作品タイトル不明
03 ベランゴル民主国の使者
ミルザム王国の使者ズビアン子爵を追い返したので、次はベランゴル民主国の使者に会いに行くことにする。
訪れたのはやはり王都の高級ホテルである。
こちらは事前に使いを走らせたので、俺が馬車で着くころには、ベランゴル民主国の使者との交渉の場はセッティング済みであった。
貴賓の間に通されると、そこには地球のスーツに似た服を着た、ひょろりと背の高い中年男が立っていた。
「お初にお目にかかります、ブラウモント国王陛下。わたくしベランゴル民主国、高等院議員のソリトン・ワリャールと申します。この度はわざわざこちらまでご足労いただきありがとうございます」
慇懃に頭を下げるワリャール議員。その背後には秘書官であろう、若い男が控えている。
「うむ、この度はよく我が国にお出でになった。さて、では申し訳ないが、再度なにを私に求めているのかお聞かせ願おうか」
互いに応接セットのソファに腰かけると、ワリャール議員はすぐに話を始めた。
「宰相殿にお話をした通り、またお渡しした書状にもございます通り、我が国の首相ショーテルン・アルバッハは、貴国の現状を憂慮しております。魔族の襲撃に際し人民を守れず、さらに傷を負った人民を無視し王位が争われ、そして飢える人民を放置して一部の人間が放蕩を尽くす国。そのような国、そして政体は座視できないと考えているのです」
「なるほど」
「ですので、貴国の人民を救うため、この度我が国は軍を派遣し、自由解放の戦いを起こすことにいたしました。まずそれをブラウモント国王陛下にはお伝えいたします」
「つまり宣戦布告に参られたというわけだな」
呆れ顔をしそうになるのを必死に抑えながら俺がもっともらしく言うと、ワリャール議員は大仰にうなずいた。
「そのとおりでございます。陛下もすでにご存じと思われますが、ミルザム王国のキルリアン国王陛下も志を同じうしております」
「さもありなん。しかし貴公の用件はそれだけではないとか?」
「はい。我が国の首相アルバッハはすでに出陣の令を発しているところですが、しかしブラウモント国王陛下のなさりようによっては、陛下の亡命を受け入れる用意があります」
「済まぬ。攻めてくる国が攻める国の王の亡命を受け入れるというのは意味がわからぬ。いったいなにを言っているのであろうか」
あまりに意味不明な提案につい聞き返してしまうと、ワリャール議員は下手な詐欺師みたいな作り笑いを浮かべた。
「そこは方便というものでして、表向きはミルザム王国に攻められた陛下が、ベランゴル民主国を頼ったという形にするのです。ミルザム王国は自らの目的が達せられれば、陛下のことをそこまで厳しく追いかけることはないでしょう」
「ふむ、面白い話ではあるな。そしてその手土産として、錬金術のレシピが欲しいと、そういうわけか」
「その通りでございます。ブラウモント陛下は錬金術において類まれな才能をお持ちと聞いております。亡命後もそのお力を我が国にお貸しいただければ、首相も陛下を下にも置かぬようになるかと思われます」
「なるほどな。なかなかしたたかなのだな、貴国の首相は」
理屈としては無茶苦茶だが、国家間ではまま見られることではある。ベランゴルの首相としては、土地と人をミルザムに譲る代わりに錬金術レシピという産業を独占するという狙いなのだろう。目の付け所としては悪くない。
さて、このあたりで俺のマークスチュアート面が目を覚ましたようだ。
「ところでつかぬことをうかがうが、貴国は外征などしている暇はないと聞いているのだが、そちらの方は問題ないのかな?」
「どのような意味でございましょうか?」
平静を装うも、ピクッと動くこめかみをマークスチュアート面は見逃さない。
「なに、北部で大規模な暴動が起きているというのは、我が国に入ってくる商人たちも口を揃えて言っていることでな。飢える民を横目に、首相閣下は随分と現地で豪遊されたとか」
「……そのような事実はございません。無責任な新聞社が書き立てただけでございます」
今のは出がけにマルダンフ侯爵から聞いた話なのだが、ワリャール議員の反応からすると真実のようだ。
ベランゴル民主国の北部は山がちな地形で、国内の人口増に伴って新たに開墾を進めているらしい。しかしそれが上手くいっておらず、現地ではいろいろと問題が起こっているのだとか。しかもその理由が、中央が政争ばかりやっているせいで資金が届かなくなっているから、というのだからあまりにお粗末である。
「そうであって欲しいものだな。民主主義を掲げる貴国が、まさか人民の言葉に耳を貸さぬということもあるまい。ところで貴国は外征をするのに議会の承認が必要ではなかったかな」
「よくご存じでいらっしゃる。もちろん今回の件は議会の承認を得ております」
「にしては随分と意思決定が早いものだ。思想や利害がからむ議会が、そこまで迅速に外征を承認するとは思えぬのだが」
再びこめかみをピクッとさせる議員。う~ん、やっぱりかなり無理な動きをさせてるなこれ。
「わ、我が国の議会は機を見るに敏な者が揃っておりますゆえ。それに緊急時は首相の一存で軍を動かす権利も……」
「他国に攻め込むのが緊急とは、それほど野蛮な制度なのかな、民主主義とやらは」
「そ、そのようなことはありません。貴国への出兵は議会の承認を得たもので、緊急時という判断では……」
「ふむ、なるほど、北部の暴動を緊急事態ととらえたか。そのついでに足を伸ばして我が国に、というのはいささか豪胆に過ぎる気もするが。今頃首相閣下は事後承諾に 奔(・) 走(・) しておられるのだろうか」
う~ん、マークスチュアート君は少しの情報だけで適当にカマかけてるだけなのだが、どうやら全問正解らしく、目の前のやせぎす議員殿は脂汗をかき始めている。後ろの秘書官氏も目が泳いでるし、よっぽど後ろ暗いことをやってるなこれ。
勝手に追い詰められた感じのワリャール議員だが、自分たちが優位であることを思い出したのか、襟元をただすと声を張り上げた。
「と、ともかく! 我が国の首相はそのように申しております。ブラウモント国王陛下のご判断やいかに」
「お断りさせていただこう。民主主義を掲げながら軍で民意を押さえつける人間の言うことを信用するほど、私も愚かではないのでね」
俺が即答すると、議員は一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔になり、それから微妙に困ったような、笑いをこらえるような、かなり難しい表情をした。
たぶん自分の交渉が失敗した落胆と、自らの不利を顧みない俺に対する嘲笑と、そのあたりが交じっているのだろう。
しかしそれも一瞬で、ワリャール議員はすぐに姿勢を正すと、おもむろに立ち上がって一礼をした。
「かしこまりました。陛下のその意を、首相にお伝えいたします。なお、この交渉の決裂をもって、我がベランゴル民主国は、神聖インテクルース王国に対して宣戦を布告いたします」
「承った。こちらは貴国の被害もなるべく抑えたいと考えている。降伏するなら早いほど良いとアルバッハ首相閣下に伝えてくれたまえ」
ワリャール議員はその皮肉が強がりに聞こえたのだろう、「愚かな」と捨てゼリフを残して部屋から去っていった。
しかしズビアン子爵もワリャール議員も、自分たちの状況と立場を忘れているのではないだろうか。俺が 癇(かん) の強い王なら、二人ともその場で首を 刎(は) ねているところである。
「思ったよりも強欲な人物のようですな、アルバッハ首相というのは」
マルダンフ侯爵の言葉には、多分に呆れの感情がこもっていた。
「まさか私を錬金術師として使おうとしているとはな。まったく面白いことを考えるものだ」
「彼らが強気になる理由は当然あるのですが、全てを知るこちらとしては 憐憫(れんびん) の気持ちしかありません。しかし向こうから仕掛けてきたのですから、相応の賠償はいただかねばなりませんな」
「それについては侯爵に任せる。なにを得られそうか見繕っておいてほしい。できれば2国をどうするのかもな」
「陛下としては、2国を併合、もしくは属州とするお考えはないのですかな」
「いたずらに領土を広げる愚は犯さぬ。それを見誤って自ら滅びの道を歩んだ国のなんと多いことか」
「御慧眼と思います。では、私のほうは戦後処理についてまとめておきましょう」
正直戦後処理を任せられるのは非常に大きい。
俺のマークスチュアートとしての能力で処理できなくはないが、腹黒なマークスチュアート面に任せると、相手から徹底的にむしり取る策を練ってしまうのだ。
そのあたり、侯爵なら高度なバランス感覚で処理してくれるだろう。
と思いながらフォルシーナを見ると、やはり必死に俺の言葉を書き留めていた。
「……フォルシーナよ、そこまで記録に残すようなものがあったか?」
「ええもちろんですお父様。このやりとりは皆に聞かせてあげたいくらいです」
「それだけはやめて欲しいのだが……」
「しばらくは私一人の楽しみにとっておきますからご安心ください」
まったくご安心できないことを言いながら、フォルシーナは笑顔でノートをマジックバッグにしまった。
しかし「私一人の楽しみ」って、いったいなにを楽しむのだろうか。
自分の娘ながら、その言動はまったくもって理解不能である。