持ちきれない。
「エル。持ちきれない。手伝って」
(戦利品。大量の戦利品。前世の即売会帰りと同じだ。紙袋が重い。腕が痛い。でも幸せ。この重さが幸せ)
部屋に戻って、戦利品を広げた。
全部で二十三冊。物語が十五、絵巻が五、詩が三。
(二十三冊。一日で二十三冊の新刊を入手した。これを全部読む時間がある。幸せ。今日から数日、読書三昧だわ)
「エル」
「はい」
写本を一冊手に取りながら言った。
「次は冬にやりたいわ。季節ごとにやりましょう」
エルが少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「季節ごとに……かしこまりました。クラリッサ嬢にお伝えします」
(春夏秋冬、年四回。前世のコミケは年二回だったけど、この世界は印刷がまだ発展途上だから頻度高めの方がいい。手作りだから一度に大量には作れないし、こまめに場を設けた方が作り手も助かるでしょ。多分ヒマな時期って職業ごとに違うだろうし。あ、抽選にして前回出た人はご遠慮、とか……考えることいっぱいだな〜)
写本を一冊開いた。最初の一行から引き込まれる。
(……お、面白い。この人、テンポがいいわ。マリエスとは違うタイプだけど、読ませる力がある)
読み始めていくと、頭の中から解される感じがする。同時に何かが整っていく感じも。
(前世では参加者側だった。好きな本を買いに行く人だった。今は——この場を作った側にいる。作る人と読む人が出会う場が作れた。……いや、作ったのはクラリッサさんだけど。わたしは言い出しただけだ。でも、言い出しただけのことが、ここまで大きくなった)
(……面白い世界だな〜、本当に)
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