作品タイトル不明
21話 混乱
「アリステラ様が、連れ去られました!」
アンナの声が、室内の空気を切り裂いた。
緊張が走る。
ルシエルドの視線が、まっすぐアンナを射抜く。
「……連れ去られただと」
アンナは震えを押さえ込み、手の中のものを差し出した。
「これが、残されていました」
小さな指輪。
ルシエルドの視線が、それに落ちる。
裏返された内側に刻まれた——ヴァルディスの家紋
「……ヴァルディスの印か」
「合図です」
「意味は」
「強制連行です」
「発生は」
「ほんの数分前かと」
ルシエルドの視線が、わずかに鋭くなる
「侵入経路は」
「不明です。ですが、部屋に乱れはありません」
「……内部犯行の可能性が高いな」
わずかな沈黙。
「城内を封鎖しろ」
側にいた部下に低く、命じる。
空気が一変する。
「出入口を押さえろ。侍女、護衛、全員の所在確認。本日付の配置変更者を最優先で洗え」
判断は早い。
「アンナ、お前はアリステラの動線、接触した人物、侍女の配置——すべて洗い出せ」
「情報はすべて私に集約する。重複は構わん、速さを優先しろ」
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
「承知いたしました」
「了解」
アンナと部下が同時に返事をする。
その直後——
轟音。
空気を裂く爆発音が、遠くから響いた。
床が、わずかに揺れる。
次いで、悲鳴。
「来賓の間の方向です!」
外から声が飛び込む。
ルシエルドの表情が、わずかに強張る
(……来賓)
国内外の要人が集まっている。
ここで何かあれば——
国そのものが揺らぐ。
(……だが)
ほんのわずかな逡巡。
すぐに、断ち切る。
「直ちに、来賓の警護に回れ」
「しかし殿下、アリステラ様が——」
「優先順位を違えるな」
低く、断じる。
「ここで来賓に被害が出れば、それこそ終わりだ」
言葉に、一切の揺らぎはない。
「爆発地点を確認、負傷者の救護。第二、第三の可能性も考慮しろ」
「はっ!」
部下たちが一斉に動き出す。
その指示を聞くなり、アンナは部屋を飛び出した。
(——人手が足りない)
城内は広い。
人も多い。爆破音で混乱が見える。
一刻の遅れが致命的になる。
再び、脇目も振らず逃げ惑う人を掻き分け
廊下を駆け抜ける。
向かう先は——
別棟に来賓が集まる場所。
辺境伯、そして側近のジョシュアがいるはずだ。
(動かせる人間は、全部使う)
アンナは走った。
◇
ルシエルドは、静かに息を吐いた。
(……分かっている)
これは、陽動だ。
誘拐と同時に起きた爆発。
偶然であるはずがない。
そこでふと、疑念が沸く。
この規模の動き。これは、王妃のみの犯行かなのか。
——その時更に
――二度目の爆発音。
先ほどよりも、近い。
揺れが大きい。
「……ちっ」
舌打ちが、わずかに漏れる。
「殿下!」
残っていた部下の声に
「全員行け!爆発現場に急げ!」
短く言い切る。
誰も異議は唱えなかった。
足音が遠ざかっていく。
室内に残るのは、わずかな静寂。
そして。
ルシエルドは、ゆっくりと顔を上げた。
(……アリステラ)
懐に収めた指輪の感触。
あれは“残されたもの”ではない。
――“託されたもの”だ。
「……必ず、見つける」
誰に聞かせるでもなく、低く呟く。
ルシエルドは立ち上がり、歩き出した。
向かう先は、爆発とは逆方向。
(痕跡は、まだ消えていない——今なら追える)
王城は、すでに戦場へと変わりつつあった。