作品タイトル不明
12章 → 13章
―― ベランゴル民主国軍 本部天幕
天幕の中に、10人ほどの男たちがいた。
いずれもが軍人と思われる人間たちだが、その中で特に目立つ2人の男がいる。
一人は、半分眠ったような目をした30くらいの男で、灰色の魔導師服をまとっている。
もう一人は赤い髪の 偉丈夫(いじょうふ) で、赤色を基調とした鎧を身につけている。こちらも年齢は30くらいであろうか。
それ以外の者たちは全員が同じデザインの軽装鎧姿であり、先の2人と比べると明確に階級が低い者たちであった。
今、その天幕に、一人の兵士が急いだ様子で入ってきた。彼は敬礼をすると、直立不動の姿勢を取って報告を始めた。
「報告いたします! ここより北2キロの平原に、神聖インテクルース軍の陣を確認いたしました。遠方より偵察をしたところ、敵方の兵力はローテローザ公爵軍1万のほか、その倍以上の兵が確認されました。旗からブラウモント王家の軍と思われます。ゴーレムらしき人型の巨大な影も20体が確認できました」
「なんだとう!?」
唸り声をあげたのは赤髪の偉丈夫だ。その大声に、報告した兵士がビクッと身体を震わせる。
「本当にローテローザ軍以外の連中がいたのか? ただ陣を張って多く見せてるだけではないのか!?」
「実際に多くの兵士の姿も見えました。ドルトン将軍らしき姿も見えたと、『遠視』の兵も言っております」
「そんなおかしな話があるものか。奴らは北の平原で魔族どもと一戦やらかしてるはずだ。万一そちらがすぐに決着したとしても、ここまで3日4日で来られるはずがあるまい! そもそも……」
さらに声を荒げる偉丈夫だが、その言葉を魔導師服の男が止めた。
「まあまあセドレン将軍、ちょっと落ち着こう。偵察の兵が持ってきた情報を怪しんでいたら話がちっとも進まないからね」
「なに? だがパリヨー将軍よ、どう考えてもありえない事態であろう。2万を超える王家軍が突然目の前に現れたなど、そんなことがあると貴殿は言うのか?」
「ありえるかどうかはこの際議論しても仕方ないよ。実際目の前にいるんだから、私たちはそれに対処しなきゃならない。将軍ってのはそういうものだろう?」
「ふん、将としての心構えなど貴殿に説かれるいわれはない。それで、実際相手方の兵力が3倍になったとして、貴殿はどう戦うつもりなのだ?」
「そうだねえ……」
魔導師服の男――パリヨー将軍は、しばらく両手で顔を覆い、そして腕を下ろして話し始めた。
「一番はこのまま退却することかな。そもそも今回の戦の前提となる条件が変わりすぎてしまった。こちらに敵の増援があるということは、それ以上の増援がミルザム王国方面に派遣されている可能性も高い。つまり攻めるに有利という前提は完全に覆っている。それなのにこのまま戦うのは愚かというものだよ」
「くだらん! 貴殿は我らがなぜここにいるのかを理解しているのか? 我々は首相閣下に直接命令されてここにいるのだぞ! 首相閣下が我らに期待するのは、ブラウモントという暴君をひっとらえて連れ帰ることだ。それを忘れたか!?」
「いやいや、もちろん覚えているとも。だけどねえ、そもそもブラウモント王というのは謎が多い人物なんだよ。それに今の神聖インテクルース王国は非常に良く治まっていて、民が非常に明るい顔をしているとも聞いている。それこそ我が国の市民たちよりずっとね」
「貴殿! なにが言いたい!?」
「しかも今回の戦争は、首相閣下が怪しげなダークエルフにそそのかされて始めたんじゃないかって話もある。もちろんミルザム王国からの話もあってのことだとは思うけど」
「パリヨー! 貴様、それ以上口にすれば国家反逆罪に値するぞ!」
「やれやれ、じゃあこれ以上はやめておこうか。だが実際、ブラウモント王の用兵術は私も恐ろしいんだよ。彼がたった一日で王都を落としたのはご存じかい? あのレギン・レギルを魔法で圧倒し、リン・ラシュアルを剣で圧倒したという話は? 彼が『シグルドの聖剣』に認められた聖王という噂はどうかな?」
「くだらぬ! すべて眉唾ものであろう! ともかく目の前の敵を倒す策をさっさと練るのだ。貴殿はそのためにここにいるのであろう!」
「はいはい、まあこの軍の総大将はセドレン将軍だからね、その命令には従うよ。とにかく策は明日の朝までに考えるから、明日はそれに従ってくれたまえよ」
「勝てる策であれば採用する。それから私は先陣を切って敵将の首を取る。音に聞くドルトンなら相手に不足はない。それだけは忘れるなよ」
「わかっているよ。将軍を前に出すこと自体は私も全面的に賛成だからね。さて、じゃあ策を練るためにはもう少し情報が必要だな。少しこの目で直接敵陣を見てこようか」
パリヨー将軍は重そうな腰を上げて、伸びをしながら天幕を出ていった。
セドレン将軍に聞こえない声で「さて、話が本当なら、いかに被害を減らしつつ逃げるかだなあ」とつぶやきながら。
―― ミルザム王国軍 本部天幕
一際立派な天幕の中に、陣中にはそぐわない豪華な椅子が 設(しつら) えられていた。
その椅子に座るのは、ミスリル製の派手な鎧を身にまとった、長い黒髪を整え、黒い髭を切りそろえた初老の男である。
威厳のある容貌は、その男が天幕に集まった人間の中で、圧倒的な上位者であることを示していた。
彼の右には老齢の男が控えており、さらに一目見て将軍とわかる出で立ちの男女が三人、目の前に並んでいる。
彼は足を組み替えつつ、将軍の一人、騎士の鎧を身に着けた壮年の男に鋭い視線を向けた。
「その情報は確かなのだな、ジャマザ将軍」
「はい国王陛下。川の東に陣を構える神聖インテクルース軍は、その数恐らく3万以上。ゲントロノフ公爵軍の他に、明らかにブラウモント王家軍がおりました」
「おかしいではないか。王家軍は全軍に近い5万を魔族との戦いに出していた。王都に残る軍は1万もなかったはず。それがなぜ、急に2万以上の軍をこちらに派遣できるのだ?」
「まったくわかりません。ただ、『千里眼』が使える者によると、王家軍の兵たちの軍装は、あたかも昨日戦ったばかりのように汚れているとのことでした。それを考えると、魔族軍への対応に出した軍をこちらに急ぎ回したように思えます」
「どれだけ急がせようとも、北の平原から間に合わせるのは不可能であろう。まさか我らの動きを先読みしてあらかじめこちらに兵を回していたというのか」
「これは噂なのですが、旧インテクルース王国には、兵を遠方に一瞬で移動させる技術があったそうです。もしその噂が本当であれば、ブラウモント王がその技術を接収している可能性もあります」
「信じられぬ話だが、魔族から魔導技術を盗んだ可能性もあるか。だがもしそのようなものがあったとして、魔族との戦いはどうなったのだ。10万の大軍が相手ならば相応の被害を被っていよう」
「残念ながらそちらの情報はまだ伝わってはきておりません」
「むう。シルメド、南の方はどうなっておるかわかるか?」
国王と呼ばれた男は、右に控える老齢の男に尋ねた。
「いえ国王陛下、南方については、ベランゴル軍が確実に出撃したということ、そして神聖インテクルース王国のローテローザ公爵軍が守りについたと報告されているのみです」
「普通に考えれば、魔族と戦った残存部隊をすべてこちらに回したと考えるべきか。ならばベランゴル軍が北上して王都に迫ればすぐに退くであろう」
「それは間違いないかと」
「それとシルメド、例の件も間違いなく動いているのだな?」
「そちらはこれからご報告しようと思っていたところです。先方から準備が整ったとの連絡が届いております。期日通りに神聖インテクルース王国の王都に『派遣』するとのことでした」
「よい。ならば方針は定まった。我らはこの場に留まり様子を見る。向こうはこちらが功に 逸(はや) って突撃すると考え、陣を築き守りを固めている。しかしその策はすぐに崩れるだろう。なぜなら向こうが守るべき王都は、数日の後には危機を迎えるからだ。そうなれば目の前の敵は浮足立って動きを見せよう。そこを叩けば、我らは労少なくして勝利を得ることができる」
国王の開陳した策に、老齢の男シルメドは「妙手にございます」と賛同し、三人の将軍たちも一旦は「かしこまりました」と賛意を示した。
その中で、やや遅れてジャマザ将軍が手を上げた。
「陛下、発言をお許しください」
「許す。ジャマザ将軍、なにかあるか?」
「一つ懸念がございます。敵の動きが遅れた場合、我らが王都まで進軍するにあたっての食料が足りなくなる恐れがございます。補給隊の増援が必要と愚考いたします」
「うむ、確かに将軍の懸念はもっともだ。だが我らが進撃した先に、ゲントロノフ公爵領の領都があり、それを支える農村があろう」
「そちらの領民から徴発するということでしょうか?」
「長征となれば珍しい手でもあるまい。もちろん卿の助言も取り入れて、補給隊の増援も指示しよう」
「はっ! であれば問題ないかと考えます」
「うむ。メンディエッタ卿、ズビアン卿はなにかあるか?」
「アタシは暴れるだけなんで、陛下のおっしゃる通りやらせてもらいます」
「小官に異論はございません。陛下のお考えのままに」
「うむ。敵が動きを見せた時が攻め時となる。兵たちには常に臨戦態勢でいるよう指示をしておくのだ」
「はっ」
将軍たちが一礼して天幕を去ると、国王は椅子から立ち上がった。
「シルメド、少し休む」
「はっ」
老齢の男シルメドにその場を任せ、国王は椅子の後ろにある出入り口から、奥の天幕へと入っていった。
そこはベッドや椅子、テーブルなどが置かれた豪華な私室となっていた。
国王が入っていくと、一人の黒髪の女が彼を迎えるよう椅子から立ち上がった。一目で身重とわかるその女は、それでも滴るような妖艶さをたたえている。
国王は椅子に座り、その美女が淹れた茶を飲みながら、不敵に笑ってみせた。
「くくっ、ミランドラよ、いよいよそなたの国を取り戻す時が来たぞ」
「それはうれしゅうございます。これで夫と息子の仇を取ることができるのですね」
「うむ、ブラウモントの王位はもはや風前の灯。そなたのお腹の子が王位を継ぐ日もそう遠くはあるまい」
「はい、それもとても嬉しゅうございます。しかしキルリアン様はそれでよろしいのでしょうか?」
「それはどういう意味だ?」
「わたくしのお腹の子が生まれたとして、その子が成人するまでには後見人が必要でございます。無論キルリアン様がおなりになってくれることは存じておりますが、それではインテクルース国内に残る王の血族たちが黙ってはいないでしょう」
「確かに色々と干渉はしてこような。自らが後ろ盾となると言い出すものもいよう」
「ですから、キルリアン様自身が、わたくしとお腹の子にとって代わる者のない存在になることが必要だと思うのです。例えば……」
「もしや、そのお腹の子の義理の父となる、ということか?」
「さすがキルリアン様でございます」
「それはお前が私のものになる、と、そう考えてもよいのだな?」
「過ぎた願いかもしれませんが、次の子は、キルリアン様のお子を宿したいと思っております」
「……くくっ、女の勘とは恐ろしいものだな。私がお前に欲情しているのを見抜いたか」
「そのようなことは……。落ちぶれた女が、手を差し伸べてくださった男性を想うのは当然のことです」
「ここではそういうことにしておくか。そしてお前のその言葉、聞き流すにはあまりに惜しい。前向きに考えねばならんようだな」
「とても嬉しゅうございます、キルリアン様」
王が手を伸ばし、美女の 頤(おとがい) を持ち上げる。
指を濡れた唇の上で滑らせながら、王は満足そうに笑みを浮かべるのであった。