作品タイトル不明
09 西方戦線
神聖インテクルース王国の西にはゲントロノフ公爵領がある。
ミルザム王国との国境はさらにその西にあるのだが、国境には川幅100メートルを超える川が流れており、両国を物理的に隔てている。
しかし街道から突き当たった場所には、両国をつなぐ橋が存在しない。
というのも街道付近の場所は、雨季以外は水深が子どもの膝下ほどしかなく、よほど足腰の弱いものでなければそのまま渡れてしまうからである。
逆に上流域が雨季に入ると水量が一気に増して生半可な橋では流されてしまうため、橋をかけることができない。つまり神聖インテクルース王国とミルザム王国は、雨季には交流がほとんど絶えてしまうという、少し奇妙な関係の上に成り立っているのである。
ただ豊富な水量、そして周囲が平坦地なこともあり、周辺地域は農業に非常に適している土地でもあった。国境から少し離れると神聖インテクルース王国側もミルザム王国側も農耕地が広がっているのが見える。
そして今、その川沿いに神聖インテクルース王国の王家軍とゲントロノフ公の軍、合わせて三万五千が陣を敷いていた。前面にはゴーレム30体が並び、ミルザム王国軍の重装騎兵対策に拒馬槍なども設置されている。川の浅瀬を渡ってくるミルザム王国軍を迎え撃つ構えである。
ミルザム王国軍の主力は 鋼鉄騎士隊(アイアンナイツ) と呼ばれる重装騎兵である。ゆえにその特性から平坦地しか行軍できないため、この街道沿いを進軍してくるしかない。
そして実際、今こうして現地に転移してツクヨミに探知させてもその通りであるらしい。
「して、敵軍内の強力な反応はどの程度だ?」
「ランクB3体、ランクC10体、ランクD36体が確認できます。他に気になる魔力反応はありません」
俺はツクヨミの報告にうなずくと、周囲の様子を眺めながら本部天幕へと向かった。
天幕内では、将軍のリンとその幕僚がテーブルと囲んで話をしていた。
その横には現ゲントロノフ公、銀髪イケメン中年貴族のエドアルトと、その娘のマリアンロッテもいる。さらにゲントロノフ家臣下の女魔導師バヌアルと、剣の達人リープゲン侯爵も側に控えていた。ちなみにリープゲン侯爵は領地持ちなのだが、そちらは弟に任せて自分はゲントロノフ家の将軍に収まっているという変わり種である。
俺の顔を見ると全員が立ち上がり、リンと幕僚は敬礼を、エドアルトとマリアンロッテ、バヌアルとリープゲン侯爵は腰を折って貴族の礼をした。
「皆ご苦労。そしてゲントロノフ公、貴公の速やかな対処に礼を言おう」
「はっ、王国公爵として当然のことをしたまででございます。むしろ陛下の神速の用兵に感謝を申し上げます。我ら1万の兵では到底ミルザム王国軍を抑えることはできなかったでしょう」
エドアルトの態度が異様に丁寧なのは、もともとゲントロノフ家は王位交代の時に取り潰されても仕方のない状況にあったことに起因する。
悪いのは先代ゲントロノフ公なので、俺としてはそこまで 畏(かしこ) まられても困るのだが、まあ向こうがそれで気が済むなら仕方ないだろう。
「うむ、ゲントロノフ家には有能な人材が揃っているが、さすがに兵数の差はいかんともしがたいゆえな」
俺は 鷹揚(おうよう) にうなずいてみせ、勧められた席についてから、皆を席に座らせる。
「してゲントロノフ公、ミルザム王国からなにか接触はあったのだろうか」
「はい。一度密使が参りまして、ミルザム側に先代王妃殿下がいらっしゃるので協力せよと伝えて参りました」
「ミルザム側から見れば、ゲントロノフ家は先代当主を私に処刑された家であるからな。その策は当然であろうな」
「当家の足元を見られた気がして不愉快でございました。我々は陛下に絶対の忠誠を誓っておりますので」
「ゲントロノフ公のその言は大変頼もしく思う。この戦に勝ち、ミルザム王国軍に我々が一枚岩であることを見せつけねばな」
「はい。必ずや」
エドアルトはこれ以上ないくらい 慇懃(いんぎん) に一礼する。娘の前だから少しは抑えてもいいと思うんだが、まあ向こうから見たら俺が怖いのかもしれないな。なにしろ陰険 面(づら) した中ボスだし。
「リン将軍、敵方の情報はどの程度判明している?」
声を掛けると、リンもこれ以上ないくらい身体を直立させて答える。
「はっ! ゲントロノフ公爵爵閣下から頂いた情報とも総合しますと、まず敵軍の総大将はミルザム国王自身であるようです」
「親征というわけか。物好きなことだ」
と皮肉ったが、よく考えたら俺も前線を飛び回っりまくってるんだよな。しかも親征どころか最前線で中ボス相手に一騎打ちしているし。
だが幸い誰もそれには気づかなかったようだ。リンは表情を動かさず話を続けた。
「愚かなことに本気で勝てると考えているようです。国王 麾下(きか) の将は3人。 鋼鉄騎士隊(アイアンナイツ) を率いるジャマザ、歩兵隊を率いるメンディエッタ、魔導師隊を率いるズビアン、いずれも名の知れた者たちです。ジャマザは騎馬に乗り戦う騎士団団長、メンディエッタは金剛杖使いの戦士団団長、ズビアンは風属性魔法を得意とする宮廷魔導師団団長です」
「ふむ、さすがにいい人材が揃っているようだな」
と言ってみたが、宮廷魔導師団団長のズビアンって、この間会った丸々とした体形の子爵だよな。正直フォルシーナの足元に及ぶかどうかって感じの魔導師だったのだが、本当に宮廷魔導師団団長だったとは驚きである。
「ジャマザには私が、メンディエッタにはリープゲン侯爵閣下が、ズビアンにはバヌアル殿が当たれば問題ないかと思われます。マリアンロッテ様の強化魔法、回復魔法もございますので」
「うむ。それと私自らも出よう。ミルザム王国の王が出座したのであれば、こちらも王自ら対するのが礼儀であろうしな。くくくっ」
しまった、ついマークスチュアート面が出て含み笑いをしてしまった。
陰険丸眼鏡国王の不気味笑いとか、好感度大幅ダウン効果があってもおかしくはない。
慌ててそれとなく皆の反応を探るが、リンは「陛下の前ではミルザム国王など蠅にも劣りましょう」とか微妙に口が悪いことを言い、ゲントロノフ公は「ミルザム王には同情心もわきませんな」と冷淡に言い放ち、マリアンロッテは「相手国の王を捕えることで無駄な血が流れるのを防がれるのですね」などと目を輝かせている。
リープゲン侯爵は「なるほど、これが真の強者の心構えでござるか」と感じ入っていて、女魔導師バヌアルも「もう戦は終わったようなもんだね」とのんきに構え始めた。
少し冷やりとしたが、どうやら好感度ダウンには至らなかったようだ。むしろリンとマリアンロッテは微妙に好感度アップに見えるのが不思議である。
その後部隊の動きなどの確認をして、俺とツクヨミは本部天幕を後にした。
ドルトン・ヴァミリオラ軍とリン・ゲントロノフ軍ともに問題はなさそうだ。
できれば向こうが予想外のこちらの兵力に驚いて退いてくれると助かるのだが、恐らくはそうならないだろう。大義名分を振りかざして軍を動かしたものの、相手が予想より強そうだったので逃げ帰ってきました、なんていうのは上の人間からすれば絶対にできることではない。それによって犠牲になる兵士にとってはたまったものではないが、これは前世の世界ですら同じであった。
だったら多少ズルをしてでもさっさとこの戦いは終わらせるしかない。
まあ、すでに『多少』では済んでいない気もするのだが。