作品タイトル不明
06 ロナの家
要塞都市ベロニアへの侵入に成功した俺たちは、案内人であるアラクネ族の少女ロナに後について、まずは彼女の家へと向かった。
ロナが入っていったのは、通りから路地を入ったところにある宿屋だった。
その宿屋の一階は食堂になっていたが、客は誰もいなかった。それどころか従業員もおらず、完全に休業中という感じである。
ロナは食堂の脇にある、従業員用の扉を開いて中に入っていった。
「お母さん、ただいま!」
「ああ、ロナ、どこへ行っていたの……!? 目が覚めたらいなくなっていて、とても心配したのよ」
部屋の奥からは、大人の女性の声が聞こえてくる。
ゲーム通りのそのセリフは、間違いなくロナの母親のものだろう。
「ジルルの花を取りに行っていたの。ほら、ペララの花も一緒だよ」
「まさか町の外に行ったの? なんて危険なことを……」
「だってお母さんの病気を治したかったんだもん。それから、森でわたしを助けてくれた人たちを連れてきたの。病気を治せる魔法も使えるんだって」
「それは大変なことだけれど……。とにかく助けてもらったのならお礼を言わないとならないわ」
「あ、だめだよベッドから出ちゃ。呼んでくるから待ってて」
その言葉の後に、ロナが入口から顔を出した。
「マリアンロッテお姉ちゃん、それとマークスチュアートさん、お母さんのところに来てもらっていい?」
「ええ、大丈夫よ」
「うむ。挨拶をさせていただこう」
部屋はワンルームで、リビングや寝室を兼ねているようだ。そしてそこに住むロナ母娘はこの宿の主人の家族なのである。なおゲーム設定通りなら、その主人はつい先日病で亡くなっているはずだ。
ロナの母親も当然アラクネ族で、ベッドではなく、前世にあった『人をダメにするクッション』みたいなものの上で横になっていた。下半身が蜘蛛なので、そういう寝具を使うのだろう。
見た目はまだ若く、人間で言えば20代に見える。ゲームでも人間に近い姿の魔族女性は 一般人(モブ) でも美形に描かれていたが、彼女もまた美人であった。
俺とマリアンロッテの顔を見てロナの母親は驚いた顔をしたが、すぐに頭を下げた。
「ロナの母のミラです。娘を助けていただいたようで、ありがとうございました」
「マークスチュアートだ。貴女の息女を助けのは私の臣下のマリアンロッテになる。マリアンロッテも挨拶を」
「はい陛下。ミラさん、私はマリアンロッテと申します。ロナさんがアンデッドに襲われているところをお助けいたしました」
「アンデッド……ロナ、本当なの?」
「うん。大きな骨の怪物だったよ。お姉ちゃんには怪我も治してもらったの」
「なんてこと……。ああ済みませんマリアンロッテさん。娘を助けていただき本当にありがとうございました。どうお礼をしたらよいか……」
娘の身の上に起きたことの重大さがわかったのか、ミラは身体をぐっと起こして深く頭を下げた。しかしそこでめまいを起こしたらしく、「あ……」と言ってクッションに倒れ込んだ。
「ミラさん、大丈夫ですか? ご病気とうかがっていますが、私の魔法が効くかもしれません。かけさせていただきますね」
マリアンロッテが近づいていって、回復魔法をかける。身体が白い光に包まれると、ミラは「ああ……胸が……楽に……」と口にした。しばらくして身体を起こすと、その顔色はだいぶ良くなっているように見えた。
「いかがですか?」
「はい……。今まで胸が苦しくめまいも酷かったのですが、随分と楽になりました。こんなに強い回復の魔法が使えるなんて……ああいえ、ありがとうございます」
「ですが、完全に治ったわけではないと思います。ロナさんが取って来たお花の薬を飲んで、しばらくは安静にしていてください」
「わかりました」
「お母さん、すぐにお花が入ったお茶をいれるからね!」
「ええ、ロナもありがとう」
ミラは微笑んで、ロナの頭を優しく撫でた。ちょっとした心温まるシーンである。
マリアンロッテも優しそうな目で母娘を見守っているが、これが後のとあるシーンの前振りだと知っている俺は、 創造主(クリエイター) の意地の悪さを呪いたくなる。
その後、ミラにメンバー全員を紹介すると、彼女は俺たちが大人数であることに驚き、そして今まで気になっていたであろうことを聞いてきた。
「その、マークスチュアートさんたちは人族……でいらっしゃいますよね?」
「うむ、その通りだ」
「その、なぜ人族の皆さんがベロニアにいらっしゃったのでしょうか。魔宰相様が人族と戦争をしていると聞いているのですが……」
「その通りだが、魔宰相殿が派遣した軍は大敗を喫して逃げ帰ったのだ。それは聞いていないのかな」
「は、はい、それは初めて聞きました」
「そうであったか。我々が魔族領に来たのは魔王殿と講和を結ぶため。そのために魔都ザハーンを目指しているのだが、ザハーンへ至るにはこのベロニアの町を通らねばならぬ。それゆえロナ殿に案内を願ったのだ」
「そ、そうでしたか……」
とミラはうなずいたが、たぶん十分には理解できていないだろう。
ミラやロナたち一般の魔族は人族との戦いのことはあまり知らされてないし、彼女ら自身は人族にそれほど関心がない。当たり前の話だが、一般市民は日常生活を普通に過ごせればそれで十分なのである。南下して人族の土地を奪いたいなんて野心は、魔宰相とその一派の上位魔族が持っているだけなのだ。
「ともかく、もし今日お泊りの宿がないようでしたら、よろしければこの宿にお泊りください。なにもありませんが寝床だけは用意できますので」
「うむ、それだけでも十分助かる。我々は明日の朝早くにはこの町を治めるネクライガ殿のところへ向かう。それまではよろしく頼む」
ということで、ゲーム通りベロニアでの宿は確保できた。
ゲームではこの宿を拠点にしてベロニアの町を探検することになり、フラグが経つまでは何泊しても時間が進まない設定になっていたが、リアルではそうはいかない。
さっさと四至将ネクライガを倒して先に進みたいところだが、さて、どこまで上手く事が運ぶか。
『ソウルバーストボム』の件もあるし、なにかひと悶着ありそうな気がしてならないが……。
そういえばベロニアの町は、ゲームではフィールド探索が楽しいマップだった記憶がある。まだ夕方前でもあるし、情報収集を兼ねて散策するものいいだろうか。