軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

234.決意とふさわしい立場

「ミーヤさん、今回のことは女性がどうこうという話よりも、こちらの事業が適格であると判断した人材に対して、取引先が精査せずに反発したという方が大きな問題なんです。あちらの要求を飲めば今後、事業の進行に対しての主導権を握られてしまいかねないということもあります」

アリアの声は真剣で、言い聞かせるようなもので、ティモシーもそれにしっかりと頷く。

「縫製工場はつつがなく稼働しているし、それにはミーヤの指導力が大きく貢献していると思っているよ。それに、お針子は女性ばかりの世界で小さないざこざが起きているのは知っているけど、ミーヤがムードメーカーになって収めてくれているよね。まだ小さな付与術師たちにも細かく気を配ってくれているし、技術力だけでなく、そうした場を調整する能力でも、私は君が今回の代表者にふさわしいと思っている」

もともとオーレリアの手縫いでは追い付かない吸収体の作製を依頼することで知り合ったミーヤだけれど、その後も布や糸の調節や色合わせの相談など細やかなところで助言をもらうこともあったし、自分の考えをはっきりと言葉にして態度に裏表のないミーヤは、オーレリアにとって話しやすい人でもあった。

なにより仕事が好きな彼女は、きっと縫製工場でも色々な人に親身になって、慕われているのだろうと想像するのは難しくない。アリアもそれを知っているし、ティモシーもそうした彼女の性質を信頼しているからこそ、新たな工場の代表者としてミーヤをということで、何の問題も出ずに話が進んでいたはずだ。

二人にじっと見つめられて、ミーヤは困ったようにへらり、と笑った。

「ええと、誤解がないように言うのが難しいんですが、私はレナード様のような人がギルドの交渉の担当者で良かったなぁと思います」

レナードはミーヤに対してかなり辛辣な態度だったのに、意外な言葉にオーレリアが首をかしげると、彼女はうーんと少し考えるように間を置いた。

「若くて実績の薄い女は信用できない、それより組織を率いる実力のある男性にしてほしい、その方が事業をうまく回すことができるだろうってレナード様の言い分は、確かに偏見が多いと思いますけど、誘致する事業を成功させるのが第一だと思っていると思いました。……例えばあの場では全部受け入れたように見せておいて、後でタイミングを見計らって私と接触してその人個人に賄賂をと要求したりする人も、特別な「接待」をしてくれたら工場の土地と建物の融通もすると持ちかけたりする人も、普通にいると思うんです」

若い女が頼りなくて扱いやすいって思っているならなおさら。そう続けられて、言葉の内容を理解するのに、数秒が必要だった。

最も早く反応したのはティモシーで、勢いよく立ち上がり、その拍子にガタンと椅子が大きな音を立てる。

「そんなことは絶対にさせないよ!」

「分かってます。アリアさんやティモシー様が私にそういう役割を期待したわけではなく、単純に縫製や仕上がりの技術について評価してくれたと思ってますし、それはすごく嬉しかったんです。ただ現実として、そういうことを要求する人は居るだろうとは思っていました」

ミーヤはいつも無邪気で明るく、自分の夢に対して一生懸命な人だ。

それだけに、淡々とそれを事実であると言葉にしている事に、彼女はそこまで考えていたのかという戸惑いがあった。

「オーレリアさんには前に少し話したことがありますが、私、お裁縫がすごく好きなんです。ずっと何かを縫っていたいし、同じものを延々と縫っているのも新しいものに挑戦するのもどっちも楽しいと思います。でも私がそうするには、どこかの洋裁店の跡継ぎと結婚して一緒に家業をするか、私の『趣味』に理解のあるお金持ちの男の人に……言葉悪いですが、囲ってもらうくらいしか道はありませんでした。アウレル商会の代表者がオーレリアさんとアリアさんでなければ、世間的にはやっぱり私は代表者とそういう関係なんだと思われていたと思います」

ティモシーは唇を引き締めて黙り込み、逆にアリアは薄く唇を開いたまま言葉もない様子だ。

確かに、以前ミーヤはそう言っていた。マルセナ洋裁店は彼女の弟が継ぐから、お針子を一生続けるならどこかの洋裁店の跡取りと結婚してその家に入ることになるだろうと。

「父が、私がアウレル商会に入るのを許してくれたのも、代表者がオーレリアさんとアリアさんという女性だったからということが大きいと思います。カルバナルに行くと伝えたときは両親からめちゃくちゃ反対されましたし、それを説得する間に、起きる可能性がある「要求」に対しても、嫌になるくらい説明されました。もうほとんど脅しかってくらい」

「ミーヤさん……」

「あ、最終的にはちゃんと納得してもらいましたよ! ……でも、庶民の女性には、本当に珍しいことじゃないんです。私の友達の家でも月に一度くらいしか「旦那さん」が帰ってこない家はありましたし、女性が店主のお店は、よっぽど有名な商会のお嬢さんとかでないかぎり、大体そう言われています。だから、そういう要求をしないし、多分される可能性を考えて若い女はダメだっていうレナード様は、事業のことを最優先に考えているんだろうなって思うんです」

そこまで言って、ミーヤははたとしたように照れ臭そうに笑う。

「まあ、そういうわけで私が行くことになっても最大限頑張りますが、男性を代表に変えても異論はありません。それで上手くいくなら、そのほうがいいと思います」

* * *

「あー、そりゃあミーヤが言うのももっともだよ。むしろそこまで考えられるのは、無鉄砲な若い娘よりずっと肝が据わってると思うけどね」

拠点に戻り、ジーナやジェシカも交えてお茶を飲みながら個室であった話をすると、ジーナはからりと言った。

「そんなによくあることなんですか?」

「若くて能力のある女っていうのは、色々言われるからね。エレノアでさえ若いころは色々言われてたらしいから、どれくらいのものかわかるだろ?」

「え、エレノア様もですか?」

冒険者ギルドの副長であるエレノアは、一見すると美しく凛々しい女性だが、すこし話しただけでもその辣腕さ、苛烈さがぴりぴりと伝わってくるところがある。

王都の女性進出の先駆者であり、彼女に憧れて多くの貴族女性が家を継ぎ後継ぎを産むというだけの役割から、外に出て働くという道を歩み出したのだと聞いたこともあった。

なにより侯爵家の出身の女性で、ウォーレンの親族……つまり、王家に連なる血筋を持つ彼女にそんな噂があったとは。

「その、噂をした方たちは、大丈夫だったのでしょうか」

「まあ、もちろん大丈夫ではないね……」

「私たちがそういう噂があったと知っているのは、そうして受けた報復がどれほどのものだったか、という逸話とセットですので」

頷きあう二人に、詳しい話は怖くて聞きたくないものの、エレノアがエレノアらしく、ほっとするような気持ちもある。

「まあ、田舎から出てきた駆け出しの女性冒険者でも、珍しくはないんだよそういうの。装備や滞在先の世話をする代わりに、みたいな」

「あまり褒められたこととは言えませんが、男性冒険者の中にはむしろ、女はそういう手段があってずるい、という風潮もありますね」

だがミーヤは、実力がありその場を率いる能力が認められていてなお、若い女性であるというだけで代表者の変更を要求されている立場だ。

そんなのは、とても理不尽であると思う。

「私が甘かったですね」

それまで黙っていたアリアは、ぽつりと言うと、顔を上げた。

「女性は結婚で事業や財産を乗っ取られる可能性はあっても、賄賂や、その女性自身を要求されるなんて事態に出会ったことはありませんでした。ですが少し考えれば、その可能性は十分に予想はできたはずです」

アリアは生粋の貴族の女性で、彼女の周りにもいわゆるそういう立場の女性はいなかったのだろう。

東部の田舎は比較的貞操観念が強く、アリアと出会うまで地味で目立たない付与術師だったこともあり、オーレリアもそうした考えに至ることができなかった。

ミーヤが明るい様子の裏で、どれほどの覚悟で仕事をしていたのかと思うと、自分の考えの至らなさがふがいなくも情けない。

「男性の代表者を立てるのは簡単です。そのほうがミーヤさんも安全に過ごすことができるかもしれません。……でも、それではいつまでたっても女には大した仕事はできない世界のままです。大それた望みかもしれませんが、私は、そんな世界を少しでも変えていきたい」

「アリア……」

「私は、ミーヤさんを推したいです。もちろん彼女の腕と気質を買っているというのが大前提ですし、身の安全を確保するためにあらゆる手を尽くします。最初よりコストが高くかかることもあるでしょう。それでも、持った能力にふさわしい立場であってほしい」

「はい、アリア」

ミーヤも、反対する両親を説得して仕事を受けてくれたのだ。

やりたいという気持ちはあるはずだ。

「私もそうしたいです。できることは少ないかもしれませんが、そのためにお金を稼ぐ必要があるなら、開発も頑張ります」

「まあ、それに関してはまた今度話しましょう。とりあえず」

アリアは少し冷めたお茶を傾けて、顔を上げた時にはもう、水色の瞳にはいつもの力強さが戻っていた。

「最初の難関は、あのわからずやのギルド代表ですね。エレノア様を頼れば黙らせるのは難しくないと思っていましたが、それ以外の方法を考えます」