作品タイトル不明
14話「兄上、お久しぶりです」
さて、今日は笛飴の改良と販売の相談にミレア姉さんとこに行こ。託児院の子どもたちも喜んでいたし。
果樹を使って色んな味を作ったり、見た目まで調整すんのはミレア姉さんが得意だしな。菓子店用のレシピは任せよう。
小腹が空いてつい香ばしい匂いにつられ、買ってしまった串焼きを頬張りながら歩く。「また昼ご飯の前に食べてきたのね!」とミレア姉さんに怒られそうだから、着く前に食べきって証拠の隠滅を図ろうとする俺。
気持ちゆっくり歩いていると前方に明らかに人混みを歩き慣れていない、行商人風ではあるけど品の良い服を着た人がキョロキョロしながら歩いている。
顔を隠すようにすっぽり覆ったフードで分からないけれど、あのふくよかな体型は兄上に似ている。というか、兄上が街歩きしたらこうなるんだろうなと思うと目が離せない。
その人に、さり気なく近付く男が1人。……スリだな。普段ならほっとくんだけどなぁー……兄上を思い出したから仕方ない。
何かに気を取られ、無防備なその人の肩を軽くトントンと知らせるように触れ振り向かせる。
「おい、あんた!ボーっとしてんじゃね……兄上ぇぇぇ?!」
振り向いたのは、クリーム色のやわらかい金髪に淡い緑色の穏やかな目をした――……兄上じゃん!!
「あぁ、リシアン。久しぶりだねぇ、元気にしていたかい?」
「あっ……と?えっ?何で兄上がここに……はい、元気です」
まさかの兄上本人だし、うっかり怒鳴っちゃった衝撃がすごい。
てか、何で兄上はこんな平然としてんの?そのテンションは昨日も会ったばかりとかそんな感じなんだけど……さすが兄上。
「兄上、急にどうしたんです?何で辺境まで……」
とりあえず道の往来で立ち話も何だし、マイペースな兄上を道の端に誘導する。すっとゴルディが兄上の背後をカバーしてくれた。
「ん?着いてから説明するとは言ったけど、リシアンには手紙を送ったよ?」
「えっ?何か熊がどうとかっていう書きかけのなら……兄上、お疲れなのかと心配してたんですけど」
兄上の顔がサーッと青ざめた。
「間違えた……」
小さな声でそうこぼした兄上に
「兄上も間違えるとかあるんですね……」
あの兄上がそんなミスをするなんて……きっとこれはかなりお疲れだ。せっかくここまで来てくれたんだ、しっかり労らねばと決意する。
「そりゃあ僕だってもうじき三十歳だからね、そんな時もあるよ」
苦笑混じりに兄上がそう言う。
「それにしても無事に会えてよかったよ。リシアン、元気そうでよかった」
兄上に後光が差しているように見えるのは俺だけかな?心からそう思っているよっていうのが伝わる笑顔は俺の癒やし……。
「俺も……びっくりしたけど、兄上にお会いできてうれしいです!」
そう言うと兄上はいつものように俺の頭をポンポンと撫でてくれる。今では俺の方が背が高いのに、と何だかくすぐったい気持ちになる。
「ところで兄上、キョロキョロしてましたけど何かお探しだったんですか?」
「あぁ、リシアンがお世話になっているからねぇ。トピリア嬢の薬店へ挨拶に伺おうと思って」
にこにこと紙袋を手に下げている兄上。
……兄上、非常に言いづらいのですが、紙袋の店はミレア姉さんがレシピを考案した菓子店のです。
それ、ミレア姉さんへ手土産になんて言い出しませんよね?
「……俺も今からミレア姉さんのところに行くので、一緒に行きます?」
とりあえず紙袋は見なかったことにした。
「ミレア姉さーん!ちょっと相談とご紹介したい人をお連れしましたぁー」
「リシアン?連絡してきたのはえらいけど、そんなに勢いよく入って来ないでといつも……」
俺の後ろにいる兄上を見たところでミレア姉さんが固まった。
「……ヴァルディリア様?」
「弟がいつもお世話になっております、レオナリス・ヴァルディリアと申します。書架の姫君に覚えていただけていたとは光栄ですね」
流れるような台詞に「おぉ」と思う。
「こちらこそ、医学科の若葉と称されたヴァルディリア様の記憶に残していただき光栄ですわ。……ただ、 私(わたくし) は一薬師として過ごしております。ご容赦いただけませんか?」
何か、ここだけすごく貴族の風が吹き荒れている。互いに微笑なんだけど……何かすごい。平民な俺、さすがに突っ込めないよ?
とりあえず呼び方は「ミレアさん」と「レオナリス様」に落ち着いたけど、それだけじゃあ消せない貴族の空気がまだ吹いてるよ。
「店先も何ですから、どうぞ中へお上がりください。ちょうど昼時なので店も一旦閉めるんです」
あ、これだけは言っておかないといけない。
「ねぇ、ミレア姉さん。俺、今日はミレア姉さんに昼ご飯作ってもらおうと思っててー」
「そう言うと思って準備していたわよ」
今日のメニューは何なのとミレア姉さんについて行く俺を見て
「……弟が、本当にお世話になっているようで」
と兄上が深々と頭を下げている。
「そんな、ヴァルディリア様?リシアンは本当に、弟みたいで……わたしも彼には色々と助けられているんです」
改めてそんなん聞くと、何か妙に恥ずかしくてそわそわする。
「いや先程のやり取りで……色々とお世話になっているのはきっと弟でしょうから。よかったら召し上がってください。街の方に聞いたのですが新しく出来たお店の菓子で、とても評判なんだそうです」
俺は紙袋とミレア姉さんからサッと目をそらした。
「あの!兄上もご飯まだだったら一緒にどうですか?ミレア姉さんの料理、めっちゃおいしいんで。何かご予定はあったりします?」
兄上のご予定は分からないけれど、その辺の店より断然ミレア姉さんの料理のがおいしい。
「特に決めていないけれど……そんな急にミレアさんにも失礼だし迷惑でしょう?」
えー……。せっかく兄上とも一緒にご飯食べれると思ったのに。
「わたしは構いませんわ。二人分も三人分も変わりませんし、レオナリス様さえよければ召し上がっていってください。この時間はどこの店も混んでいますわ」
それならぜひご馳走になりたいと兄上も言ってくれたので、三人でご飯となりご機嫌な俺。
「あぁ、リシアン。あなたの分から少し減らすわよ?」
「えっ、何で?」
そんな……当然のように聞かれても
「また串焼きを食べてきたんでしょう?」
からかうように頬を指差してから、ミレア姉さんは台所へ姿を消した。
……次はタレじゃなくて、塩味にしとこう。
ミレア姉さんの料理を満喫した後で、さっきから気になっていたことを聞く。
「ねぇ、書架の姫君って何?」
「ちょっとリシアン!」
「あぁ、それはねぇミレアさんの学生時代のあだ名だよ。私たちの学年は書架の姫君で、一つ下が紙上の姫、ミレアさんたちの学年が図書館の君だったかな?」
穏やかに兄上が説明してくれる。
「すげぇ、学年が上がるにつれて豪華になっていくんですね」
ミレア姉さんは「そんな昔のこと恥ずかしい……」って言うけど、今も綺麗だしすげぇ似合うなと思う。
二人とも貴族学院内では有名で、お互いに流れてくる情報も多かったのだという。
その頃の話を色々としていたけれど俺は行ったことないし、いまいちピンとこないところも多かった。貴族学院の雰囲気とか分かんねぇけど、何か大変そうだし行かなくてよかったなと思った。
話が弾んで、また開店しないといけない時間も近付く。
「リシアン……。ごめんね、今日は何か用事があったんでしょう?」
俺はちらりとテーブルの片隅に置かれた菓子店の紙袋を見て
「いや、俺の急ぎじゃないからまた今度で大丈夫!」
と答えた。ちょっと兄上がいる前では、この店に頼みたい笛飴の相談は出来ない。
店を出て、兄上が休ませていた愛馬のオルセリオを迎えに行くのに同行する。
オルセリオにも久々に会えるのを知ってか、ゴルディもうれしそうだ。
「ところで兄上、泊まるところはお決まりですか?送っていきますよ」
一人にしたらまたスリに狙われたりしそうで怖いし。
「決まっているけれどリシアンの薬店も見てみたいからね、このまま一緒に行こう」
と言ってくれて、まだ兄上と一緒にいれるんだと思うとうれしい。
兄上は俺の薬店で、色々と興味深そうに店内を見て回っていた。師匠の置いていった研究資料を見つけて、それを読み進め始めてからはそっとしておいた。
集中している兄上は俺が声を掛けてもぼんやりとした返事しかなく……読み終わるまでやっぱ無理かなと思っているうちに夜になった。
薬店も閉店したんだけど、まだ。
「……兄上、宿を取っているんならそろそろ行かなくていいんですか?」
「んー……もうちょっと読みたいから、リシアンのとこに泊めてほしいかも。……お願い出来ますか?」
不意にそんな事を言い始めるから慌てる。外ではゴルディが珍しくこんな時間に 嘶(いなな) き始めるし。
俺が慌てているのを察したのか……さすが相棒、空気が読める。
「兄上、それならそうと早く言ってください!」
俺もバタバタ精霊たちに指示をして客間を整える。来るって分かってたら、泊まるって分かってたら俺だってもうちょっとちゃんと準備したよ?!
夕飯はこの間作ったばかりの山鳥の燻製をハーブ塩に漬け込んで焼いたのとかを出した。
兄上はどれもおいしいって食べてくれたけれど、パンだけはバリバリに固くて。俺、パン作り苦手なんだよなぁ。
今度ミレア姉さんに習いに行こ。兄上にこんなものを食べさせてはいけない。
兄上はこの固いパンも音一つ立てずに食べるから……貴族のマナー、マジ半端ねぇ。
風乃は兄上の精霊とも面識があるみたいで、二体で仲良く話している。俺は洗い物をして、その時は完全に油断していた。
「リシアン」
そう呼んだ兄上の声に反応して、つい右側を振り向いた。うん、誰もいなかった。
そろそろと左に振り返ると、兄上がにっこりと笑っているけれど……
「リシアン、それが終わったらここに座ってお兄ちゃんと話をしようね」
目が、笑ってなかった。
「さて、リシアン。お兄ちゃんに何か言わないといけないことがあるんじゃないかな?」
兄上、圧がすごいです。
「……すみません。先程は言えなかったんですが、兄上の手土産の菓子折り。ミレア姉さんの薬草菓子が評判になったからレシピを提供して出来た店のなんです」
「えっ?!……そうか。でも、それだけじゃないよね?お兄ちゃん、何かあったらすぐに言うようにって言ったよね?」
ちょっと動揺はしていたけど、誤魔化しきれなかった。トントンと左耳を明らかに指差していますね、兄上。
「……新年祭の頃から左耳が聞こえなくなってて。でも、精霊言語だけは聞こえてて!」
「お兄ちゃんは今、精霊言語のことは聞いていないよ?」
「はい……」
平坦な声。ヤバい、兄上めっちゃ怒ってる。
「早く言ってくれたらよかったのに……」
下を向く兄上の表情は見えない。
「いや、信頼していないから言わなかったとかじゃなくて……!俺も、言わなきゃとは思ってたけど、やっぱり何とか治るかなぁとか色々思ってて」
……兄上に会うまでには治っていたかった。
今まで通りでいたかったから。兄上はやさしい。
俺が何も頼まなくても、気が付かないとこできっと色々と気遣わせてしまう。
それに、王都の兄上の患者さんにはもっと大変な病気の人もいるはずで。俺はただ片側が聞こえないだけで……全く聞こえないわけでもない。元気だし、仕事もしてるし、何とかなっているから。
他の人ならいい。でも、兄上に「リシアンはそれでも普通の生活を送れているんだろう?」なんて言われたらと想像するだけで無理だった。
意地のように、今まで同じように振る舞って、このくらいならちょっと工夫すれば大丈夫だって……言い聞かせていたのが折れる気がした。
兄上は絶対にそんな事は言わない。そう思いたいのにどうしても最悪の想像がチラついては、動けなくなった。
「ごめんなさい……」
隠し通せばよかった。でも、気が付いてほしかったという気持ちとで……もうごちゃごちゃで顔が上げられない。
「怒っているんじゃないよ、リシアン」
兄上はまたポンポンと頭を撫でてくれる。
「リシアンが強い子なのは知っているよ。今日だって全然そんな素振りもなかったんだから。ここまできっと、色々と苦労もしたんだろう?だから……心配くらいはさせてほしいな。僕たち、家族じゃないか」
手をぎゅうっと握りしめて、溢れそうなのを堪える。
「ほらリシアン、顔を上げて?もう隠していることはないでしょう?」
隠す……というか次の手紙に書こうと思ってまだ報告していない事はいくつかある。
「別に隠してたわけじゃないんですけど……高位の精霊から耳飾りに精霊言語の翻訳と発話機能を付与してもらいました!それと友達のめっちゃかわいいお蚕さんがいるんですけど、 幻蚕(ファントムモリス) って魔獣だったみたいです。だいぶ前に俺がうっかりテイムしたことになってて……もしかしたら俺の従魔かもしんないです。あとは風属性の精霊と契約をして……風乃、おいでー!」
「待って待って待って?!リシアン、ちょーっと一つずつ順番に聞かせてくれるかな?」
こうして、兄上へのご報告は深夜まで続いた。