作品タイトル不明
05 要塞都市ベロニア侵入
アラクネ族の少女ロナの後について森を歩いていくこと10分ほど、目の前に幅10メートルほどの川が現れた。
ロナはその川の河原を左方向、上流に向かって進んでいく。
まだ川は森の間を流れているが、先を見ると、要塞都市ベロニアの城壁が見えている。どうやらこの川はベロニアのほうから流れてきているようだ。
しばらく歩いていくとその川は、川幅が狭まっていき、最後には登り斜面に開いた穴の中に入り込んでいった。
その穴は周囲を石垣で囲まれていて、人工的に掘られた穴のようであった。しかも穴に入っていく川の左右には細い道らしきものが作られていて、川というより用水路の趣があった。
「ロナよ、これはなんなのだ?」
俺はゲーム知識で知っているが、皆が不思議そうな顔をしているので聞いてみる。
「この川はね、ベロニアの町の中を通っている川なの。上の方だと水をすくい上げて使ってて、下の方は汚い水をこの川に流してるんだって」
「なるほど、上水と下水を兼ねているわけか」
確かに横を流れる川の水は濁っていて、ほんのり下水の臭いが漂ってくる。実は先ほどから、鼻の利くクーラリアは顔をしかめっぱなしになっている。
そこでなにかに気付いたように、エルフのアルファラがロナに声をかけた。
「ロナよ、もしやこの穴に入っていくわけではあるまいな?」
「そうだよ、この穴に入っていくんだよ。ここ以外は兵隊さんが見張ってて、町の中には入れないもん」
「なんと……。マークスチュアートよ、どうするのだ? 本当にこのような不浄の場所に入っていくのか?」
「他に手がないゆえ仕方なかろう。ロナよ、そこまで長い距離ではないのだろう?」
「うん。歩いて四半刻はかからないよ」
四半刻は約30分だ。クーラリアは「げ!?」とか言っていたが、まあこれもゲーム通りなので諦めてもらうしかない。
「臭いが気になるものは口と鼻に布を巻くとよい。身体についた臭いはマリアンロッテ嬢の浄化魔法でなんとでもなろう。ではロナよ、案内してくれ」
「うん、こっちだよ」
ロナはマリアンロッテと手をつなぐのをやめ、一人で用水路……下水道脇の管理用通路を歩いて穴に入っていった。
女子は全員口周りに布を巻いたが、さすがにそれ以上文句を言うものはいなかった。ヴァミリオラもかなり嫌そうな顔をしていたが、まあ少なくとも王や公爵が入っていく場所でないのは確かである。
さて下水道だが、所々通気口のようなところから光が漏れていて、完全な暗闇ではなかった。ゲームではなぜか松明が焚かれていて照明になっていたのだが、さすがにリアルではそうはなっていなかった。
ロナは夜目が利くらしく、また歩き慣れているらしく、迷いなく先に進んでいく。
俺たちはその後を、一列になってついていく。
皆は緊張しているのか、それとも余計な呼吸をしなくないからか全員が無言である。まあ街中に出るまでは辛抱してもらうしかない。
下水道は、左右にいくつも支流があった。通路には小さな橋も架かっていて、その支流を越えて歩いていけるようになっている。
20分ほどまっすぐ歩いた後、ロナは何本目かの支流の通路に入っていった。支流を流れる水は完全な汚水で、臭いが非常にキツい。後ろでうめき声が聞こえるが、多分クーラリアのものだろう。
「あと少しだよ。あ、ここだ」
ロナが指さす先には梯子があった。上を見ると、どうやらマンホールへつながっているようだ。
下半身が蜘蛛であるが、ロナは器用に梯子を上っていき、「よいしょ」と言ってマンホールの蓋を開いた。
「ここは人がいない場所だから大丈夫だよ」
と言って、ロナはそのまま梯子を上り切って外へ出ていった。
「ご主人様、急いでくれよです」
とクーラリアが急かすので、俺が先頭、次にクーラリアという順で梯子を上っていく。
外にはロナ以外の気配はない。俺は地上に出て、それから周囲を見回した。
そこはどこかの裏路地のようだった。背の高い、倉庫のような建物が周囲に並んでいて、確かに人の気配はほとんどない。狭い路地なので、昼間なのに陽の光もあまり届かず薄暗い。こっそりと町に侵入するには最適な場所である。
メンバー全員がマンホールから出てきて、深呼吸を始めている。マリアンロッテが『浄化』の魔法をかけると、周囲は清浄な空気で満たされて、衣服に残る臭いは完全に消えたようだ。
「ふい~、マリアンロッテお嬢のおかげで助かったぜです」
「うむ、かなり厳しい戦いだったな。これならモンスターと戦っていたほうが遥かに良い」
「本当にそうだぜ」
クーラリアとアルファラがそんな会話をしているが、他のメンバーも露骨にホッとした顔をしていた。
ロナはまたマリアンロッテと手をつないでいた。
「さて、ロナよ。まずは家に案内してもらおう」
「うん、こっちだよ」
とロナが行こうとするのを、ヴァミリオラが止めた。
「ちょっと待ってちょうだい。ねえ国王陛下、私たちがこの町の中を堂々と歩いていて平気なの? 魔族の兵士に見つかったら大事になると思うのだけど」
「魔族は基本的に雑多な種族の集まりゆえ、我らを見てもすぐには人族と断定しなかろう。かえって堂々としていた方が目立たぬものだ」
「そのようなものかしら」
「それに、今ここにいる時点で、すでにこの町への『転移魔法』での出入りは自由になっている。何も問題はない」
「あらそう。なら大丈夫かしら」
「魔族の兵士ごとき我らの相手ではない。ミリーの心配もわかるが、ここは余裕の態度を示そう」
将軍リンもそう付け足してくれたので、ヴァミリオラも納得したようだ。
まあゲームでも、主人公一行は普通に町を歩き回って情報収集とかしていたからなあ。リアルでそのまま通用するとは言わないが、堂々としていた方がかえって怪しまれないのはその通りである。
話がまとまったので、ロナを促して家まで案内をしてもらう。
ロナが裏路地を何度か曲がりながら歩いていくと、町の通りに出た。石畳の道の左右には石造りの建物が並ぶ、人族の町とそう変わらない街並みがそこにある。
行き交う魔族はあまり多くなく、その種族はいろいろだ。先に出会ったケット・シーやコボルド族、角や羽根が生えたデーモン族、巨躯の鬼のオーガ族や、下半身が蛇のラミア族、そのまま狼男のワーウルフ族など、ゲームでも見た種族が歩いている。
当然彼らは一般市民であるので、武器を携行している者はほとんどおらず、雰囲気も穏やかだ。立ち話している者もいれば、店でやりとりをしている者もいて、生活の様子も人族となんら変わりはない。
ただ、魔族たちの間にわずかばかり閉塞感や緊張感が感じられるのは、ロナが言った通り、このベロニアの町が封鎖されているからだろう。確かに一般市民にとってみれば、なにが起きているのかと心配になるところである。
「こっちこっち」
ロナはその通りから再び路地へと入った。その奥には狭い通りがあり、その通りにある3階建ての宿屋にロナは入っていった。