作品タイトル不明
02 パリヨー将軍
平原にてベランゴル民主国軍と対峙する南方戦線。
敵方の強者であるパリヨー将軍が不可解な動きをしているとのことで、俺は単独そちらに対処することにした。
ローテローザ軍の間を、ツクヨミと2人馬に乗って、西側に広がる森の方へ向かっていく。
さて、この戦場だが、基本はなだらかな平野である。東には川が南北に流れ、西には森が広がり、南には国境となる山脈が連なっている。
パリヨー将軍は西の森の中を奇襲のために少数の兵を率いて移動しているようだが、そもそも西の森はドルトン・ローテローザ軍の隊列から500メートルは離れていて、奇襲するにも森から飛び出してこなければならない。
パリヨー将軍は強力な魔導師ということなので、森から少し出たところでもこちらに手痛い一撃くらいは与えられるだろう。が、その後反撃されれば終わりである。どう考えても不可解な動きであり、イレギュラーの可能性も考えれば、俺が直接出向いて対応するのが一番だろう。
俺は隊列を離れたところで、馬を森へと走らせた。
と同時に、背後から太鼓の音が響いてきた。戦闘開始の合図である。
振り返ると、ベランゴル軍側から太い矢が飛来してきて、ゴーレムに何本も命中していた。『戦車』の 大型弩弓(バリスタ) による射撃だろう。とすると『戦車』はゴーレム対策の兵器という意味合いもあったのかもしれない。さすがにそのあたり、ベランゴル軍も抜け目はないということか。
だが残念ながら、表面を岩で覆っているゴーレムにはほとんど効果がなかった。逆にゴーレムが投擲した大きな石がベランゴル軍側に着弾し、派手な破砕音が響いてくる。『戦車』に着弾したのだろう。ゴーレムの狙いの正確さは恐ろしいほどである。
続いて矢と魔法の応酬が始まったが、ヴァミリオラがいる分圧倒的にこちらが有利である。ベランゴル軍はここにパリヨー将軍が加わっているべきはずなのだが、彼はまだ森の中を移動中のようだ。
戦の音を背にしつつ馬を走らせること少々、森の入り口に辿り着く。ツクヨミとともに馬を下り、徒歩で森の中に入っていく。
パリヨー将軍率いる別働隊は300人いるそうだが、広い森の中だと遭遇する確率はそう高くない。なのでツクヨミに大体の方向を指示させて森の中を進んでいく。
10分ほどで、前方から大勢の足音が聞こえてきた。
俺はツクヨミを抱え、『転移魔法』で木の上に短距離転移した。太い枝の上で姿を隠しつつ、パリヨー将軍率いる別動隊が来るのを待つ。
別動隊の兵士たちはすぐに姿を現した。警戒しながら森の中を進んでくる兵士たちが、眼下を通り過ぎていく。
その兵士たちの中に一人、灰色の魔導師服を着た男がいた。眠そうな顔をした一見平凡そうな魔導師だが、内包する魔力はヴァミリオラにも劣らない。
なるほどあれがパリヨー将軍か。陰険裏切り顔の俺が言うのものなんだが、食わせ物という雰囲気の男である。
俺は木の上にツクヨミを残し、『転移魔法』を発動。パリヨー将軍の真後ろに短距離転移する。
いきなり現れた俺に気づき、周囲を歩いていた兵士たちに動揺が走る。
さすがと言うべきか、パリヨー将軍は兵士たちより早く反応した。飛びのくと同時に振り向いて、瞬時に風属性魔法『ウインドパイル』を放ってくる。
しかし俺に魔法攻撃は無意味だ。
「『ディスペルオール』。『アイスフォートレス』」
俺は無効化魔法で風の杭を打ち消しながら、俺とパリヨー将軍を囲むように氷の壁を展開した。これで周囲の兵士は一切手出しができなくなる。
「なっ!? 貴方は……まさかブラウモント王!?」
パリヨー将軍は驚愕に目を見開いた。それでも杖を構えて素早く魔力を練り、矢継ぎ早に魔法を放ってくる。
もっとも黒い波動の前には、真空の刃も炎の槍も消えるだけである。
十数発の魔法がすべて無効化されるとさすがに無駄と悟ったのか、パリヨー将軍は魔法の行使をやめ、険しい顔でこちらの様子をうかがい始めた。
「初にお目にかかる、パリヨー将軍。どうやら貴殿がよからぬことを企んでいるようなので、先にお邪魔をさせてもらった」
「そんな馬鹿なことが……なぜここまで正確にこちらの行動を読めるのですか。しかも今、こちらの魔法を無効化したように見えましたが……?」
「ふっ、こちらは貴殿らが知りえぬ 業(わざ) をいくつか備えていてな。さて、いったいどのような策を行おうとしていたのかお教え願おうか。私にはこの少数での奇襲など愚策に思えるのだがね」
その質問には答えずに、パリヨー将軍はさらに魔法を放ってきた。最上級風属性魔法『サイクロンディザスター』は、俺がエルゴジーラに対して使った魔法と同じである。
「『ディスペルオール』」
だが残念ながら、俺を引き裂くはずの竜巻は黒い波動を受けて雲散霧消した。
パリヨー将軍が再度目を見開いたのは言うまでもない。
「やはり無効化魔法! 『ディスペルオール』、名前だけは聞いたことがあります。おとぎ話だと思っていましたが、まさかブラウモント王がその使い手とは驚きました」
「パリヨー将軍は博識なようだな。してどうする。降るならその首までは取らぬが」
「ありがたいお申し出です。しかしそのご恩情は、できれば兵たちに向けていただきたいのですが」
なおも杖を構えていたパリヨー将軍だが、彼我の力の差を悟ったか、杖を下ろしてその場に座り込んだ。抵抗する気なしのポーズだろう。
「そちらが大人しく退くなら追わぬぞ。後でそちらの首相とやらには文句を言わせてもらうがな」
「それが本当なら大変ありがたいですね。こちらの軍でやる気があるのはセドレン将軍と一部の将校だけでしてね。自分がここにいるのも奇襲で注意を引いて、軍を安全に退かせるためだったのです」
「ほう? なら互いの利害は一致しているな。セドレン将軍ならすぐにこちらの手に落ちるであろう」
「ですよねえ。そちらにはドルトン将軍と、それからローテローザ公のもとには『 緋(ひ) の 麗槍(れいそう) 』という凄腕がいると聞きましたので」
『緋の麗槍』はヴァミリオラの妹のアミュエリザのことだが、まさかもう他国にまで噂が広がっているのは驚きである。もしくは目の前で溜息をついていてる将軍が、それだけ情報収集能力に優れているということもあるのかもしれない。
「ところで貴殿は今、奇襲で注意を引くつもりと言っていたが、自ら囮になるつもりだったのかな?」
「ええまあ、そのつもりでした。そうしなければ兵たちを故郷に返してやれないので」
「ふむ……」
マークスチュアート的思考だと将自らが犠牲になるのは褒められない行いだが、俺個人としては好感を覚える行動ではある。
「ならば貴殿はこのまま軍に戻り、セドレン将軍が落ちた時点で全軍を速やかに退かせるがよい。我々は余計な戦も好まぬし、そちらの領土にも興味はない」
「は……? いや、それは本気で言っておられるのですか……?」
一番に目を大きくして、信じられないものを見る目で俺を凝視するパリヨー将軍。
まあ敵方の将軍を見逃して逃げろとか、相手国の王自らが言うとは思わないよねそりゃ。
「私は無駄は好まぬ。ただ、そちらの首相とやらは少し困った人間のようだ。そやつが選挙とやらで引きずり下ろされなければ、この私が直接引きずりおろしてやることになるだろう。もちろんその時は、首相を下ろせなかった役立たずの議員どもは全員縛り首になる。そう上手く伝えておくといい」
う~ん、この辺りはマークスチュアート流の脅し文句だな。
どうせ首相のアルバッハとかいう奴は諦めないだろうが、パリヨー将軍が今の話を議員側に噂を流してくれれば、議会は荒れに荒れるだろう。こっちにはそれで十分である。
「わかりましたよ。実はこの軍には議員さんもついて来てましてね。必ず伝えておきましょう」
「それともう一つ。撤退する際に、西に布陣しているミルザム王国軍に早馬を飛ばすようにせよ。ベランゴル軍敗走せり、とな」
「それは承知しましたが、その必要が……ああ、もしやミルザム軍は待ちに入りましたか」
さすが切れ者というだけあって、パリヨー将軍は一瞬で理解したようだ。できればウチに欲しいくらいの人材である。
「どちらにしても必要な連絡ですから送りますよ。それで全部でしょうか?」
「うむ。さて、そろそろセドレン将軍が下されるころだろう。行くがよい」
俺は『アイスフォートレス』を解除すると同時に『転移魔法』で木の上に移動した。
パリヨー将軍からは一瞬で俺の姿が消えたように見えたのだろう。彼は周囲を見回して、それから「まさか伝説の『転移魔法』まで……。ブラウモント王、もはや神の領域にいる人物じゃないか……」などと口にしていた。
将軍は部下が集まってくると素早く撤退の指示を出して、迷うことなく来たルートを引き返していった。
彼らの姿が樹間に消えると、俺とともに枝の上に立っていたツクヨミがこちらを振り返った。
「マスター、今のは敵将と取引をなさったのですか?」
「そういうことになる」
「しかし、あの敵将はマスターの言ったことを実行するでしょうか」
「少なくともセドレン将軍がこちらの手に落ちれば退却はするだろう。今のやり取りで自分たちに勝ち目がないことは彼も身をもって知ったであろうからな。その先の政治的なものはこちらが関知するところではない。ここで軍が退き、そして同盟相手のミルザム王国が負ければ、ベランゴルの政局は勝手に荒れるであろうしな」
「そのような計略なのですね。学習しました」
いや、適当言っただけだから学習しないでいいけどね。
さて、パリヨー将軍の方はあっさりと片付いた。あとはドルトンの方で上手くやってくれれば、この戦は多くの血を流すことなく終わるだろう。
俺は木の上で、再び『転移魔法』を発動した。