作品タイトル不明
3話 あと少しだけ
「……レオ」
呼ばれた名に、男が振り向く。
一瞬だけ、何も分からない顔をして——
次の瞬間、目を見開いた。
「……リナ?」
驚きと、確信が入り混じった声。
そのまま、少しだけ駆け寄ってくる。
「なんだよ、来てたのか」
ほっとしたように笑うその顔に、胸がきゅっと締めつけられた。
(……ああ、やっぱり)
好きだ、と。
こんな時でも思ってしまう自分に、呆れそうになる。
「そっちこそ」
アリステラは、わざと軽く肩をすくめてみせた。
「見つからないかと思った」
「悪い、物資の確認に手間取ってさ。」
レオは少しだけ眉を寄せて、それからすぐに笑う。
「……探したんだぞ」
その一言が、思っていたよりもずっと重く胸に落ちた。
(探してくれた)
それだけで、こんなにも嬉しいなんて。
「大げさね」
誤魔化すように視線を逸らす。
けれど頬が緩むのは、どうしようもなかった。
「なんだよ、その顔」
「どんな顔よ」
「嬉しそうな顔」
ぴたり、と言葉が止まる。
レオはからかうでもなく、ただ当たり前のように言っただけなのに。
アリステラは小さく顔を背けた。
「……うるさい」
その声が思ったより弱くて、余計に恥ずかしくなる。
レオは少しだけ目を細めて、何も言わずに笑った。
「今日は、時間あるのか?」
歩きながら、ふと聞かれる。
「あるわよ」
答えてから、ほんの一瞬だけ言葉に詰まる。
(今日はまだ…)
(あと、少しだけ)
「どうせ暇でしょう。下っ端の、補給部隊員なんて」
「失礼なやつだな」
呆れたように言いながらも、レオの足取りは軽い。
いつも通りの距離。
いつも通りの会話。
それが、こんなにも心地いいなんて。
(これでいい)
(これで、いいの)
今だけは。
剣を交え、軽く息を弾ませて、
他愛ないことで笑って。
時間は、あっという間に過ぎていく。
「ほら、足止まってるぞ」
「止めてるの」
「言い訳が雑だな」
そんなやり取りすら、全部覚えていたくなる。
「どうした」
レオが、不思議そうに覗き込む。
その距離の近さに、思わず一歩引きそうになって——やめた。
(あと少しだけ)
(もう少しだけでいい)
(最後の日には必ずいう…だから)
「……何でもない」
小さく首を振る。
「そうか?」
「うん」
笑ってみせる。
ちゃんと、いつも通りに。
夕方の光が、ゆっくりと傾いていく。
影が長く伸びて、並んで歩く距離が少しだけ
近くなる。
「なあ」
「なに?」
「明日も来るか?」
軽い調子で聞かれた言葉に、胸がぎゅっと締まる。
(明日)
まだ、時間はあるけれど。
終わりが近づくのが、怖い。
「……どうしようかな」
わざと曖昧に返す。
するとレオは少しだけ眉を寄せて、
「来いよ」
と、短く言った。
その一言が、ずるいくらい真っ直ぐで
「それ……命令?」
「お願い」
即答だった。
思わず、笑ってしまう。
「仕方ないなぁ」
小さく息をつく。
「考えておく」
「考えるな」
「えー。横暴」
軽口を叩きながらも、胸の奥はじんわりと温かい。
(……もう少しだけ)
(本当に、あと少しだけいつもどおりに)
帰り際。
少しだけ立ち止まって、振り返る。
「じゃあね」
「おう」
当たり前みたいな別れの挨拶。
いつもと同じ。
でも今日は、それが少しだけ違って聞こえた。
(これも、あと何回)
代わりに、笑った。
「またね」
その言葉に、ほんの少しだけ願いを込めて。
レオは何も気づかず、軽く手を振る。
「明日な」
その一言に、胸がきゅっと痛む。
(……うん)
(また明日)
背を向けて歩き出す。
振り返らない。
(まだ、いい)
(まだ、言わなくていい)
(あと少しだけ)
沈みかけた夕日が、長く影を引いていた。
まるで、その時間を引き延ばすみたいに。