軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

227.大きなお肉と男のロマン

近況を交えたおしゃべりに興じているあいだに時間は過ぎ、中央区の鐘が正午の時間を告げた。

朝食は軽めに済ませたものの、お茶とお菓子をもらっていたのであまり空腹は感じなかったけれど、ウォーレンは向かいの席で少しソワソワとしている様子を見せている。

「オーレリア、昼食を始めても大丈夫かな」

「はい、もちろんです」

もともと今日は昼食をいただいて、午後のお茶くらいまでお邪魔させてもらうという話だったのでうなずくと、ウォーレンはゆっくりと立ち上がった。

「昼食は庭でもいいかな。実は夕べから仕込んでいて、そろそろ完成していると思うから」

その言葉にパチパチと目を瞬かせる。

「ええと、ウォーレンが作ったんですか?」

「うん、一応」

今日の来訪は、モニカがぜひにという話だったので、てっきり彼女が食事を用意してくれるとばかり思っていたけれど、どうやらウォーレンが用意してくれていたらしい。

「ウォーレンって、あまり料理しないんじゃなかったでしたっけ」

黄金の麦穂のメンバーの中で明確に料理をすると言えるのはアルフレッドだけで、ウォーレンは時々その手伝いをする程度だという話は折にふれて聞いたことがあった。

現在拠点で同居しているジーナとジェシカに至ってはお茶を入れることすらしないぐらいだけれど、屋台文化が発達している王都では料理をしないのは取り立てて珍しいことではなく、物件にも最初からキッチンが付いていないことも珍しくないという。

「うん、そうなんだけど、南部では招いたお客さんにその家の主が肉を焼いて振る舞うっていう文化があるんだ。うちの祖父やライアンのお父さんもよく大きな肉を焼いていて、子供心に少し憧れがあったというか」

「そうなんですね」

冒険者時代は定宿に泊まっていて屋敷にはあまり戻らなかったようだし、それ以前の王宮での暮らしでは料理をするという雰囲気でもなかったのだろう。

「楽しみです」

「うん、もう余熱で火を通している段階だからすぐ食べられると思う」

そう言うウォーレンとともに部屋を出て、廊下を横切り庭に出る。

貴族の庭園としてはそれほど広くはないけれど、庭木はきれいに剪定されており、スッキリとした佇まいだった。昼食用にあらかじめセッティングしてくれていたのだろう、六人掛けのテーブルに白いクロスが敷かれ、椅子は二脚用意されていた。

そのそばにはドンと真っ黒な金属製のグリルが置かれていて、庭に出たとたん、むわりとした熱気が伝わってくる。

どうやらあれが、ウォーレンが用意してくれた昼食らしい。

「もう油が跳ねるほど熱くはないと思うけど、一応少し離れていてくれる?」

その言葉に頷いて少し後ろに下がると、彼は分厚い手袋をはめてゆっくりとグリルの蓋を上にスライドさせた。

瞬間、暴力的なほどのよく焼けた油と肉の香りが襲い掛かってくる。

ウォーレンは大きな串を用意すると肉にブスリと突き刺して、そのままゆっくりと持ち上げる。肉を銀色のトレーに載せてテーブルに移動させて、ふうと息をついた。

「すごいですね……」

肉のサイズはオーレリアの腕で一抱えにするほどもあるだろうか。ローストされた肉の表面は濃い飴色に輝いていて、まぶされたスパイスがなんともよい芳香を放っている。

どう考えても二人分には大きすぎるし、拠点にオーレリアとアリア、その他黄金の麦穂のメンバーと数人の友人を呼んでも、充分に足りる大きさだ。

「まあまあ旦那様、オーレリア様が驚いているじゃないですか」

そう言いながら、モニカが銀のトレーを持って庭に出てくる。少し呆れたように言われてウォーレンは少し焦ったように大丈夫! と言った。

「ええと、お客さんを招いた時の肉は大きければ大きいほどいいって言われてるんだ。残っても数日かけてうちで消費するから、無理せず食べられる量を楽しんでくれたら大丈夫だから」

その言葉に思わずほっとする。

ウォーレンが作ってくれたものなら食べ切りたい気持ちはあるけれど、どう考えても物理的に無理な量である。

「こういうのって、いざやろうとしてみるとちょっと調子に乗ってしまうんだなって思ったよ」

「調子に、ですか?」

「うん。すごく長く焼くから、どうせなら肉は大きければ大きいほど得だなって思ったり、大きい方が見栄えもするし、あとなんというか」

ウォーレンは苦笑して一度言葉を止めると、手袋を外した手で照れくさそうに後頭部を掻いた。

「大きい肉を焼くのって、ちょっとした男のロマンみたいなんだ。祖父やおじさんたちが、女性陣に小言言われながらやたら大きな肉を焼いていた理由が、やっと分かった気がする」

どうやら南部の男性にとって、大きな肉をグリルで焼くのはロマンの一種らしい。

確かに、このサイズの肉を用意するのは大変だろうし、お金も相応にかかっているだろう。中まで火を通すのに、かなり時間もかかるはずだ。

「これぐらいのサイズのお肉って、何時間くらい焼くんですか?」

「これは昨日の昼から下ごしらえを始めて、オーレリアを迎えに行く前に火を消したから、だいたい焼きに十五時間、余熱で三時間っていうところかな」

想像よりもかなり長い時間がかかっていることに驚いていると、ウォーレンは巨大なフォークのようなものを肉に突き刺し、ゆっくりと左右に開く。

肉は何の抵抗もなく、ほどけるように裂けていった。

「これぐらい長く火を入れると、肉の繊維も解けるし脂身もゼラチンみたいになってて、すごく柔らかくなるんだ。これをパンに挟んでかぶりつくのが、南部風のごちそう」

「豪快なんですね」

「うん。子供の頃は肉の日はすごく嬉しかったな。育ち盛りで、肉はあればあるほどいいという感じだったから」

「ピクルスも旦那様が先日仕込まれたものなのですよ。今日すごく楽しみにしておられて」

モニカはテーブルの上にプレートやワインをセッティングしながら、華やかな声でそう説明してくれる。

「南部では、このお肉を上手に焼ける男性が良い夫や父親になると見極める重要な催しでもあるんですよ。大きなお肉をしっかりと中まで火を通してほどけるように柔らかく、それでいて内側はピンク色に仕上げるのはなかなか難しくて、大胆かつ低温でじっくりと焦らずに火を通せる根気強さがある素晴らしい男性とされています。お肉を上手に焼ける男性は、それはもう、女性にもてるんです」

ウォーレンが割いた肉は、ローストビーフのように内側が綺麗な赤みを残している。

ウォーレンと目が合って、彼は気まずそうにふっと視線を逸らした。

「えーと、こういうのはライアンの方が得意なんだ。俺はよく隣で手順の説明を受けていただけで、肉を焼くのもこれが初めてで」

「そうなんですね。初めてでこんなに上手に焼けるなんてすごいです」

「ありがとう。……あったかいうちに食べようか」

ウォーレンは話を変えたがるように、丁寧に割いた肉をパンにこんもりと載せて、その上にスライスしたピクルスを重ねていく。こちらも自家製らしいバーベキューソースをかけると、パンで挟んで出来上がりだ。

「どうぞ。重そうなら残してくれても良いし、フルーツやサラダもあるから」

「いただきます」

見た目はとても豪快なハンバーガーのようだった。どこから攻略しようか迷い、パンからあふれ出しそうな量の肉に、まずパクリと口をつける。

豪快な見た目に反して肉は柔らかく、一部はプルリとした食感だった。咀嚼している間もほとんど力を入れる必要はなく、肉の旨味とバーベキューソースの酸味が混じりあって、なんとも満足感の高い一口になっている。

「おいしいです!」

見た目のインパクトもさることながら、味も決して大味ではなく、お世辞抜きで非常に美味だった。もう一口口に入れると、今度はパリッとしたピクルスが混じっていて、パンとピクルス、肉の味がいいアクセントになっている。

「うん、まあまあかな」

ウォーレンも、自分で食べてみて悪くないと思った様子だった。さすがというべきか、一口がオーレリアより大きくて、瞬く間に半分ほどまで食べ進めている。

「牛肉なのでワインもいいですが、これはビールが欲しくなりますね」

「うん。黒も合いそうだけど、ごくごく飲める普通のビールの方が良いかもしれない」

「取ってまいりますね」

ウォーレンと感想を言い合っているとモニカがさっと屋敷に戻り、すぐに瓶ビールを持って戻ってくる。

「南部では、お客様をおもてなしする時だけでなく毎月最後の日曜日にはその家の主人がこうやって肉を焼くのが伝統なんですよ。ベルツィオ家では、大旦那様が本当にお肉をお上手にお焼きになって、使用人たちにも振舞ってくださいました」

「ウォーロックのおじさんも同じ日に焼くから、男の子は今月はどっちにいくかって話し合うんだ。なにしろうちは俺くらいしか食べ盛りがいないのに、ライアンのとこは男が三人もいるから」

「お嬢様も小食でしたので、大旦那様は毎月、ライアン様たちを呼ぶようにと仰ってましたね」

「無茶を言うよね。結局他にケーキを用意したり、楽団を呼んだり、あの手この手だったよ」

食べ盛りの少年たちの気を引くのに両家の当主が張り合っていたようだけれど、それはいい思い出のようで、ウォーレンもモニカもおかしそうに笑っていた。

「いっそ共同で焼けばいいと何度も言ったんだけどね。そういう問題じゃないって毎回言われたよ」

「男のロマン、ですもんね」

「だね」

どっしりとした肉のうまみに、ビールの苦みが非常によく合って、するすると喉を滑り落ちていく。

じっとしていても汗ばむほどの夏の陽気に、肉の塩気が嬉しい。

「本当においしいです」

それもあって、つい食べ過ぎて、昼食が終わるころには大分おなかが苦しくなってしまうことになった。