軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話 偽りの令嬢

部屋は静かだった。

外の喧騒が、遠くにぼやけている。

鏡の前に座りながら、アリステラ——“リナ”は自分の姿を見つめていた。

整えられた髪。

控えめだが質の良いドレス。

背筋は伸び、視線は落としすぎず、上げすぎない。

“アリステラ”ほど完璧ではいけない。

それでいて、貴族の令嬢を“演じている”と分かる所作。

辺境伯令嬢としての自分とも違う。

“リナ”としての自分とも、まるで違う。

目指すのは——

“どこにでもいる貴族令嬢”。

(……これでいい)

小さく、息を吐いた。

「……え?」

アンナが、固まっていた。

「え?い、今なんとおっしゃいましたか?」

「だから、私が“身代わり”になるの」

さらりと告げる。

次の瞬間、アンナは両手で頭を抱えた。

「お嬢様!?それ、逆です!!普通は“リナを身代わりにする”んです!!」

「だから、そうするのよ」

「違います!!そうじゃなくて!!」

珍しく声を荒げるアンナに、少しだけ苦笑がこぼれる。

「お嬢様が、お嬢様の身代わりになったら……それ、身代わりじゃないんです。ただのご本人登場です!」

必死な声音。

胸が、少しだけ痛む。

「分かってるわ」

やわらかく返す。

「でも、この先——殿下と並ぶなら」

一度、言葉を区切る。

「いつまでも守られているだけじゃ、だめでしょう?」

その一言に、アンナはぐっと言葉を詰まらせた。

「……それは、そうかもしれませんけど……」

納得しかけて、すぐに首を振る。

「だからって、こんな危ない真似……!」

「お願い、アンナ」

少しだけ声を落とす。

「今回は、私にやらせて」

真っ直ぐに見つめる。

その視線に、アンナはしばらく耐え——

やがて、観念したように大きく息を吐いた。

「……本当に、無茶ばかりなさいますね」

ぼやきながらも、袖をまくる。

「ですが、やるからには徹底しますよ」

そして、じっと見据えた。

「いつもの装いでは、あまりにも“アリステラ様”になります」

「……そうね?」

「ええ。ですから——」

わずかに口元を引き締める。

「“リナを令嬢に変装させる”形にします。変装に変装、ですね……言っていて混乱してきました」

その言葉に、思わず小さく笑みがこぼれる。

「アンナ、あなたがいて心強いわ。ありがとう」

「……今さらです」

ぶっきらぼうに返しながらも、その手は迷いなく動き出した。

すべての準備は整い、後は護衛の合流を待つだけだった。

(……任務に集中しないと)

そう思うのに。

胸の奥が、落ち着かない。

(来るわけ、ないのに)

否定しようとしても、期待が消えない。

——コン、と扉が叩かれる。

「失礼する」

その瞬間、その声に心臓が大きく跳ねた。

(……うそ)

扉が開く。

護衛の男たちが、数名。

その先頭に。

(……いた)

一瞬で、呼吸が浅くなる。

見間違えるはずがない。

何度も思い出した、その姿。

ほんのわずかに——

安堵にも似た感情が、胸をよぎる。

——レオ。

思考が、白く途切れる。

けれど。

ここで崩れるわけにはいかない。

ゆっくりと、顔を上げる。

“アリステラを演じる身代わり”として。

ふと、目が合う。

胸の奥が、ざわついた。

(落ち着いて)

これは任務だ。

敵を誘い出すための、役割。

——それだけ。

そう言い聞かせるのに。

どうしても。

視線が、逸らせなかった。