軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十三話 それはあなた次第でなくて?

事件が起きたのは、秋の初めだった。

東方との緊張が外交の場で収まりつつあった時期のことだ。表面上は、関係の再構築が進んでいた。

しかし、全員が納得していたわけではなかった。東方の側にも、この国の側にも、神託少女の存在を快く思わない者はいた。

その男が城に現れたのは、商人の一団に紛れてのことだった。

男は「東方からの交易使節の随行者」を名乗っていた。身なりは整っていた。礼儀もわきまえていた。

しかし、目的は別にあった。

男はこの国の宮廷に入り込み、神託少女の正体を暴くつもりだった。黒髪というだけで国を惑わす詐欺師——男はそう確信していた。

男の切り札は、国宝「鑑定の鏡」だった。

鑑定の鏡は、この国に古くから伝わる宝物で、その前に立つ者の称号とあらゆる素質を数値として映し出すとされていた。筋力、体力、知略、軍略、看破、統率、交渉、魅了、野心、信仰、精神力、魔力。隠し事はできない。鏡の前では全てが開示される。

男は大臣の一人に働きかけ、「神託少女殿の偉大さを改めて国宝の前で確認させていただきたい」という名目で、鑑定の儀を催すことに成功した。

表向きは敬意。裏の意図は暴露。

見黒様の素質が凡庸であることが数値で白日のもとに晒されれば、詐欺師だと証明できる。男はそう確信していた。

鑑定の儀は、謁見の間で行われた。

国宝の鏡が運び込まれた。人の背丈ほどの大きさがある、銀の枠に嵌められた鏡だった。表面は普通の鏡のようだが、その前に立つ者の素質が文字と数値として浮かび上がるのだという。

家臣たちが両側に控えた。ラルフ将軍は壁際に立って剣の柄に手をかけていた。わたくしは見黒様の後ろに控えていた。陛下もご列席だった。

男は、一団の中に混じって立っていた。顔には敬意の仮面を被っていたが、目の奥に、獲物を追う者の光があった。

まず、鏡の精度を示すための実演が行われた。

最初にラルフ将軍が鏡の前に立たれた。

鏡の表面に、文字と数値が浮かんだ。

称号「護国の将軍」。

筋力92、体力88、軍略85、統率78、精神力75、看破55、知略40、交渉30、野心25、信仰40、魅了18、魔力5。

家臣たちの間にどよめきが起きた。

「おお……さすがは将軍閣下」

「筋力92、軍略85。まさに武人の鑑」

ラルフ将軍は無表情のまま壁際にお戻りになった。しかし少しだけ、耳が赤かった。

次にグレン殿が進み出た。

称号「典録の官」。

知略82、交渉70、看破65、統率55、精神力50、野心45、軍略35、体力30、魅了15、筋力20、信仰25、魔力8。

「知略82。さすがグレン殿、切れ者でいらっしゃる」

「筋力20、魅力15……。まあ、文官殿ですからな」

軽い笑いが起きた。グレン殿は「鏡は正直ですな」と苦笑しておられた。

そして、わたくしの番が来た。

見黒様の従者である以上、わたくしも実演に加わることになった。正直、恥ずかしかった。

鏡の前に立った。

称号「記録の従者」。

知略45、看破70、精神力65、信仰85、魅了30、体力25、筋力15、統率20、交渉15、野心10、軍略5、魔力3。

家臣たちの間に、別種のどよめきが起きた。

「看破70……グレン殿を超えておるぞ」

「信仰85……将軍閣下の筋力に迫る数値ではないか」

わたくしは顔が熱くなった。看破が高いのは、七年間見黒様の傍で毎日観察し続けてきたからだろう。信仰が高いのは——それは、わたくし自身がよくわかっていた。

見黒様がちらりとこちらを見て、小さく笑われた。

「エル。信仰85ですって。わたしより詳しいかもしれないわね」

何に詳しいのかはわからなかったが、見黒様が笑っておられたので、それでよかった。

三名の実演で、鏡の精度は証明された。数値は本人たちの実力と一致しており、誰もが納得していた。

いよいよ、見黒様が鏡の前に立たれた。

謁見の間が静まった。

鏡の表面に、文字が浮かんだ。

称号「異星の神託者」。

ざわめきが起きた。

異星。この星のものではない……そういう意味を持つ言葉。しかし「神託者」は明確だった。鏡が見黒様の称号を肯定した。

そして、数値が浮かんだ。

筋力10。体力10。知略10。軍略10。看破10。統率10。交渉10。魅了10。野心10。信仰10。精神力10。魔力10。

全て、10。

謁見の間が、凍った。

ラルフ将軍の筋力は92だった。グレン殿の知略は82だった。わたくしの信仰は85だった。侍女ですら筋力は12ある。

10は、この場にいる誰よりも低い。全ての項目が、一律に、10。

ありえない数値だった。人間のあらゆる素質が完全に均一であるなど、あり得ない。しかも、全てが最低水準で。

しかし、見黒様は動じておられなかった。鏡に映った数値を一つ一つ見ておられた。その表情は——驚きではなかった。納得ずく、という顔だった。まるで予想通りのものが出た、とでも言いたげに。

あの表情を見て、わたくしは確信した。見黒様はこの結果をご存じだったのだ。

鏡を持ち込んだ男が前に出た。仮面が剥がれかけていた。

「ほら見ろ!全て10だ!こんなものが神託者であるはずが——」

男の声が途切れた。家臣の一人が、静かに言ったからだ。

「……魅了が、10?」

全員の視線が、鏡の前に立つ見黒様に向いた。

高貴な白い衣。美しい黒い髪。光を受けて青みがかる、完璧な黒。化粧がなくとも息を呑むほどの美貌。

その人物の魅了が、10?

「……鏡が、壊れているのではないか」

大臣の一人が呟いた。

それは、この場にいた全員の思いだった。あの御姿で魅了10などありえない。ならば、他の数値も信用できない。ならば——

「何かの隠匿が働いている。見黒様の真の素質は、鏡ごときでは測れないのだ」

「鑑定の鏡が映せるのは通常の人間の素質だけなのだろう。見黒様は通常の尺度の外におられる」

「むしろ、鏡の限界を証明してしまわれた……」

男の顔から、色が抜けていった。

「バカな……全ての情報を開示する国宝だぞ……!」

見黒様が、ふっと笑われた。鏡に見黒様の笑みが映っていた。

「ふふふ……」

「何がおかしい!」

「あなたの目に映ること、あなたの耳に入ること……それが真実だと思って?」

「何……?何が言いたい!」

「人は見たいものしか見ない。聞きたいことしか聞かない……あなたは、どちらかしら」

男が後ずさった。

「……まさか、この国宝すら欺く術を……?!」

「そう思うかどうか。それすら、あなた次第でなくて?」

見黒様はそう仰って、また鏡に向き直られた。鏡には、「異星の神託者」の文字と、一律の10が並んでいた。そして、見黒様のお姿が映っていた。白い衣と、黒い髪だけが。

男は、その場で崩れ落ちた。

取り押さえられたのではない。自分から膝をついた。

「……わたしは……間違っていた……」

男は震えていた。

「あの鏡にあのような数値が出るということは……見黒様の力は、常人が扱える道具の範囲を超えておられるのだ……」

家臣たちの間に、深い頷きが波のように広がった。

わたくしは日誌に書いた。

「本日、見黒様は国宝・鑑定の鏡の前にお立ちになった。鏡が映したのは『異星の神託者』の称号と、全項目一律10という前例のない数値。ラルフ将軍の筋力92、グレン殿の知略82、わたくしの信仰85——それらと並べたとき、見黒様の10は『測定不能』を意味するとしか思えない。鏡はその限界を晒した。見黒様は鏡の外におられる」

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鑑定の鏡の話が来たとき、わたしは正直、少し焦った。

(え、鑑定? ステータス表示? それはまずいのでは?)

神託の力なんてない。前世の記憶があるだけで、この世界的には何の特殊能力もないただの人間だ。鏡の前に立ったら、しょぼいステータスが丸見えになる。

(まあ……何かしらの肩書きは出るだろうから、嘘つきとは思われないかな。中身がからっぽなのはちょっと恥ずかしいけど)

まずラルフが実演で立った。

(おお〜。数値が出てる。筋力92! RPGだったらパーティのタンク枠ね。軍略85も高い。これ一応メモしとこ)

次にグレン殿。

(知略82。文官型ステータスだ。筋力20は……まあ、グレン殿だし。ちなみに魅了15。グレン殿、ドンマイ)

次にエル。

(看破70! グレン殿より高いの? エル、すごいじゃない。……あ、信仰85。何の信仰だろう。この世界の宗教とか? まあエルは真面目だし、何かを強く信じてそうな子ではある)

「エル。信仰85ですって。わたしより詳しいかもしれないわね」

(わたし信仰とか全然ないし。前世から無宗教だし)

さて。わたしの番だ。

(……まあ、どうにかなるでしょ。肩書きだけ出れば勝ちよ)

鏡の前に立った。

文字が浮かんだ。

称号「異星の神託者」。

(異星の……? ああ、前世が別の世界だからかな。やべ、この鏡、結構正確なのね。あっ、「神託者」って出た。肩書きは確保。よーしよし)

数値が出た。

筋力10。体力10。知略10。軍略10。看破10。統率10。交渉10。魅了10。野心10。信仰10。精神力10。魔力10。

(…………全部10?えっ、まじ?えーと。ラルフが筋力92で、グレン殿が知略82で、エルが信仰85で……わたしが全部10……)

若干ショックだったけど、すぐに分かった。これ、私の前世のステなんでは?

(……あっ。そう考えると合点がいくかも。前世のわたしの体力とか知力とか、そのままなんじゃ? だとしたら全部10は妥当すぎるんだけど。前世、一番良かったのは現国とか古文だし。それ以外は下から数えた方が早かったもんな……。ステータス的にはマジで全部10くらいの人間だったし)

鏡に近寄って一つ一つの数字を見て「あーーーーだよねーーー」みたいな気持ちで眺める。なんかだんだん笑えてすらくるな。

(というか全部同じ数値って、前世の性格診断とかでもオール3だったのを思い出すわね。「あなたはバランス型です」って出て、つまり特徴がないってことじゃんって思ったやつ。鏡、正直すぎない?)

ざわめきが起きた。ほんとごめんこんなステで。

男が前に出てきた。

「ほら見ろ!全て10だ!こんなものが神託者であるはずが——」

(あっ)

心の中で、何かが弾けた。

(あっ、これ。これいけるんじゃない? 「バカな!」のやつ。前世の漫画で何百回と見たやつ。悪役が驚愕するテンプレ台詞。やってくれるの? 今やってくれるの?)

テンションが跳ね上がった。

でもその前に、家臣の誰かが呟いた。

「……魅了が、10?」

全員の視線がわたしに来た。一度近似値のグレンに向いて、もう一度わたしに戻ってきた人も何人か居た。

(え、何? 魅了10がそんなに気になる? ……あっ、そうか。今のわたしの見た目と数値が合わないのか。バルコニーシーンまでこなした見た目を基準しにたら、そらそう……。黒髪は珍しいし、色白も珍しいし。いやでも魅了って生まれつきの顔の話じゃなくて、もっとこう、人を惹きつける力みたいなものかもしれないし。わたし前世でも恋愛方面はからっきしだったし、10で合ってるのでは?)

大臣たちが「鏡が壊れている」とか「隠匿が働いている」とか言い始めた。

(壊れてないと思うけどな。たぶん正確よ、あの鏡。わたしが雑魚なだけ)

でも言わない。

男がまだ騒いでいた。

「バカな……全ての情報を開示する国宝だぞ……!」

(来た来た来た。「バカな!」来た。この展開には正しい返し方がある。前世の漫画で見た。悪役が「バカな!」と叫んだとき、主人公は笑うのだ。余裕の笑みで)

「ふふふ……」

笑った。最高の角度で。鏡の前なのでちょうどいい、確認しながらできる。

「何がおかしい!」

(来た来た。「何がおかしい」まで来た。完璧な流れだわ)

「あなたの目に映ること、あなたの耳に入ること……それが真実だと思って?」

(こういうときのためにストックしておいたやつ〜〜〜!!かっこよ……!)

「何……?」

「人は見たいものしか見ない。聞きたいことしか聞かない……あなたは、どちらかしら」

(このセリフも鏡の前で練習しまくったわ〜〜〜!!最高のタイミングをありがとう!!)

男が後ずさった。

「……この国宝すら欺く術を……?!」

(いや、欺いてないのよ。あれがわたしの素のステータスなのよ。全部10が正解なのよ。でもまあ、ここで「実はわたし何もないんです」とは言えないわよね)

「そう思うかどうか。それすら、あなた次第でなくて?」

(質問返し。最強の切り返し。答えを相手に委ねる。これも前世の漫画で学んだテクニック)

男が膝をついた。何か反省し始めた。「鏡の測れる範囲を超えておられる」とか言っている。

(いや、超えてないのよ。下に突き抜けてるだけなのよ。すまんやでマジで)

部屋に戻った。

エルがお茶を淹れてくれた。

「見黒様。本日のこと……見黒様は、あの鏡に何が映るか、ご存じだったのですか」

「ええ。まあ、そうね」

(全部10が出ることは……まあ、予想してたわけじゃないけど、納得だったわ。肩書きだけ出れば勝ちだと思ってたし)

「見黒様は……怖くはなかったのですか」

「何が?」

「あの男が、見黒様を陥れようとしていたこと」

「ああ……そうねぇ」

少し考えた。

「怖くはなかったわ。だって、あの人は結局、自分で答えを出したでしょう?」

エルが目を見開いた。

「わたしは何もしていないわ。あの人が勝手に驚いて、勝手に考えて、勝手に納得して帰っていった。わたしがしたのは、質問を返しただけよ」

(本当に何もしてない。漫画のテンプレ返ししただけ)

「……あと、エル」

「はい」

「信仰85だったわね。どんな神仏を信じているの?」

エルの耳が赤くなった。

「……わたくしは……その……」

(あっ、やべ。宗教的なことはちょっとデリケートな話題だったか。名前を言えない神様とかかもしれないし)

「まあいいわ。お茶にしましょう」

(エル、なんか照れてる。かわいい〜)

菓子を一つ食べて、本を開いた。