作品タイトル不明
232.新たな工場と新たな問題
アリアとミーヤとともに中央区にあるレストランの二階に足を運ぶと、待ち合わせの相手はすでに予約してあった個室のテーブルについていた。
到着を受けて、三人のうちふくよかな男性が立ち上がる。アウレル商会とは最もなじみの深い提携商会であるジャスマン商会の現場担当であるティモシー・ジャスマンは、今日も大変、人の好い雰囲気だった。
「ようこそ、オーレリア嬢、アリア嬢。ミーヤもお疲れ様」
「ティモシー様、お待たせしてしまいましたか?」
「いえいえ、我々が少し早く来すぎてしまっただけで、時間ぴったりですよ」
にこにこと浮かべている自然な笑みは、彼の伯父でありオーレリアも何かと世話になった王立図書館館長のジャスマンを思い出させる優しいものだ。
「早速ですが、紹介させていただきますね。こちらがアウレル商会の交渉担当を務めていらっしゃるアリア・ウィンハルト嬢、開発技術者のオーレリア・フスクス嬢、そして技術指導の担当者のミーヤ・マルセナ嬢です」
「私はカルナバルの冒険者ギルドよりご挨拶に参りました、マーカス・ホルトマンと申します。エレノア様からアウレル商会のことはつねづね伺っておりまして、今回このような機会をいただけたことを嬉しく思います」
マーカスは、ちょうどオーレリアの父親くらいの年齢だろうか。やせ型で灰色の髪を丁寧に撫でつけており、銀縁の眼鏡を掛けた、いかにも品のいい紳士という雰囲気である。
「同じく、カルナバルの商業ギルドよりまかりこしました、レナード・ヴォーンです。これまでは王都から購入するしかなかった商品をカルナバルでも生産できるとのことで、ギルド一同、今から楽しみにしております」
レナードと名乗った男性は、ティモシーと同年代くらいだろうか。モスグリーンの前髪を緩く伸ばし、後ろは短く整えている。身に着けているフロックコートは王都で見かけるものより体のラインがはっきり出る細身のもので、光沢のある生地を使った仕立てになっており、とてもお洒落な男性だ。
挨拶と軽い握手を交わし、席に着くとすぐに新しいお茶が運ばれてきた。それぞれがカップに一度口を付けてから、ティモシーが明るい口調で話し始める。
「アウレル商会の製品はどれも革新的で、今や王都にはなくてはならないものばかりですよ。これまでは王都から各都市に運ばれていましたが、カルナバルに新たな工場ができることでさらに国中に広がっていくことでしょう」
「王都の女性冒険者のナプキンの使用率は、既にほぼ十割に届くと聞いています。本当に素晴らしい功績ですね」
ティモシーの言葉を受けてマーカスがそう告げると、アリアは上品に微笑んだ。
「最初は女性冒険者と貴婦人の間で流行していたのですが、ありがたいことに一般にも着実に広がっています。それだけに王都内での需要も高く、なかなか他の都市に販売するだけの生産がままならない状態が続いていたので、今回のお話は本当にありがたく思っています」
カルナバルは王都から西に馬車で三日ほどの位置にある都市で、シルルと名付けられたダンジョンがそばにあり、また工業が盛んな都市と聞いている。
女性も多くが工場や街の店で働いており、王都に負けず劣らず女性の就業率が高いのだという。
それだけにナプキンの需要も高いだろうと以前からアリアが言っていたけれど、こんなに早く二つ目の工場の誘致の話が出るとは、彼女も予想外のようだった。
それだけナプキンと除湿中敷きの評判がいいこともあるが、なによりジャスマン商会の事業にかける熱意が高いのだろうというのが、アリアの言葉である。
王都での成功を受けて、カルナバルでも冒険者ギルドを仲介して女性冒険者に、商業ギルドを仲介して貴族や裕福な層にナプキンと除湿中敷きを広めていこうということになった。
今日の会談がつつがなく終了すれば、正式にカルナバルでの用地を決めて工場を建設し、付与術師を確保して来年までの操業を目標に動き出すことになる。
「本当に、工場の操業が待ちきれません。冒険者は身軽なので、王都に便利な衛生用品が広がっていると聞いて自分で買いに行くと足を向ける冒険者も少なくないのです。移動したからには路銀を稼ぐついでに、そのまましばらく王都のダンジョンで活動して行こうというのも自然な流れですし、最近はカルナバルからの女性冒険者の流出も少しずつ問題になっているぐらいでして」
「逆に、カルナバルで生産されたナプキンが安価で手に入るようになれば、周辺の土地から女性冒険者が集まってくるかもしれませんね」
「最奥に赴ける優秀な冒険者もそうですが、ダンジョンから持ち帰る素材の多くは中堅の冒険者たちによるものです。そうなるとギルドとしては本当にありがたいのですが」
「大迷穴シルルも有用な素材を多く産出すると聞いていますし、冒険者や商業活動が活発になることで、カルナバルという都市自体が、ますます発展していくと思います」
さすが、如才なく会話を弾ませるのが上手いアリアである。軽く笑いながらそう告げると、マーカスもそうなるといいですなと笑い声を上げた。
「こちらがナプキンと除湿中敷きの仕様と、王都における一般的な価格帯、それにかかる原価と収益率となります。収益率は綿や皮革の仕入れ値や生産数に影響されますが、参考としていただければ幸いです」
マーカスとレナードはオーレリアの差し出した仕様書をじっくりと見つめて、時々小さく言葉を交わしていた。
その間アリアにならって落ち着いた態度で紅茶を傾ける。
「カルナバルでは大規模な牧場が近くにあるのと、もともと革製品の工場も複数ありますので、皮革の仕入れと加工費は王都より割安で済むと思います。綿に関してですが、王都と同じく外部からの輸入に頼っているので、こちらの加工費は王都とほぼ同じ水準になるかと」
「ただ、すでに王都から多少供給されてきた製品がすでに認知されている状態ですので、販売に関してはスムーズに進むことが予想されます。またカルナバルの周辺には比較的ほかの中規模な町が点在しているので、カルナバルを中心にそれらの街に製品の販売を行うことで、王都に近い水準の生産数を前提に進めていきたいところですね」
工場の誘致に対してかなり前向きな反応であることにほっとする。
アウレル商会は意匠権を所有し、生産と販売をジャスマン商会に委託している協業体制であるけれど、新たな土地に工場を建てるとなれば、用地にせよ人員の確保にせよ、その地域で地縁や人脈を持つ組織の支援があるのとないのとでは大きな違いが生まれてくる。
「一つよろしいでしょうか」
どうやらスムーズにいきそうだと胸をなでおろしたところに、レナードが軽く手を上げて告げる。
「カルナバルに技術指導として派遣されるのは、女性であると伺っているのですが」
「はい、こちらに居るミーヤ・マルセナを派遣する予定です。王都でもナプキン事業の立ち上げ前から関わってくれている腕のいい裁縫師で、現在王都の工場でも生産の中心的な役割を担っています」
アリアがそう告げると、レナードはミーヤに視線を向けてふむと小さく声を漏らす。
「これは商業ギルドの代表者としての希望ですが、ミーヤ嬢の他に、誰か男性の技術指導者をつけることを希望します」
一瞬全員が黙り込み、すぐにティモシーがにこにこと笑いながら告げた。
「ミーヤはとても信頼のできる指導者ですよ。彼女に任せると決めたのは私ですし、何の心配もありません」
「そうは言っても、女性だけですと、やはりこちらも不安がぬぐえませんので」
レナードは薄く微笑みを浮かべながら、困ったように首を傾げて見せる。
「新たな工場の誘致ともなれば、商業ギルドとしても大きな投資となります。ナプキンと除湿中敷きの有用性や需要の高さは充分に理解していますが、それだけにこれだけの事業の監督責任者がまだ十八歳の女性一人というのは、やはり対外的にも頼りない印象を与えてしまうでしょう」
「王都の工場はそれで問題なく回っています」
ティモシーの口調がやや強くなる。
「レナード殿、ジャスマン商会とアウレル商会がそれで問題がないと言っているのだから、私は構わないと思うが」
「冒険者ギルドは最終的に製品が入ってくれば構わないのですから、それでいいのでしょう。ですが商業ギルドはカルナバルという都市の経済に対する責任があるのです。あえて問題になる可能性の高い人員の配置に対して、何の意見もないまま通すわけにはいかないのですよ」
レナードの声はあくまで落ち着いたものだ。
「その代わりと言ってはなんですが、カルナバルにある大きな工場の跡地を、居ぬきでジャスマン商会の新たな工場として使えるように私からギルドに働きかけましょう。すでにある土地と建物をそのまま利用できれば、初期費用も操業までの期間も大きく短縮できるはずです」
「それは、願ってもない提案ですが……」
「ティモシー殿、我々もそれだけ、今回の話に本気であるということです。新たな事業は特に、先進性だけでなく安定感も必要であることは、あなたもご存知のはず。どうぞ、再考をお願いいたします」
レナードの声はとても落ち着いていて、それだけに譲る気はないのは明らかであり。
隣に居るアリアからひんやりとした怒りが伝わってくるのに、思わずごくりと息をのむオーレリアだった。