軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話 だから、恋で愛で好きだった

ベッドのそばにやってくる眞白。

ほんのり汗をかいていて、髪も珍しく乱れていた。

「なんで、眞白が……」

「……まぁ、暇だったから。帰るついでに寄ってあげたのよ。どう、優しいでしょ?」

「……急いで来てくれたんだな」

「っ! そ、そんなことは……はっ!」

髪が乱れていることに気が付き、慌てて手櫛で直していく。

ただ、その行動そのものが俺の言葉を肯定していて、眞白もそれに気が付きはたと手を止めた。

「……別に、ちょっと走りたくなっただけよ」

「そ、それはさすがに無理ないか?」

「っ!! ……病人が健常者をイジメるんじゃないわよ」

眞白が口先を尖らせて呟いた。

そんな眞白を見て、思わず頬が緩む。

「……ありがとな、眞白」

「だ、だから……」

眞白は言いかけて、観念したのか深いため息をついた。

「兼助が熱を出すなんてめったにないことだし、どうせ家には誰もいないだろうし……ただ単純に、可哀そうだと思ったのよ。部屋でひとり苦しむ、哀れな幼なじみを想像して……ね」

「へぇ……でも、同情はしてくれないんだろ?」

いつもの調子で訊ねる。

すると眞白はスカートの裾をぎゅっと握り、ぼそっと言った。

「……今日くらいは、同情してあげる」

「えっ……」

予想外の返答に、思わず声が漏れた。

今日の眞白は、いつもより格段に優しい。

こんな眞白が見られるなら、熱を出してよかったとさえ思えてきた。

「……そ、そんな弱った顔されたら、何も言えないじゃない。だから……早く治しなさい」

「俺は眞白に悪態をつかれるために熱を下げるのか……」

「私の悪態、好きでしょ? 三度の飯より睡眠より」

「三大欲求に食い込んでないから……」

「三大欲求って……はっ! け、兼助からすれば私の悪態はもはや私で、そっ、それはつまり性欲で……」

「考えすぎだから。あと、悪態は好きじゃない」

そう言って、ふと思う。

「……いや、たまに好きな時もあるかもしれない、けど」

「っ!!!」

眞白がササっと身を引く。

「お父さんと同じように、遂に兼助もMに改造されて……」

「されてないから」

ってか眞白パパ、やっぱりMの気あるんだ……まぁ、眞利子さんと結婚するくらいだし、もはや不可抗力だろうけど。

「けほっ、けほっ」

思わず咳き込んでしまう。

すると、眞白は心配そうに俺の顔を覗き込み、布団をかけ直してくれた。

「私が来たからってはしゃぎすぎよ。病人は病人らしく寝てなさい」

「話しかけてきたのは眞白の方じゃ……」

「うるさい」

ピシャリと言われ、大人しく黙る。

眞白はフンっと鼻を鳴らすと、鞄からスポーツドリンクやゼリーなど、いわゆる見舞い品を取り出した。

「どうせこういうの置いてないでしょ? 出世払いでいいからありがたく受け取りなさい」

「出世払いなのかよ……」

ほんと、眞白はワンクッション挟まないと気が済まないのか。

「だから……さっさと治しなさい」

「……わかった」

スポーツドリンクを一気に半分まで飲み、ベッドに横たわる。

まどろむ意識の中、眞白がひとりごとのようにぼそっと呟いた。

「……おやすみ、兼助」

ふと、目が覚める。

時刻は十八時。

部屋は淡いオレンジに染まっていて、夕方の穏やかな時間が流れていた。

「……はよ、兼助」

となりから心地よい声が聞こえて、目を向ける。

そこにいたのは、ジト目で俺を見ている眞白だった。

「眞白……」

「どう? 体調は」

「全然」

「マシになった?」

「悪いまんまだ」

「……期待させるんじゃないわよ」

「期待してたんだ」

「っ! ……まぁ私、優しいから」

自虐のように言うことで、心のバランスを保っているのだろうか。

まぁなんにせよ、かわいいことこの上ない。

「ずっと看病してくれてたのか?」

「ひとりにしたら呆気なく死にそうだから」

「なんだよその理由」

「理由なんて何でもいいでしょ? ……聞かないで」

また、眞白は教えてくれない。

……本当に面倒だ。

「……ありがたいけど、でも……移すと悪いから」

「は? 何? 兼助は私に帰れって言いたいの?」

「眞白に移したら大変だろ? それに、寝てたら治るだろうし……」

「帰らないわよ、私」

「……え?」

「帰らない、から」

そっぽを向きながら、眞白が呟く。

これ以上は言わないという意志を感じた。

「それに、兼助の風邪ってなんだか弱そうだし。私に移せるほどの力なんてないでしょ? だから気にする必要なんて全くなし。どうせ、風邪も雑魚だもの」

「おい俺の風邪を馬鹿にするな」

「敵の風邪を擁護してどうするのよ……」

「俺の風邪も罵倒してどうすんだよ……」

ほんと、呆れたいのはこっちだ。

「とにかく、今の兼助が私に気を遣うなんておこがましいことこの上ないわ。黙って寝てなさい」

「……わかった」

ここは素直に眞白に甘えることにした。

眞白のことで悩んでいるのに、眞白に癒される。

もう俺は、抜け出すことのできない質の悪い沼にハマっているのかもしれない。

「お腹は空いた?」

「……空いた」

「そ。わかった」

短く答えて、眞白が部屋を出て行く。

――三十分後。

扉が開いたと同時に、食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。

「それって……」

「おかゆよ。兼助が好きな、卵入ってるやつ」

「おかゆ……」

ふと、強烈に昔の記憶が思い出される。

幼い頃、同じように俺が熱を出したときに眞白が看病してくれたこと。

そのとき、眞利子さんと一緒におかゆを作ってくれたこと。

それを高校二年生になって、もう一度……。

「眞白、普段料理しないのに……」

「しないとできないには大きな差があるのよ。……まぁ、どちらかと言えばできない寄りなのだけれど」

「正直なこった」

眞白が椅子に座り、ベッド脇のローテーブルにおかゆを置く。

「眞利子さんと一緒に作ったのか?」

「……いつの話をしているのよ。これくらい、もうひとりで作れるわ」

「……そっか」

「何嬉しそうにしているのよ。兼助のくせに娘の成長を喜ぶ父親の顔しないで」

「たとえが的確だな……」

でも、きっと気持ちの根っこは同じだ。

どうしようもなく、嬉しいのだ。

「私がここまでしてあげるなんて、めったにないのよ? だから……これ食べてさっさと元気出しなさい。いいわね?」

「……はい、わかりました」

鼻をかすめる匂いが空腹を刺激し、重い体を起こしてスプーンを手に取る。

「いただきます」

ほかほかと立つ湯気。

やわらかくてとろみのあるおかゆを掬い取り、一口……。

「!」

「……あ、味の保証はしないから。胃袋に入ってしまえば結局同じだし、普段料理しないし……そりゃ、お母さんが作った方がいいのは間違いないけれど、こういうのは気持ちが大事と言うし、それに……」

「……美味い。今まで食べた中で、一番……美味いよ」

「っ!!! ……大げさよ、もう」

なんだか胸があたたかくなって、泣きそうになってしまう。

あの日も確か、こんな優しい味がした。

「美味い、ほんとに美味い」

「……おかわり、あるから。遠慮なく言いなさい」

優しい、味がした。

おかゆを二回もおかわりし、安静にする。

しかし、熱は一向に下がる気配がなかった。

「けほっ、けほっ」

咳は止まらないし喉は痛いし、なんだか頭痛までしてくる。

倦怠感と上がった体温で、意識もあいまいだった。

「兼助……」

眞白がベッドの脇で、俺を看病し続けてくれている。

それだけでいくらか気持ちは楽だった。

ちらりと眞白を見る。

いつもの俺を睨みつけるような女王様然とした表情ではなく、心から心配そうに俺を見つめている。

そんな眞白がたまらなく愛おしい。

あいまいな意識の中で、ずっと考えていたことがぐるぐると頭を巡っていた。

意地の張り合いで二回も眞白とシたこと。

眞白に寝ている隙にキスをされたこと。

でも、俺のことが嫌いだと言うこと。

俺の処理できる範疇を明らかに超えていて、とても俺がどうこうできる状況じゃない。

……いや、元から眞白に対して俺がどうこうできるわけもなかった。

眞白はいつも、俺の前を歩いていた。

今はとなりにいてくれているけど……。

あ、そういえばこないだ手もつないだな。

改めて考えると、意味わかんないよな……でも、幸せだったな。そして今も、幸せだ。

「はぁ……はぁ……」

体が熱くて、何気なく布団から右手を出す。

それがちょうど眞白の目の前で、眞白は少し逡巡し――俺の手に触れた。

「…………」

両手で包み込むように俺の手を握る。

細くてひんやりとしていて、やわらかい手。人の手はその人を表すとはよく言うけど、まさに眞白らしい手だった。

また、色んな感情が溢れ出す。

やっぱり眞白、かわいいな……嫌われたくないな、この子に。

離れ離れにだってなりたくないし、めんどくさいけど他の人に面倒をかけてほしくない。そういうのは、俺だけにしてほしい。俺だけがいい。

なんか変な感じだ。

でも、同時によくわからない。

あいまいな意識の中で、色んなものが溶けて混ざり合う。境界がぼやけていく。

「兼助……」

心配そうに俺を見つめる眞白。

握られた右手。

窓から差し込む西日。

淡いオレンジに満たされた部屋。

「眞白……」

もう、何が何だかわからなかった。

だからきっと、最後に残った言葉を言ったんだと思う。

「眞白、俺……好きだ。眞白が……好き、だ」

どこか縋りつくように零れ落ちた言葉。

……あぁ、やっぱりそうだ。そうとしか言いようがない。だって……いや、だから、

――どうしようもなく、恋で愛で好きだった。