作品タイトル不明
19話 見せかけの平穏
ヴァルディスの護衛騎士たちは、王都到着とともに帰路についた。
見慣れた顔ぶれが消え、わずかな心細さが残る。
それでも——
王都での日々は、忙しさに満ちていた。
ドレスの衣装合わせ、しきたりや来賓の確認など、式の準備。
さらには挨拶回りも重なり、予定は途切れることなく押し寄せる。
息をつく暇もない。
なのに——
(……静かすぎる)
何か怪しい動きは無いか、敵か味方か。
毒の件もあり、当初はあらゆるものに気を張っていた。
顔を合わせる相手。
提供される飲み物。
出入りする侍女。
護衛の配置、交代の間隔。
すべてを、見ていた。
それでも、何も起きない。
あれほど警戒していたはずの“何か”が、
まるで最初から存在しなかったかのように。
だからこそ、胸の奥に言葉にならない違和感が沈む。
◇
登城したその日のうちに、謁見が執り行われた。
病弱ゆえ社交の場から遠ざけられてきたアリステラにとって、国王と王妃を目にするのは、これが初めてだった。
威厳を湛えた国王が控え、その隣に――王妃が座している。
ただそこに在るだけで、場の空気を支配していた。
「遠路、よく参りましたね、アリステラ」
微笑みは崩れない。
王妃としての品格と優雅さが、自然と滲み出ている。
「どうかルシエルドと力を合わせ、この国のために尽くしてくださることを期待していますよ」
穏やかな声音、誰が見ても理想的な王妃の姿。
だがそこには、逆らうことを許さない響きがあった。
一瞬——視線の奥に、温度のない光が宿る。
普通の令嬢なら見逃してしまう、僅かな変化。
ほんの一瞬。
けれど、確かに。
(……見られている)
あの時の感覚が、消えない。
◇
「殿下は本日もお戻りが遅くなるとのことです」
予定の合間を縫ってルシエルドのもとを訪ねる。
だが――返ってきたのは、何度目かも分からない同じ報せだった。
(また、会えなかった)
ルシエルドは、結婚式に向けた警備強化を表向きの理由として、王城内外を駆けていた。
その動きは、単なる備えではなく、
自らの存在を誇示し、王妃派を牽制するため。
そして何より、不穏な兆しを一つも見逃さぬためだと聞いた。
集められた情報は、すべて彼のもとへ届くという。
胸の奥に、わずかにざわつく。
守られているのは、分かっている。
それでも——
(顔を見ていない。殿下のお体は大丈夫だろうか)
何も出来ないもどかしさと不安が募る。
不意に
(……レオ)
別の、姿が過ぎる。
彼もまた、ルシエルドの配下として忙しくしているはずだ…
(だめだ、レオの事は考えるな)
ここは王都だ。
感情に流される場所ではないと、自身を律する。
(今は、自分の役割を全うしないと)
前を向き、姿勢を正して歩く。
ヴァルディスの名を背負う者として、ルシエルドの隣に立つ者として侮られてはいけない。
——隙は、見せない。
◇
廊下を進む。
すれ違う視線。
ひそやかな囁き。
整いすぎた静けさ。
その中で——
一瞬、鋭い視線を感じた。
振り返る。
侍女が一人、
何事もないように、頭を下げて通り過ぎていく。
(気のせい……?)
さらに、歩みを進めた先に、護衛が一人立っていた。
見覚えのある顔。
だが——
(配置が、違う)
昨日は、反対側にいたはずだ。
「配置換えがあったの?」
何気なく問う。
「……ええ、本日より」
わずかに、間があった。
それが、妙に引っかかる。
(誰の指示?)
問いかける前に、侍女の声がかかる。
「アリステラ様、こちらへ」
案内されたのは、見慣れない回廊。
(……嫌な気配)
周囲に意識を巡らす。
壁、窓、曲がり角。
逃げ道と死角を、反射的に測る。
足は止めない。
視線も、揺らさない。
「この後のご予定についてですが…」
呼びかけに、ゆるやかに頷く。
(気配が消えた?考えすぎ?)
そう結論づけた。
その判断が、どれほど危ういものかも知らずに。