軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11話 抑えきれないその感情は

人の気配が、完全に消えたあとも。

レオは、しばらくその場から動けなかった。

遠ざかっていく足音。

もう、とっくに聞こえない。

それでも――

視線だけが、廊下の先を追っていた。

低く、息を吐く。

頭の中で、さっきの光景が繰り返される。

あの男。

ジョシュア、と呼ばれていた。

距離。声。触れ方。

(……近すぎる)

奥歯が、軋む。

『私……結婚するの』

あの日の声が、蘇る。

(……まさか)

(あいつが——?)

胸の奥で、何かが弾けた。

ガシャン、と鈍い音が響く。

衝動のまま、足元の椅子を蹴り飛ばしていた。

(……何だよ、それ)

拳を握る。

ふと、思い出す。

『ごめんなさい……』

——あの顔。

「……っ」

膝から、力が抜ける。

その場に、崩れるようにしゃがみ込む。

(違う、これは——)

必死に、言い聞かせる。

(警戒だ)

(あいつが怪しいから——)

「……違うだろ」

自分で、否定する。

逃げ場が、ない。

だから——

目を閉じる。

意識が、過去へと沈む。

―いつからだっただろう、辺境伯領に立ち寄るのが楽しみになった。

最初は、ただの気まぐれだった。

その日も、いつもと同じように庭を横切り演習場に向かっていた。

「ねえ」

呼び止められた。

振り返ると、そこにいたのは——

小柄な娘。

庭師の孫だと、あとで聞いた。

「時間ある?」

開口一番、それだった。

「……は?」

思わず、間の抜けた声が出る。

「剣、教えてほしいの」

あまりにも真っ直ぐな言葉に、少しだけ眉をひそめる。

「騎士様でしょ?

手加減くらい、できるわよね?」

挑発とも取れるその言い方に、口元がわずかに歪む。

(面白い)

「いいぞ」

気づけば、そう答えていた。

最初は、軽く流すつもりだった。

だが。

(……なんだ、こいつ)

数合、打ち合っただけで分かる。

筋がいい。

ただ振り回しているだけじゃない。

踏み込み、重心、間合いは、素人のそれじゃない。

辺境伯の屋敷では、使用人にも最低限の護身は教え込まれると聞いていた。

(それにしても——)

一歩、踏み込む。

わずかに角度を変える。

それにも、ついてくる

予測しているような動き。

(反応が早い、悪くない)

思わず、そう思っていた。

それからも、何度か顔を合わせた。

遠征の帰路、騎士団は辺境の現状確認を兼ねて辺境伯領へ立ち寄るのが常だった

用も無いのに、庭を通る。

いない日もある。

(……今日はいないのか)

そう思う自分に、わずかに違和感を覚えながら。

「遅い!」

不意に、後ろから声が飛ぶ。

振り向けば、探していた顔があった。

「待たせすぎ」

腕を組んで、ふてくされたように立っている。

(……待ってたのか)

口には出さない。

「来るって言ってないだろ」

「でも来たじゃない」

調子は狂うが、悪くない

そう思う自分がいた。

ある日のこと。

稽古を終えて、水を飲んでいた時だ。

「お前」

背後からの、低い声に振り向く。

そこに立っていたのは、庭師の男。

——ダンと呼ばれていた。

年季の入った体。

ただの庭師ではないのは、一目で分かる。

「リナに近づくな、とは言わん」

低く、静かな声。

「遊びで関わるなら、やめておけ」

その視線は、鋭かった。

「……別に、そんなつもりは——」

「分かってるならいい」

ダンは言葉を遮り、じっとこちらを見たあと

「それだけだ」

そう言って、去っていった。

その背を見送りながら

ふと、思う。

(……面倒なのに絡まれたな)

それでも、足は、自然と庭の方へ向かった。

その時はまだ、

それが“何か”になるなんて、思ってもいなかった。

―――パン

乾いた音が、室内に響く。

レオは、自分の頬を叩いた。

「……しっかりしろ」

低く、自分に言い聞かせる。

「……やることがあるだろ」

そう言い、立ち上がる。

(あいつは怪しい)

戦闘時の動き、判断、

そして、あの目。

(単なる庭師の孫じゃない)

思考を、無理やり切り替える

(調べる必要がある)

ジョシュアの顔がよぎる。

一瞬、また胸がざわつく

「……チッ」

振り払う、

そのはずなのに。

『……無理しないでね』

あの声。

あの顔。

それが、いつまで経っても消えない。

「……なんだよ」

小さく、呟く。

レオは、ようやく歩き出した。