作品タイトル不明
14話 嵐の前の静けさ
それからのルシエルドの手腕は、さすがとしか言いようのないものだった。
「殿下、かなり重症らしいじゃないか……」
「聞いた話では、立ち上がれないとか」
「私は、目が見えなくなったと聞いたわ」
館の片隅。
騎士だけでなく、メイドや下働きの者たちまでもが、ひそひそと囁き合う。
誰かが零した“ここだけの話”は、瞬く間に広がり——
気づけば、館全体がその噂に包まれていた。
アリステラの警備は、これまで以上に厳重なものとなり、部屋から出ることも叶わない日々が続く。
——そんな夜のことだった。
ルシエルドの部屋が、襲撃された。
厳重に警備されていたはずの部屋。
だが、その守りの“わずかな綻び”を突かれたという。
もっとも——
結果は、あまりにも呆気なかった。
侵入者は瞬く間に捕縛され、
そこから芋づる式に、領主へと辿り着く。
隠されていた不正も、すべて白日の下に晒された。
——すべては、ルシエルドの読み通りに。
(……いざとなれば、私も戦う)
あの日に固めた決意は——
肩透かしを食らったように、出番を失った。
◇
「何か気になるのか、アリステラ」
出発の馬車へ乗り込もうとした、その時。
不意に、横から声がかかる。
振り向けば、すぐ傍にルシエルドの姿。
「……え?」
一瞬、返事が遅れる。
「やけに周囲を気にしていた」
その言葉に、はっとした。
——無意識のうちに、探していた。
(……レオ)
胸の奥に、小さな痛みが走る。
「失礼いたしました。ご心配には及びませんわ」
何事もなかったかのように、微笑みで誤魔化す。
それ以上、踏み込ませないように。
「……そうか」
短く返しながらも、ルシエルドの視線はわずかに鋭い。
しかし、追及はしない。
「だが——些細なことでも、気になれば必ず言え」
ルシエルドは、まっすぐにアリステラを見つめた。
その眼差しには、迷いも揺らぎもない。
「貴女は、私が守る」
飾り気のない声音。
だからこそ、まっすぐに胸へと届く。
「……ありがとうございます」
自然と、言葉がこぼれた。
馬車に乗り込む。
窓越しに見えるのは、馬上のルシエルド。
背筋を伸ばし、無駄のない所作で隊列を率いている。
——武骨で、愛想のない婚約者。
けれど。
冷静で、的確で。
確かに——守ろうとしてくれる人。
(……この人となら)
ふと、そんな思いがよぎる。
(良い夫婦になれるのかもしれない)
胸の奥に、ほんのりと温かなものが広がった。
そして——
きっと、こうして。
初恋は、思い出になっていく。
隊列は、静かに動き出した。
王都へ向けて。
少しずつ。
この人の妻となる日が、近づいていく。