作品タイトル不明
7話 毒
王都へ向かう途上、空は急激に荒れた。
嵐の接近により進行は不可能と判断され、一行は近隣の領主館へと避難することになる。
その領主は、ルシエルドに近い派閥の一人だった。
だからこそ、その提案に疑いはなかった。
——少なくとも、その時までは。
◇
外は、ひどい雨だった
窓を打つ音が絶え間なく続き、
時折、雷が低く唸る。
屋敷の大広間だけが、別世界のように明るかった。
燭台の灯り。
整えられた食卓。
穏やかな笑顔を浮かべる領主。
アリステラは、静かに席に着く。
隣にはルシエルド。
正面には、この地の領主。
騎士たちも周囲に控え、形式通りの晩餐が始まる。
(……静かすぎる)
ふと、そんな違和感が胸をかすめた。
「お口に合えばよろしいのですが」
給仕が、丁寧に皿を差し出す。
温かい湯気が、ふわりと立ちのぼる。
恭しく頭を下げるその姿に、不審な点は見当たらない。
アリステラは、そっとスプーンを手に取る。
その瞬間。
隣で、わずかに空気が変わった。
ルシエルドの手が、止まっていた。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないほどの、微細な違和感。
(……今の)
アリステラは、視線だけで横を見る。
仮面の奥は読めない。
けれど、その沈黙が、妙に引っかかった。
スプーンを口に運ぼうとする。
その時だった。
「——待て」
低く、短い声。
次の瞬間——
ガシャン、と鋭い音が響いた。
アリステラの手元が、弾かれる。
皿が倒れ、中身が床へと飛び散る。
白い絨毯に、濃い色が滲んだ。
「……殿下?」
周囲がざわつく。
何が起きたのか、誰も理解できていない。
ルシエルドは、何も言わない。
ただ——床に落ちた料理を、じっと見ていた。
その視線が、わずかに鋭い。
(……毒?)
直感が、背筋を冷やす。
周囲がざわつく。
何が起きたのか、誰も理解できていない。
給仕が慌てて駆け寄る。
「すぐに新しいものを——」
「不要だ」
短く、切る。
その声には、逆らえない圧があった。
領主が、わずかに目を細めた。
「……何か、お気に召さなかったでしょうか」
穏やかな声。
だが、その奥に、ほんのわずかな棘が混じる。
ルシエルドは、答えない。
代わりに、静かに立ち上がる。
その動きは、いつもと変わらない。
——はずだった。
ふらり、と。
わずかに揺れた。
「……殿下?」
アリステラが思わず声を上げる。
ルシエルドは、何かを言おうとして——
そのまま、崩れ落ち床に倒れる。
周囲が一斉に動く。
「殿下!!」
「医者を呼べ!」
「何があった!?」
喧騒が、一気に広がる。
アリステラは、動けず、ただその光景を見ていた
(口にはしてない)
(なのに、なんで——)
床に広がる料理。
その一部が、ルシエルドの手に付着していた。
ほんのわずか。
だが、それで十分だったのだと、理解する。
(守ってくれた)
(私を——)
胸の奥が、強く締めつけられる。
ルシエルドは、動かず、仮面の奥は見えない。
生きているのかすら、分からない。
「……大丈夫です」
誰かが言う。
外の嵐は強さを増していた。
この不気味な夜のように。