作品タイトル不明
09 千剣山脈
翌日、川を渡って森を少し歩くと、急に目の前が開けた。
その先に広がるのは、幾重にも重なる険しい山々だ。しかもすべてが木一本生えていない岩山で、いずれも高低差が1000m以上あり、斜面は非常に急で、いかに高レベル者であってもそのまま登れるようなものではない。
しかしよく見ると今いる場所から正面の山の中腹を巻くように緩やかに登っていく、馬車でも通れるくらいの道が見える。その道は奥の山にも続いているようで、そこを歩いて奥地を目指すことになりそうだ。
と、さも初見のように言ったが、これもまたゲームそのままの、魔族領へ向かう後半フィールド『千剣山脈』である。
「このような険しい場所を通らねば魔族領へは行けないのですね、お父様」
「うむ。本来は簡単に行き来できる場所ではないのだ。しかもあそこを見よ」
俺が指さした先には、岩山に張り付くように建造された城壁と館がある。もちろん山々を通る道は、そこへ至るように伸びている。
「あれはもしかして魔族の砦でしょうか?」
「そうだ。魔族領へ入るには、まずあの砦を抜ける必要がある。もちろん先の戦で負けた以上、かなり厳重に守りを固めているだろう」
「わかりました。しかしどのような敵が待ち受けていようともすべて退けるまで、ですねお父様」
「そう言いたいところなのだが、我々はこれから魔族を滅ぼしに行くのではなく、講和を結びに行くのだ。ゆえに、あの砦にいる者たちも話が通じるかどうかは確かめる必要がある。魔族全てが敵ではないということは注意せねばならぬ」
「かしこまりました。魔族といえど、お父様の力を前にすれば一も二もなくひれ伏すことでしょうから、問題はありません」
「ならよいのだがな」
原作ゲーム通りだと、あの砦には四至将ネクライガ配下の将ネファリスが中ボスとしているはずだ。ネファリス自身はネクライガと魔宰相ロゼディクスに強い忠誠を誓っているキャラなので、話が通じる可能性はほとんどない。
ただ配下には普通の魔族も少なくなかったはずなので、そちらの命までを奪ってしまうのは後々よろしくない。魔族といっても全員が好きでネクライガや魔宰相ロゼディクスに従っているわけでもないのである。
「ともかく、今日一日歩いただけではあの砦にはたどり着かなかろう。まずはこの『千剣山脈』を歩いてみるとしよう」
「はいお父様」
俺は皆の様子を確認してから、山脈に向けて歩き出した。
森から出たばかりの道はまだ周囲に木や草が生えていたのだが、進むにつれて少なくなっていき、しまいには土と岩だけの景色になっていく。
道の斜度が次第にきつくなっていき、険しい岩山がいよいよ眼前に迫ってくる。ゲームで見たことがあるフィールドとはいえ、本物のそれは自然の雄大さを感じさせる見事な景観である。
問題は、そろそろ現れるモンスターだな……と思っていると、周囲に転がっていたバランスボールくらいの大きさの岩がいきなり動き出した。見れば岩の下から六本の甲殻類の足が生えていて、やはり岩の下に赤く光る一対の目と、一対の牙が見える。『キラーズロック』という防御力の高い面倒なザコモンスターだ。
俺たちを囲むように現れたキラーズロックは全部で12匹。しかしこのモンスターの存在は知っていたが、まさかこんな出現の仕方をするとは思わなかった。
「岩の部分はほとんど攻撃が通らぬ。あの目の間を狙え」
ゲームでは力ずくで叩き潰していたが、リアルだとそれは効率が悪いだろう。
俺がそれっぽい指示を出すと、フォルシーナたちはそれぞれ各自の判断で攻撃を始めた。
もちろん周囲を囲まれているので俺も戦う……と思ったのだが出番はまったくなかった。フォルシーナやヴァミリオラの魔導師組は正確な『アイスジャベリン』『フレイムジャベリン』でキラーズロックを撃ち抜いているし、アルファラも『スパイラルアロー』で一撃である。アミュエリザ、クーラリア、ミアール、将軍リンの前衛組はまったく危なげなく立ち回っているし、なにより新たな武器を得た聖女オルティアナが気合が入っていて、棘付きの籠手で正拳突きを叩き込んで回っていた。
程なくしてキラーズロックは全滅した。主人公クラスの実力者が10人揃ったパーティならそんなものだろう。
「陛下、この籠手はとても強力なもののようです! 今まで武器を使ってこなかったのですが、使うと戦いやすさがまるで違うのですね! 自分自身の動きも全然違う気がします」
オルティアナが興奮したように駆け寄ってくるが、そういえばゲームでもオルティアナは素手で戦っていたんだよな。だから今まで素手でも変だと思わなかったのだが、よく考えたら装備は考えるべきだった。
「うむ。強力な武具はそれ自体強い力を持つが、持ち主にも多くの力を与えるからな。その籠手を使えば聖女はさらに強くなろう」
「はい。『鉄拳聖女』の名に恥じないようにしたいと思います!」
その二つ名は微妙な気もするのだが、本人が喜んでいるのなら言うことはない。
俺はなにか物欲しそうにしているフォルシーナたちもしっかり褒めておき、更に先に進むことにする。
それから何回かキラーズロックの群れと戦って、道はいよいよ岩山を上るルートへと入った。岩山の斜面を削って作り出したような道で、幅は5mくらい、道の右は岩壁、左は崖のようになっている。左の崖はまだ高低差が少ないが、この先上っていけば当然その高さは上がっていく。もちろん高さによっては、高レベル者でも落ちたらただでは済まなくなる。
なおこの道、魔族が作り出した道なのだろうが、道の総延長は数十キロになるはずだ。なにしろ魔族の砦はまだはるか先にあり、一番近い魔族の町まではそこから更に倍くらいの距離があるからだ。
「ここから先は鳥型のモンスターが多く出てくる。ただ、一番気を付けるべきはこの道から転落することだ。戦いでは常に壁側に寄って戦うように」
「はい、お父様。相手が飛行型なら魔法が重要ですね」
「そうなる。ミアールやクーラリアも遠距離用のスキルを使え。リン将軍とアミュエリザ殿は後衛の守りを行い、前に出過ぎないようにせよ」
ゲームでは転落なんてイベントは戦闘では起きなかったが、さすがにリアルではそうはいかない。
しばらくは何事もなく歩いて行くが、しかし岩以外何もないフィールドである。岩山には草一本生えておらず、周囲を見回しても岩の壁と岩山しかない。
と、頭上から「ヒュウ」という音が響いてきた。見上げると、十数羽の鳥型モンスターがこちらへ急降下してくるところだった。
姿は鷲に近いが、大きさは翼開長で5メートルくらいありそうだ。嘴と爪が異様に鋭く長く、明らかに野生動物とは異なる殺意の高さを感じさせる。『デッドリーダイバー』というザコである。
「各自攻撃。『スプレッドアイスアロー』」
「『スプレッドアイスアロー』」
「『スプレッドフレイムアロー』」
俺は指示を出しつつ、フォルシーナ、ヴァミリオラと共に無数の魔法の矢を飛ばして、デッドリーダイバーの急降下の勢いを殺した。
動きが鈍ったところをアルファラの矢、クーラリアの飛ぶ斬撃とミアールの飛ぶ刺突攻撃が次々と炸裂し、デッドリーダイバーを一羽また一羽と落としていく。
辛うじて数羽のデッドリーダイバーが俺たちの元へと飛び込んできたが、すべてアミュエリザとリンの槍の餌食になった。
そんなわけで戦闘はほぼ一瞬で決着したが、代わりに、
「おっともったいねえ……ってうわっ!」
クーラリアが崖の下に落ちていく魔石を拾おうとして、崖から落ちそうになるハプニングが発生した。
というか俺が後ろから抱きとめてなかったら本当に落ちるところだった。本当に『 神速(チート) 』様様である。
「あっ、ご主人様、済まねえ……っ」
と言いながら、クーラリアは俺の腕の中で身体を強張らせた。自分が落ちそうになったとようやく理解したのだろう。耳と尻尾を激しく動かしているのは緊張のためか。
俺が背中を軽く数回叩いてやるとどうやら落ち着いてきたようで、クーラリアは「あふぅ……」と息を漏らして身体の力を抜いた。というか今度は力が抜けすぎな気がする。もしかしたら恐怖で腰が抜けたのだろうか。
俺がさらにクーラリアの身体を支えてやっていると、後ろから急に冷気と熱気が吹きつけてきた。
「お父様、いつまで抱きしめていらっしゃるのですか?」
「助けたのはわかるけれど、どさくさに紛れて少女の身体をまさぐるのは許せない行いね」
振り返ると、フォルシーナとヴァミリオラがそれぞれ目から冷凍光線と熱光線を放っていた。
ただ助けただけなのになぜ? という疑問は絶対に通じそうになかったので、俺は慌てて、力が抜けたクーラリアをミアールとアルファラに任せた。
しかしその際クーラリアが、「ご主人様、もっと……」とか言ってくるので冷気と熱気がさらに増す。
「待て。今のクーラリアの状態を見ればわかると思うが、恐怖で力が入らぬ状態だったのだ。私は支えていただけで、それ以上のことはしておらぬ」
「そうでしょうか? 背中を撫でていたように見えましたが」
「あれはクーラリアを落ち着かせるために叩いてやっただけだ」
「そうかしら? 彼女のあの状態を見るとそれだけには思えないのだけれど?」
「あれは落ちそうになったことを後から認識して、急に力が抜けただけだろう。人間そういうことがあるものだ」
必死に言い訳をしながらクーラリアの方を見ると、クーラリアは妙に頬を赤くしながらも、
「確かにご主人様はアタシを助けてくれただけだぜ……です。力が抜けたのも、ホッとしたら急にそうなっただけなんだです」
と言ってくれた。
それでひとまず冷気と熱気は収まったのだが、その後歩き始めても、2人からはしばらく疑いの目を向けられたままだった。
ちなみにその後、アルファラとクーラリアが、「うまくやったな。狙ったのか?」「そんなわけないだろ。でももう一回助けてもらってもいいかもな」などとコソコソ話をしていて、それを聞いていたのか、マリアンロッテが「私も落ちそうになれば陛下に抱きしめてもらえる……?」などと小声で言っていた。オルティアナが先輩聖女らしく、「マリアンロッテ、そんなはしたないことを考えてはだめよ……!」とたしなめてくれていたのはよかったが、直後に「でも、私も……」などと怪しいことを口走っていたので腹黒国王の胃が休まることはなかった。
しかし、女子には助けられるというイベントに憧れがあるのかもしれないが、相手は選んだ方がいいと思うんだよな。リアル白馬の王子様も存在する世界なのだし。