作品タイトル不明
第9話 ここから始まるラブコメディ
校舎裏に現れる眞白。
眞白の登場で空気はピンと張り詰め、凄まじい緊張感が漂っていた。
「あなたたちが兼助を連れて校舎裏に行くのが見えたから、気になって後をつけてきたのだけれど……本当に醜いわね」
眞白が三年生たちに正対する。
「釣り合ってないだとか身の程をわきまえろだとか、どの口が言っているのよ。それを兼助に言う権利をあなたたちはなぜ持っていると勘違いしているの? どうしたらそこまで無根拠に自意識を高く積み上げることが出来るの? ――まぁ、別に一切、これっぽっちも微塵も興味はないのだけれど。無論、あなたたち自身にもね」
ここ最近のフォームを崩した眞白の姿はどこにもない。
まさにこれまでの、他を寄せ付けない女王様そのものだ。
「――私は、陰でネチネチとしょうもないことを言う輩が大嫌いよ。私は、徒党を組んで一個人をいたぶろうとする卑怯者が大嫌いよ。つまり、あなたたちのようなクソ野郎が大嫌いよ」
眞白のあまりに鋭利な言葉に、冷や汗が止まらない三年生たち。
眞白はさらにもう一歩踏み出し、彼らを睨みつけて言い放った。
「その点、そこの臆病者で変態で、シンプルに卑怯者な兼助の方がまだマシよ。まだ、マシよ」
・・・。
「……え、悪態のみで構成されたフォローって何?」
フォローされた気がしないんですが。
「というかね……というかねぇ! 私は腹を立てているのよ……もはやすべてに。この世の……すべてに!!」
「眞白⁉」
「何なのよ私がこの男と付き合ってるって! 一体全体どういうふざけ方をしているの⁉ 名誉棄損よ名誉棄損!」
「たった今俺のことを名誉棄損してますけど……」
「うるさいわね変態! しばらく黙ってスクワッドしてなさい!」
なんで黙って肉体改造を……。
「もうどうしていいのかわからないのよ……どうすればいいのかわからないのよ! 今まで私に黙って頷くだけだった忠犬が、急に言葉を覚えて弱いところを突き始めたのよ⁉ 普通に蹴散らせばいいだけなのに、どうしてなのか力が出ない……悪口が出てこない。何なの? 私、おかしくなっちゃったの? どうかしちゃったの⁉」
「どうかしてるのはお前だ!」
三年生たちは完全に置いてかれていた。
そんなのお構いなしに、眞白は我を忘れて続ける。
「こっちは全然頭の処理が追い付いていないのに、この馬鹿兼助は調子に乗って一丁前に攻めてきて……私はね、兼助より少しだけ恨みつらみは劣るけれど、こんな私自身にも苛立っているのよ。急にコントロールを失った見知らぬ自分にも、激しく苛立っているのよ!」
眞白の奴、ただただ毒吐いてるだけだな……。
「えっと……な、何の話?」
「どうする? 聞いてあげる?」
「いや、でもな……」
「あれ、現国の課題出したっけ」
「弁当残しておいたのに……」
吹っ掛けてきた三年生は逆に毒気を抜かれていた。
「どうしたらいいの……もう何もかもわからない……私が私じゃなくなる……」
「ま、眞白……」
「……とはいえ、私は私なのだけれど」
「どっちなんだよ」
「私が私を完全に見失うことはありえないわ。だって私は上黒川眞白だもの。それが絶対で不変の事実だわ」
「そ、そうですか……」
「……こほん。とにかく、私は今混乱しているの。だ、だから……えっと……」
徐々に我に返り始めた眞白が、目の前で困惑している三年生たちに気が付いた。
「そ、その……つまり……」
眞白は咳ばらいをすると、彼らを見て言った。
「兼助が私にふさわしくないと言う権利があるのは、兼助を罵倒する権利があるのは――私だけよ。身の程をわきまえて去りなさい」
校舎裏に、眞白の透き通った声が響き渡った。
感動した……というわけでもなく、
「……って、罵倒する権利はないだろ、眞白に」
「はぁ? 何を言っているの? 馬鹿なの? いや、馬鹿だったわ。馬鹿ね。馬鹿」
「勝手に自己完結するな」
「いちいちうるさいわね……」
「うるさいのは眞白だ。大人しいと思ったら、貯めてた毒をなりふり構わず吐き出して……」
「だ、誰のせいだと思っているの?」
「眞白だろ? 俺を散々煽った」
「っ! け、兼助よ! け、兼助……なんだから……」
「意気地なしとか、押し倒す度胸が無いとか言ったのは誰だ?」
「うぐっ」
「眞白が意地を張らなかったら、何も起こらなかったのに……」
「う、嘘つくのはやめなさい。ど、どうせ兼助は私に欲情して……す、する気満々だったくせに……」
「は、はぁ⁉ それはおまっ……ばっかお前。俺は自分の地位を向上するために……」
「……最低だわ。そうやって正当化して、私に欲望を吐き出して……」
「そ、それを言うなら眞白だって、二回目はむしろ途中から乗り気に……」
「なな何を言っているの⁉ 私が兼助なんかに欲情するわけが……!」
と、途中で気が付いた。
「「「「「「「……………………」」」」」」」
この場にいるのは、俺と眞白だけじゃないということを。
「くっそぉ……無視されるどころか、全否定されるどころか、目の前でイチャイチャを見せつけられるなんてぇ……生殺しだ。生殺しだぁ!!!」
一番ガタイのいい、ゴリラ先輩が泣きながら殴り掛かってくる。
「しねぇ! しねしねしねぇ! しっねぇえええええ!!!」
「雑なアクション展開だーーーーー!!!」
咄嗟に眞白の前に立ち、拳を受け止める体勢をとる。
しかし、トレーニングなど全くしていない俺は……。
「ぶへぇっ!!!!!」
普通に顔面を殴られた。
軽く後方に殴り飛ばされる。
「よくやった五里」
「一発くらい、神様は許してくれるに違いない……」
「俺たちが受けた精神攻撃に比べたら優しいもんだ」
「二個下の後輩だ……これくらいにしてやる……」
「うぅ……失恋より衝撃が強いぃ……」
「……早く現国の課題出しに行こ」
「弁当食べよう……」
三年生たちがとぼとぼと立ち去っていく。
どうやら気が済んだらしい。
……ただ。
「なんで殴られたんだよ俺……」
「……ぷっ」
「笑うな眞白!!」
こんなのある意味、殴られ損だ……。
――夕方。
眞白と並んで帰る。
「いってぇ……」
「一応形式的に聞いてあげるけれど、大丈夫?」
「前半時点で台無しすぎる」
「そう? 私にしては大サービスなのだけれど」
確かに、残念ながらその通りではあるけど。
あの後、保健室に行き応急処置をしてもらった。
分かりやすく顔にガーゼや絆創膏を貼ってもらったため、喧嘩した不良みたいになってしまった。そんな柄じゃないのに。
「でも……ま、ありがとな」
「な、何よ急に」
「なんだかんだで保健室までついてきてくれたし、それに……俺が校舎裏に行くの見て、心配になってついてきてくれたんだろ?」
「っ⁉」
眞白の顔が真っ赤に染まる。
「そっ、それは……別に心配とかではないというか、なんというか……」
「心配、してくれたんだよな?」
「…………ふ、フンっ。もうそれでいいわ」
こうして折れるのも眞白にしては珍しい。
さっきは眞白の冷気全開だったが、やはり眞白は変わった。
いや、変わったのは……。
「……そ、それを言うなら」
「?」
「っ! それを言うなら……わ、私の方こそ、よ」
眞白が鞄の持ち手をぎゅっと握る。
「あのとき兼助、私の前に立って……守ろうとしてくれたでしょ?」
「そ、それは……」
「まぁ、結局しっかり殴られてしまったわけだけれど」
「それを言うなよ……」
「……でも、その…………感謝しているわ」
「え?」
思わず立ち止まってしまう。
眞白は肩にかかった髪を振り払い、口先を尖らせて言った。
「…………意気地なしじゃないところもあるのね、少しくらいは」
日が傾き、夕日が眞白を美しく照らす。
「す、少しだけよ。だから調子に乗るような、阿呆なことはしないで」
眞白が俺の先を歩いていく。
俺は少しして、眞白に追いついた。
「な、何よ」
「眞白……」
「な、何? ……はっ! まさかこの雰囲気に乗じて、路上でち、ち、ち……」
「意気地なしじゃないのは、もう証明しただろ?」
「……は?」
「しかも二回も。なのに何なかったことにしようとしてるんだよ」
「はぁ⁉ い、言った傍から何調子に乗っているのよ!」
「俺、眞白のこと押し倒したよな? 証明の方法があまりに変だけど……し、シたよな⁉ 男見せたよな⁉」
「っ⁉ こんな路上で何を言っているの⁉ か、勘弁して……勘弁して!」
「勘弁してほしいのはこっちだよ! すぐなかったことにしやがって……忘れるわけないだろあんなエロい顔して!」
「っ!! そ、それは……わ、忘れてはいないのだけれど……」
「ほら忘れてないじゃん! なのに言葉だけ放ってくるな!」
「っ!!! ……しょ、しょうがないじゃない。こ、これくらい……み、見逃しなさい!」
「はぁ⁉」
やはり、眞白は変わった。そして今も、その変化の中にいる。
もっと言えば、変わったのは眞白だけじゃない。俺もそうだし――幼なじみという関係も、だ。
「これ以上逃げんのはやめろ! まだ俺を下っ端扱いしたいなら、ちゃんとぶつかってこい! その度に、新生北兼助が返り討ちにしてやるから!」
「っ! ……ふ、フンっ。兼助に言われないでもそのつもりよ……も、もう。ほんと、兼助は面倒くさいんだから…………仕方のない人ね」
眞白と並んで帰り道を歩く。
どうやらまだまだ家にはつきそうにない。
▽ ▽ ▽
あれから数日が経ち。
眞白が付き合ってる疑惑をきっぱり否定したことで、事態は無事収拾した。
しかし、俺の顔の傷は癒えていないし、俺と眞白が二回もシてしまった事実は消えない。
「「……あ」」
朝の下駄箱で、眞白と遭遇する。
「おはよう、眞白」
「……はよ」
とはいえ、やはり眞白は俺に対しだいぶソフトにはなっていた。
未だに色んな事が全然掴めていないしわからないけど、とりあえずはいいのか……と思いながら下駄箱を開けると、上履きの上に一通の手紙が入っていた。
「……ん? これって……」
ピンク色の便せんに、ハートのシール。
北兼助くんへ、と書かれてもいるし……。
「…………え?」
ま、まさか……。
――体育館裏。
俺の目の前にガタイのいい三年生が七人……ではなく。
美少女と言っても差し支えない女子生徒が、一人。
「北くん、よかったら私と……付き合ってくれませんか?」
…………え、告白されたんだけど。