軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

228.思い出のしおりと夏のビール

たっぷりのお肉が挟まったサンドイッチの最後の一口をビールで流し込むと、満足感についお腹をさすってしまう。

長時間焼いた肉はうまみを残したまま柔らかく、結構なボリュームだったけれど案外あっさりと食べきれてしまった。

ただでさえ王都に来てからというもの、少しウエスト周りが気になるようになっていたけれど、今日はいつもより食べ過ぎてしまった気がする。

コルセットを締めていたら、きっと苦しくなっていただろう。

「オーレリア、量、多かった?」

「いえ、おなか一杯ですが、大丈夫です」

東部にいた頃の自分は、どちらかといえば少食の部類だったと思うけれど、ここ最近はすっかり健啖になってしまった気がする。

きっと、誰かと食事を共にする機会が増えて、それがとても楽しいせいもあるのだろう。

「オーレリア様、こちらをどうぞ。口の中がさっぱりしますよ」

「ありがとうございます」

モニカが差し出してくれたのは、グラスに涼しげに氷が入っていて、レモンをスライスしたものとミントが添えられたレモネードだった。口を付けると甘さは控えめだがレモン果汁は多めに使われているようで、爽やかな酸味が口の中を洗い流してくれる。

「とても美味しいです」

「ようございました」

モニカは始終ニコニコとしながらそばに控えていたけれど、不意に、目頭を押さえて少しうつむいてしまう。

「モニカさん? どうかしましたか?」

「いえ、申し訳ありません。――本当に、この場を大旦那様にお見せできたら、どれほどご安心なさるかと思ってしまって。大旦那様はずっと、王都で暮らすことになったお坊ちゃまのことを、ご心配されていらしたので」

「モニカ……」

ウォーレンは少し困ったような表情をするけれど、モニカは涙をぬぐい、ゆっくりとこうべを垂れる。

「本当に年を取ると、涙もろくなっていけませんね。……旦那様、よろしければ、お二人の写真を撮って大旦那様に送って差し上げるというのはいかがでしょうか。陞爵のお祝いにお写真を送るとお伝えして、まだお送りできていませんし」

「いや、それは」

「もう何年も南部にお戻りになっておりませんし、大旦那様もお寂しく思っていらっしゃると思います。先日お手紙をいただきましたが、素晴らしいお方とご婚約をされたと喜んでおられましたよ」

「モニカ、オーレリアは事業を行っている関係で表に姿を公表していないんだ。写真なんて迷惑になるよ」

「ですが……」

ウォーレンの母に仕えていた女中頭という立場から、今でもウォーレンとは気やすい関係を築いているモニカだけれど、オーレリアが見る限り、最後は必ずウォーレンの意思を尊重している様子だった。

けれどこの時は、切なげに、少し苦しそうに言いつのろうとして、すぐに小さく首を左右に振った。

「――申し訳ありません。私のわがままで、オーレリア様まで困らせてしまいましたね」

そう言いながらしょんぼりと肩を落とすモニカに、オーレリアも眉尻を落とす。

会った回数は少ないけれど、ウォーレンとモニカの関係は、アリアやレオナと、ウィンハルト家の使用人たちのそれとは違うことは、見ていればわかる。

もっと距離が近くて、モニカが心からウォーレンやその家族を案じているのも伝わってきた。

「大旦那様というのは、ウォーレンのお祖父さまですよね」

「うん、南部の街のひとつを任されている、代官なんだ。俺はあれこれと理由をつけられて王都から出られなかったし、祖父は祖父で街の管理を任されているから、遠出するのは難しくて」

言葉を濁しているものの、ウォーレンの父は、彼を王都から出られないよう色々な手段を講じていると、以前聞いたことがある。

オーレリアと婚約をしたこととエレノアの口添えもあって、今はある程度自由に過ごしているけれど、今でも彼が王都から立ち去れないようにしているのだろう。

それはとりもなおさず、母方の親族である彼の祖父母に会う機会を奪っていることと同じではないだろうか。

「その、陞爵のお祝いの写真に私の姿が交じっているのは申し訳ないですので、それとは別に、二人で写真を撮るぐらいなら構わないのですが」

「オーレリア、でも」

「私が一緒で喜ばれるかは分かりませんが、きっと一枚でも、ウォーレンの写真が多い方が嬉しいと思いますし、その、余計なことかもしれませんが、遠くにいても生きて元気にしていると思えるのはとてもいいことだと思います」

「オーレリア。……うん、そうだね。本当にそうだ」

ウォーレンは少ししんみりと頷く。

「そのオーレリア、気持ちはすごく嬉しいんだけど、俺と一緒に写真に写るのは……」

言いかけて少し苦味の走った表情になり、ウォーレンはふっと視線をそらし、何事か思案するように暫し黙り込んで、次の言葉まで、少し間があった。

「モニカ、少し席を外してくれないか」

優しい声でそう告げると、モニカは一礼をして屋敷の中に入って行った。その背中を見送って、ウォーレンは気まずげにオーレリアに視線を向ける。

「その、オーレリアがそう言ってくれるのは、本当に、すごくありがたいんだ。けど、独身の女性にとって男と写真に写るのは、その……後の、縁談に差し支えることも多いんだ」

「えっ」

思わぬ言葉につい声が出てしまう。無意識にか、ウォーレンは手拭き用のクロスを手の中で弄んでいた。

「十年ぐらい前だと、婚約中に同じ肖像画に描かれるのはもう夫婦も同然という意味があったから、写真に対しても今でもそういう印象というか風潮が残っていて、特に上の世代には、妻に等しい相手だと思われることも多いんだ」

「そ、そうなんですね」

そんな常識があるとは知らずに焦ってしまう。

モニカも、オーレリアがそう言ったことでウォーレンとの関係が確固としたものだと思ってしまったのではないだろうか。

「それだと、ウォーレンにも迷惑がかかってしまいますよね」

自分はともかく、ウォーレンの立場では仮の婚約者を妻相当とみなされるのは、なかなか困ることになるかもしれない。

そうでなくても、元々お互いの利益があっての婚約である。ウォーレンと距離が近くなりすぎて少し踏み込み過ぎてしまったかもしれないと、反省がこみ上げてきた。

「あくまで上の世代のことだし、写真もどんどん一般的になってきて、最近は子どもの節目や記念日なんかに家族で写真を撮ることも増えてきたから、そんなに気にしなくてもいいかもしれないけど」

焦ったように言葉を続けるウォーレンを見つめていると、彼はやや斜めに逸らしていた目をまっすぐにこちらに向けた。

「オーレリアには迷惑をかけないようにするし、写真はあくまで祖父母に送る用途だけで使うから、もしよかったら、一緒に撮ってくれないかな」

「私で良いなら、全然構いません。あ、でも」

頷いた後、声を漏らしたオーレリアに対し、ウォーレンはとても真剣な表情だった。

「何か気になることがあるなら、何でも言ってほしい」

「いえ、もしよかったら写真を撮るとき、私の分も一枚いただけないかなと思って」

こちらの世界で写真が庶民でもある程度利用できるようになったのは、本当にこの数年のことで、オーレリアが子供の頃はまだまだ一般的とはいえず、公人が新聞用に撮影するといった用途で使われていた。

気軽な記念写真という概念すら存在しなかったけれど、もし両親の写真が一枚でも残っていたら、どれほど良かっただろうと思ってしまう。

今はこんなに近くにいるウォーレンも、いつか遠く離れた存在になってしまうかもしれない。

その時がきたら、もう声をかけることもできない存在になってしまっているだろう。

彼と過ごした時間を、ほんの一瞬切り取って手元に残すことができたらと、つい思ってしまった。

「その、費用はお支払いさせてもらいますので」

「いや、そんなことは全然気にしなくてもいいけど。俺はすごく助かるし、祖父も安心してくれると思うし!」

少し身を乗り出してそう言って、ウォーレンははっとしたように椅子に戻り、それから深々と、頭を下げた。

「その、じゃあ、よろしくお願いします」

「ええと、こちらこそ、よろしくお願いします」

なぜかお互いかしこまってそう言いあって、庭木の枝で羽を休めていたらしい小鳥の鳴き声と飛び立つ音で、顔を上げる。

「その、ビール、もう一杯どうかな」

「いただきます」

なんだか頬が熱くて、喉が渇いてしまった。

ありがたくビールを煽りながら、少しだけ鼓動が速くなっている気がして、もしかしたら酔っているのかもしれないと、今更ながらに思うオーレリアだった。