軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話 噛み合う呼吸、揺れる距離

「護衛を務めます。私はレオと申します」

鋭い視線が、『リナ』へと向けられる。

その一瞬だけで、空気が引き締まった。

身代わり令嬢としての芝居は、もう始まっている。

レオは視線を外さないまま、淡々と口を開く。

作戦の流れ、動線、合流地点、万が一の対応。

一切の無駄がない説明だった。

「――以上になります。“アリステラ様”、何かご質問は」

「……“アリステラ様”?」

はっと、顔を上げる。

その呼び方に、思考が一瞬止まる。

(……今、)

本来の名を、“彼の口から”呼ばれた衝撃。

頭の奥が、白くなる。

「……失礼いたしました。問題ありませんわ。よく理解できました」

わずかに間を置きながらも、令嬢として応じる。

「アリステラ様は、無理をなさっているように見える。先に馬車の手配を――」

レオは視線を切り、他の護衛へ指示を飛ばす。

「私は後から合流する。準備が整い次第、案内する」

護衛たちが一礼し、静かに退出した。

――扉が閉まる。

二人の間に沈黙が落ちる

その空間に、言葉にならない“探る気配”が入り込む。

(……見られてる)

じっと、値踏みするような視線。

(……疑われてる?)

胸の奥が、わずかにざわつく。

(まさか……私がアリステラだと?)

いや、それはない。

ここでは“リナがアリステラを装っている”のは共通認識のはず。

――それでも。

何かが、引っかかっているような目だった。

先に口を開いたのは、レオだった。

「何、ボケっとしてんだ」

いつもの、軽い調子。

「ご令嬢の振りなんて、似合わないことしてるからだ」

一気に空気が緩む。

「……何よ。こんなに綺麗にしてもらったのに、似合わないなんて失礼なんだけど」

思わず言い返す。

いつもの調子で。

ほんの少しだけ、安心してしまう。

「いや……そういう意味じゃねぇけど」

レオは言い淀み、視線を逸らした。

どこか、歯切れが悪い。

(……何?)

違和感が、胸に残る。

その時。

――コン、と扉が叩かれた。

「準備整いました」

空気が、切り替わる。

レオにエスコートされ、馬車へ乗り込む。

横目で、馬上のルシエルドの後ろ姿を確認する。

揺るがない背、迷いのない姿勢。

(……大丈夫)

そう、思い込むように視線を戻す。

隊列は、静かに動き出した。

その宿は、大通りの中心にあった。

人の出入りが激しく、雑多な気配に満ちている。

紛れるには、最適。

同時に――仕掛けるにも。

アリステラは部屋に通され、静かに待機する。

護衛が時折確認に来る。

そのたびに、令嬢として応じる。

呼吸、仕草、視線。

すべてを“演じる”。

(……来るなら、今夜か)

日が沈みきる頃。

わずかな違和感が、空気に混じった。

焦げた匂い。

最初は、ほんのかすかだった。

それが——次の瞬間には、廊下の奥から黒煙となって押し寄せてくる。

「火事!?」

誰かの叫び声。

ざわめきが、一気に広がる。

使用人が走る、客が押し合う、足音と悲鳴が混ざり合う。

アリステラは部屋を飛び出した。

目前に広がる炎に驚く。

(……早すぎる)

眉をひそめた。

火の回りが、不自然だ。

まるで——

(誘導してる?)

「……こっちだ」

振り向くと、レオがすぐ近くにいた。

「人の流れに乗るな。潰される」

短く言うと、そのまま腕を引く。

「待って、あの子が——」

視界の端で、足をもつらせた少女へ向け、アリステラは反射的に踏み出した。

「……ちっ」

舌打ちひとつ。

レオも同時に動く。

二人で少女を引き起こす。

「外へ出ろ。振り返るな」

強く言い切る。

少女が頷き、走っていく。

その背を確認する間もなく——

風を切る音。

(来た)

アリステラが身をひねる。

次の瞬間、短剣が壁に突き刺さった。

レオの声が低く落ちる。

「…やはり、来たか」

煙の向こうに、いくつもの気配が揺れる。

「火事は目くらましね」

「だろうな」

短い応答。

言葉の温度が、すでに戦闘のそれに変わっている。

「見える?」

「いや」

「……同じね」

視界はほぼ死んでいる。

煙と炎で、輪郭すら曖昧だ。

煙が喉に絡む。

息を浅くする。

このままでは、長くはもたない。

裾を絞ったとはいえ、ドレスでは踏み込みも制限される。

剣を振り回す余地はない。

(——なら)

(読む)

(音は拾える)

(気配も流れも)

一歩、ずれる。

背中合わせ。

距離が、ぴたりと合う。

「右、三歩」

低く、最短の指示。

次の瞬間——

レオが迷いなく踏み込む。

金属音。

火花。

一人、崩れる。

(速い)

迷いがない。

レオは、指示を“考えずに”反射で動いている。

(この人なら——分かってくれる)

風を切る音。

アリステラは半歩だけ身を引き、

自分に向けられた刃を“外す”

「左、近い!」

レオが即座に反応する。

刃が振り抜かれ、敵が崩れる。

(……役割が噛み合ってる)

自分は避けるだけでいい。

引きつけて、ずらして、流す。

その一瞬の“隙”を——レオが仕留める。

「後ろ、来る!」

振り向かない。

言葉だけでいい。

レオが一歩引き、反転。

刃が弾かれ、敵の体勢が崩れる。

そこへ——一閃。

倒れる。

(見えてないのに)

(全部、合ってる)

胸の奥が、高鳴る。

「上!」

レオの声がした次の瞬間。

天井の梁が焼け落ち、炎と共に、降ってくる。

煙で、視界がわずかに乱れる。

「——っ!」

避けきれない——そう思った瞬間。

強く腕を引かれ、身体が引き寄せられた。

――レオの腕の中に抱き込まれる

自分を庇うように、覆いかぶさる影。

直後に轟音。

焼けた木片が、すぐ横に叩きつけられる。

熱風が、頬を撫でた。

(……っ)

息が、詰まる。

距離が——近い。

胸板の硬さ。

腕の力。

押さえつけられるような体勢。

一瞬が、やけに長く感じる。

「怪我は」

低い声が、すぐ近くで落ちた。

「……ないわ」

かすれる声で答える。

レオは、すぐに腕を離した。

何事もなかったかのように。

「なら、動け」

それだけ言う。

(……今の)

庇った。

迷いなく。

胸の奥が、ざわつく。

その隙を——敵は逃さなかった。

煙の奥から、同時に複数の気配。

(囲まれた)

「下がってろ」

レオが一歩、前へ出る。

「嫌よ」

一瞬の沈黙。

「……勝手にしろ」

低く吐き捨てる。

それでも、その立ち位置は——わずかに前。

庇う位置のまま。

(……もう)

口元が、わずかに緩みそうになるのを抑える。

煙の向こうで、気配が増える。

「右、二人。詰めてる」

「了解」

アリステラは動かない。

代わりに——敵を“呼ぶ”。

わざと足音を鳴らす。

気配を見せる。

一人が食いつく。

(来た)

紙一重でかわす。

ドレスの裾が掠める。

「今!」

レオが踏み込み、一閃。

崩れる。

もう一人。

同じように誘導し、外し、斬る。

炎の中。

煙の中。

見えない戦場で——

二人の動きだけが、噛み合っている

最後の一人が、膝をついた。

残るのは、炎の音だけ。

「……終わりか」

レオが息を吐く。

アリステラは、ゆっくりと視線を上げた。

(……見られてた)

戦いの最中でも消えなかった、あの視線。

確かに、何かを探っている。

(でも)

敵を見る目ではない。

それも、分かる。

煙の向こう。

炎に照らされた横顔。

胸の奥が、わずかに揺れた。

(……どうして)

あんな風に、迷いなく動けるのか。