軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

233.カフェとケーキと洋裁師の提案

「レモンパイとガトーショコラ、フォレノワールに温かい紅茶を」

メニューを一瞥するとすらすらと告げるアリアに、同じ席についているオーレリアとミーヤ、それからティモシーは一瞬黙り込む。

オーダーを聞いていた給仕が顔色一つ変えずに伝票を書いているのは、さすがプロというところだろう。

「ええと、私はシャルロットケーキと紅茶で!」

ミーヤが元気よくそう告げて、オーレリアもメニューを眺め、迷った末にプラムのタルトと紅茶をオーダーする。

「では、私はコーヒーで」

最後にティモシーがそう告げると、給仕は丁寧に礼をして個室を出て行った。

「……アリア嬢は、細いのに甘いものが好きなんですね」

「紳士の前では少々はしたなくて申し訳ありませんが、甘いものは頭を使う時と腹を立てた時に、とてもよく効くんですよ」

アリアは、普段どちらかといえば少食な部類であるけれど、これまでもストレスが溜まった時はいつもよりたくさん食べるのを見たことがある。

その後はお腹が膨れて苦しい思いをしているようなので少し心配になるけれど、あの場で苛烈な反論を口にしなかっただけ、アリアとしては相当我慢したのだろう。

その言葉にティモシーは眉尻を下げて苦笑を漏らす。

マーカスとレナードと別れた後、もう少し話し合ったほうがいいだろうと河岸を変えて、中央区にあるカフェの個室に入ることになった。

個室もあり内装も凝っている高級そうな店で、ティモシーはよく利用するらしく、急な来店でもこうして個室を用意してもらうことができた。

「さて、困ったことになりましたね」

「全く、アウレル商会を馬鹿にしているとしか思えません」

「アリア、落ち着いてください」

憤然と言うアリアの背中を宥めるようにそっと撫でると、アリアは一度口をつぐみ、それからため息を漏らす。

「ごめんなさい、冷静にならなければいけませんね」

「いえ、気持ちはよくわかりますから……」

レナードが「条件」を告げた後、現場責任者であるティモシーとアリアは、ミーヤが信頼のおけるアウレル商会の商会員であり、商品の製造については誰よりも詳しい立場にあると説明し、オーレリアも拙いながらナプキンの初期から開発に関わってくれて色々と有用な改良も加えてくれた、信頼のおける人であると説得に参加したけれど、レナードは主張を撤回することなく、むしろ女性に任せるならこの話はもう少し考えさせてほしいという姿勢になっただけだった。

「マーカスさんは、責任者がミーヤさんで問題はなさそうな様子でしたが……」

「冒険者ギルドはエレノア様の意見が先に入っているでしょうから、何の問題もないと思いますよ」

アリアが言うと、ティモシーも同意するようにうなずく。

「むしろ、どの冒険者ギルドの支所も女性冒険者の確保には頭を悩まされているでしょうから、王都から比較的近く巨大なダンジョンを有しているカルナバルが候補に選ばれたことには感謝しているはずです」

「実際、ナプキンによって探索の自由度が上がった現状では、女性の冒険者の確保はどのギルドにとっても重要度が上がっていますしね。それにアウレル商会と縁を持てば、ダンジョン内への浄水器の設置も優先されるという期待があるはずです」

現在浄水器は、王都のダンジョンであるエディアカランで試験的な設置が行われており、その安全性と運用法が確立し次第、大陸中のダンジョンに設置を目指している最中である。

扱いが飲料水であるということもあり広めるには慎重な姿勢を取っていて、現在設置を願う各地のギルドに対し、試験的設置とそのモニタリングの調整を行っているところだ。

浄水装置の改良と普及に関しては冒険者ギルドと商業ギルド、そして象牙の塔に委託しているとは言え、意匠権を持っているのはアウレル商会であり、その代表者であるアリアやオーレリアと縁を持つことは、その土地のギルドにとっても大きな意味があるとアリアに説明してもらい、頷く。

より冒険者ギルドの方がアウレル商会と縁を持つのに積極的であり、商業ギルドにとっては新たな商機であるとは言え、その重要度が非常に高いとまでは言えないのだろう。

そんな話をしているうちにケーキと飲み物が運ばれてくる。

四人ついているテーブルに五つのケーキと三つの紅茶、それから温かいコーヒーが並べられ、給仕が個室を出ると自然とアリアの前に三つのケーキが並べ直された。

「甘いものが、気分と頭に染みますね」

焼いたメレンゲの乗ったレモンパイを切り分けて口に入れ、アリアはしみじみと告げる。

くし切りにしたプラムがたっぷりと盛られたタルトを口にして、オーレリアもほっと息を漏らした。

「はい、すごく美味しいです」

今日はランチも兼ねていたので、待ち合わせをしていたレストランでも食事は出たけれど、味もわからない雰囲気でろくに食べた気分ではなかった。

それだけに、頭と舌にガツンとくる甘いケーキがやけにしみる。

「ティモシー様は、ケーキは良かったんですか?」

「いえ、私は少々減量中でして。何しろこのお腹ですから」

ポンポンとふっくらとしたお腹を叩き、おどけて言うティモシーは、彼の伯父であるジャスティンにそっくりだ。

オーレリアが王立図書館でアルバイトをしていた頃、同じようなことを言ってよく中央区のお菓子をもらったのを思い出す。

「社交シーズン中ですし、外で食事をする機会も多いので、それ以外ではできるだけ控えるようにしているんです」

「すみません、私だけもりもり食べてしまって」

「いえいえ、たくさん食べてください。よろしければ追加もどうぞ。ミーヤも遠慮しないでね」

「ありがとうございますティモシー様。すごく美味しいです!」

ミーヤはシャルロットケーキをぱくりと食べて、頬を押さえてにっこりと笑う。

「――ティモシー様、まだ土地の誘致を行ったわけではありませんし、ここまで調整していただいたジャスマン商会には申し訳ないのですが、最悪の場合、新たな工場はカルナバル以外の都市にしても構わないのではないでしょうか。カルナバルの冒険者ギルドと商業ギルドには軋轢が生まれるかもしれませんが、むしろこの前例があるおかげで次の候補地は、最初から冒険者ギルドが前面に出て推進してくれる可能性もありますし」

アリアがそう言うと、ティモシーは考え込むように眉間にしわを寄せてしばらく悩んでいたものの、やがてそうですねと頷く。

「新たな工場は別の都市に作って、カルナバルへの商品は冒険者ギルドに卸すという手もありますし」

「あまり事を荒立てたくはありませんが、商業ギルドの役割は商売の保護とその後援です。アウレル商会は条件を出して商会の足を鈍らせるような代表をよこす支所とは、付き合いを控えるという意思表示も必要だと思います。新規工場はナプキンと中敷きの普及への次の一手ではありますが、同時に工場が誘致されることによるその都市への影響を見るという意図もありますから」

話を聞いていたオーレリアとミーヤに視線を向けて、新たな工場や資本が誘致されるというだけで、その都市の商業のあり方が変わることもあるのだとアリアは続ける。

王都ではおおむねどのギルドとも良い関係を築けている状態ではあるものの、王都は非常に巨大な都市であり多くの大商会があるため、アウレル商会の影響力は限定的とも言える。

だが産業をダンジョンに頼っている割合が大きければ大きいほど、その都市の商業活動の幅は狭くなってしまい、そこに新たな産業が参入するだけで、都市の発展や人口の増減にまで大きく関わることがあるらしい。

「産業が起きれば雇用が増えます。安定した雇用が増えればそれを目的に人が集まってきて、人口が増えれば都市の税収が増え、その人口を支えるための新たなインフラの整備や都市の拡張まで、さまざまな変化が連鎖的に起きることになります」

レモンパイをぺろりと食べ終えてガトーショコラにフォークを刺し、アリアは真剣な表情で続けた。

「誘致する側の責任は、大きいですよね……」

「はい。そうした変化を嫌う土地ももちろんありますし、簡単なことばかりではありません。その土地の有力者や既存の経済圏と折り合いをつけたりもしなければいけませんが、ほとんどのギルドは歓迎するでしょうね」

「ええ。土地と建物を提供するという条件は、あちらの商業ギルドの本気を感じさせます。それだけに、あの強硬な態度は少し気になるところですが……」

「あのう、私からも良いですか」

シャルロットケーキを半分ほど食べたミーヤが手を挙げる。

「これまでの候補の中では、カルナバルが一番条件に合っているんですよね?」

「そうだね。距離も比較的近いし、電報もすぐに届く。もう数年もすればおそらく電話線もつながるようになるだろうから、連絡のやり取りに不安のない大きな都市という意味では、一番条件に合っているよ」

ティモシーが丁寧に答えると、ミーヤはそれなら、と続けた。

「工場の誘致はカルナバルのままでいいと思います。今の現場には頼りになる男性の商会員も何人かいるので、私はその抱き合わせで派遣してもらって、現場の指導や手順なんかは私が受け持って、代表者としては男の人を立てるのがいいんじゃないかと」

「ミーヤさん」

「私はしがない洋裁店の娘ですし、レナード様が言うように大きな実績があるとは言えない女性ですから、信頼が置けないって言われても仕方ないですよ」

不快感を表すアリアに、ミーヤは困ったように笑いながら告げる。

彼女のポニーテールにした亜麻色の髪が、ひょこりと揺れる。

彼女は少し困ったなあという様子ではあるものの、自分が代表でなくなること自体は大きな問題とはとらえていない様子だった。

「人を余計に派遣することになるので余計なコストがかかるとは思いますけど、その分あちらの工場の稼働が軌道に乗るように、いっぱい頑張ってきますから」

そう告げるミーヤはいつものように元気な様子で。

アリアは毒気を抜かれつつ、困惑した様子をにじませていた。