作品タイトル不明
27話 鎮火と新たな事実
——その半歩で、すべてが決まった。
振り下ろされる刃。
迫る炎。
だが——
ルシエルドは、止まらない。
かつて足を竦ませたその光景を、正面から踏み越える。
「遅いのは——どっちだ」
懐へ。
一気に間合いを潰す。
男の目が見開かれる。
「な——」
言葉にならないまま、男の身体が崩れた。
炎の爆ぜる音だけが広場に響いていた。
「リナ」
バルコニーからルシエルドが呟く。
「…助かった」
二人の視線が絡まる。
アリステラはしたり顔で笑った。
カツンと足音が響く。
「終わったか」
振り向けば、母カリスターラが剣を携えこちらへ歩み寄っていた。
「…お母様」
遅れて、父アルベルトが姿を見せた。
「…お父様も」
カリスターラは、ルシエルドを一瞥する。
「襲撃をかけた敵は、全て制圧済みだ」
「迅速な対応、感謝する。これで残りに集中できる」
短く言い切り、視線を前へ戻す。
「状況を把握したい。」
ルシエルドが、次に進もうとしたその時。
「まぁ、そう焦るな」
カリスターラが悠然と言う。
「……一つ、確認がある」
ルシエルドとアリステラに向ける威圧的な視線。
急に温度の変わった口調に二人は息を飲む。
(お母様……?何を——)
カリスターラはゆっくりと口を開く。
「互いの“正体”は、もう知っているのか?」
「…は?」
「…え?」
予想外の問いに二の句が継げない
「いや……アリステラが剣を持っている時点で、てっきり正体は明かしたものと思っていたが?」
その一言で、ようやく意味が繋がる。
「……お母様、レオのこと……知っていたの?」
「――クッ」
カリスターラが、肩を震わせる。
「ああ。……そうか、隠していたのだったな」
カリスターラは軽く目を細める。
「気づかぬものか?」
夫に視線を向ける。
「いつ気づいたんだ?」
アルベルトが口を挟む。
アリステラは、まだ信じられないように目を瞬かせた。
「……つい、さっき」
その言葉に二人は顔を見合わせた。
「だって…なぁ。婚約の話をした時」
カリスターラは苦笑いで夫を見る
「そうだ。大喜びすると思っていたのに、揃って死刑宣告でも受けたような顔をするものだからな」
アルベルトが呆れたように息を吐く。
「アルを止めるのに苦労したのよ。 『当人たちが嫌がっているのに、結婚など認められるか! アリーは嫁に出さん!』って」
くすりと笑う。
「実際、婚約解消も考えた。殿下を支える手など、他にもあるからな」
アリステラへ向ける視線は、厳しくも柔らかい。
「だが様子を見ていて分かった。——お互い、正体に気づいていないだけだと」
カリスターラが、堪えきれず笑う。
「気づくまで見守るつもりだったが……まさか結婚式当日までとはな」
アルベルトは肩をすくめた。
今度は、ルシエルドとアリステラが顔を見合わせた。
「……知らなかったのは、俺たちだけか」
くすりと笑みを残したまま、カリスターラは静かにルシエルドを見た。
その目には、確かな評価が宿っている。
「幼い頃、我が領で過ごした期間は短かったが」
カリスターラが静かに言う。
「身分を隠し、剣を握っていた頃から見ている。あの時は感情が顔に出すぎていた。だから言ったんだ。“仮面を心に付けろ”と。……それが、本当に仮面を着けて現れた時は予想外だったがな」
わずかに口元が緩む。
「王都へ戻った後の立ち振る舞いは見事だった。騎士を率いる姿も、王子としての顔もな。」
そこで、視線が鋭くなる。
「……だが肝心なものが見えていないようでは、まだ未熟だ」
ほんの僅か、間を置いて。
「……すぐ隣にいたものにすら気づけぬとはな」
ルシエルドの視線が、わずかに揺れた。
「狙われた王子だと分かっていて……受け入れてくださったのですか」
声がわずかに低くなる。
「ああ。襲撃の後だっただろう?」
アルベルトが続ける。
「王家が隠そうと、気づかぬわけがない」
カリスターラが頷く。
「後ろ盾の弱い王子——だから我々の所に来たのだろう」
その言葉に、アリステラの記憶が弾けた。
幼い頃リナの姿で、共に訓練していた。
いつの間にか消えた、騎士見習いの少年
「……あれが、レオ?」
アルベルトが目を見開く。
「気づいて近づいたわけではなかったのか」
——違う。
レオに声をかけたのは、偶然だった。
それなのに。
「……でも」
ぽつりと、零れる。
「惹かれるものがあったのかもしれない」
ルシエルドの視線が、わずかに揺れた。