作品タイトル不明
15話 身代わり
あの嵐が嘘のように、快晴な日々が続いた。
道中、懸念された敵襲も無く
隊列は、順調に王都へ近づいていく。
◇
「ルシエルド殿下って、本当にお嬢様を気にかけていらっしゃいますよね」
昼食に立ち寄った店の個室で、食後のお茶を口にしていたアリステラに、アンナが穏やかに言った。
「初めてお見かけした時は、仮面に騎士団長の威圧もあって……正直、怖い方だと思っていたんです」
「ええ、分かるわ」
自然と頷く。
「でも、休憩のたびに確認なさるんです。お嬢様の体調はどうか、疲れていないか、無理をしていないかと」
その言葉に、胸の奥がわずかに痛む。
——“病弱な令嬢”だからこその気遣い。
本来の自分は、野営もこなせるほどの体力がある。
それでも今は、その偽りを守らなければならない。
(……いずれ、伝えないと)
婚姻を終え、すべてが落ち着いた後に。
ふと、仮面の奥の姿を思い浮かべる。
(殿下は……どうして、あの仮面を)
理由は知らない。
けれど、あの人もまた——何かを隠している。
「殿下の優しさやお気遣いは、きちんと伝わってくるわ。だからこそ……申し訳なく思うのよ」
本日の食事も、安全を考慮して用意された個室だった。
華やかな振る舞いや、洗練されたエスコートはない。
けれど、実直で飾らず、ただまっすぐに向けられる配慮。
それが、日ごとに心に残っていく。
別の姿が、重なる。
レオは、もっと感情のままに動く人だった。
軽口ばかりで、自由で、掴みどころがない。
けれど——
(……似ている)
不器用なほど、まっすぐなところが。
気づいてしまって、わずかに息が詰まる。
(違う人なのに)
視線を落とす。
(忘れなければ、いけないのに)
何気ない瞬間に、すぐに思い出してしまう。
「結局のところ……」
小さく、零す。
「芯の似た人に、惹かれるのかもしれないわね」
その呟きは、誰に届くこともなく消えた。
——コンコン
扉が叩かれる。
「食事は終わったか」
低く、抑えられた声。
顔を上げると、そこにいるのはルシエルドだった。
「ええ、おいしくいただきましたわ」
立ち上がり、視線を合わせる。
(……高い)
ほんのわずかに見上げる角度。
(レオより、少し高い)
そんなことを思った自分に、小さく苦笑する。
「少し気になる報告が入った。護衛も含め、共有する」
ルシエルドは慣れた動作で左腕を差し出した。
そのまま、アリステラを庇うように廊下側へ立つ。
(……左側)
不意に、以前レオに手を引かれた時とは逆だと思った。
◇
案内された別室には、すでにジョシュアと数名の側近が揃っていた。
「アリステラ様。辺境伯より連絡が」
ジョシュアが差し出した報告書。
「次の宿泊予定地に、不穏な動きがあるとのことです」
「すでに先行させた部隊が確認に入っている」
ルシエルドが続ける。
感情を交えない、簡潔な説明。
「相手の出方が読めない。ゆえに——貴女には別の宿へ移ってもらう」
静かながら、決定事項として告げられる。
数キロ先に手配された別宿。
使用人の姿で移動し、存在を伏せる。
護衛は厳選し、極力目立たないようにする。
すべては——アリステラを守るための算段。
(……また)
胸の奥に、わずかな違和感が灯る。
(私は、守られるだけでいいの?)
その問いが、消えない。
「当初の宿には、私が向かう」
ルシエルドの声が落ちる。
「貴女の身代わりを立てる。敵の狙いはそちらに向くはずだ」
——身代わり。
その言葉が、胸に引っかかった瞬間。
「その役目、私の護衛が務めます」
気づけば、口にしていた。
「リナという者を」
場の空気が、わずかに揺れる。
「……っ、アリステラ様、それは——」
ジョシュアの動揺した声。
「口出しは無用です」
静かに、だがはっきりと遮る。
視線を逸らさない。
「そのリナという者では、務まらぬのか」
ルシエルドの試すようなその問いは、あくまで冷静だった。
「いえ……そのようなことは」
否定するしかない。
ジョシュアは、唇を引き結ぶ。
「彼女の実力は、私が保証いたします」
その言葉に、迷いはない。
もう、誰も止められなかった。
——短い沈黙
「……いいだろう」
低く、決断が下される。
「ただし」
わずかに声の温度が変わる。
「護衛は、こちらで指定する。それが条件だ」
視線が、真っ直ぐに交差する。
「承知いたしました」
アリステラは、迷わず頷いた。