作品タイトル不明
第19話 好きか嫌いか、大嫌いか
それからも、眞白とのあいまいな状態は続いた。
意を決してもう一度あのキスの真意を聞こうとしてもかわされ、お返しとばかりに罵倒。その次も罵倒。
できる限りフラットに見ても、どう考えたって眞白は俺に好意を持ってくれてると思うのだが、大嫌いだとハッキリ言われているし……それを無視して告白なんて、そんなギャンブルも全力ではできない。というのもあるし、単純にそんな度胸もなかった。
そんな状態に身を置いていれば、さすがに心はすり減るわけで。
休日は基本家にいるのだが、今日はリフレッシュのために電車に乗り、街をふらつく。
ただ、ひとりで出来ることもあまりなく、夕方にはやることが無くなってさっさと帰ることにした。
「……なんだこの休日は」
駅のホームへと上がり、電車を待つ列に並ぶ。
そして、腰に手を突き、
「「…………はぁ」」
ため息が重なる。
となりを見ると、そこに立っていたのは眞白だった。
……ラブコメの神様とは、本当に気まぐれである。
「け、兼助……」
「ま、眞白……」
青いカラーシャツにフレアの濃いデニムパンツ。
大人な印象を受ける私服姿の眞白が、俺を見て少し距離を取った。
「ど、どうして兼助がここにいるのよ……ストーカー? ストーカーよね? ストーカーだわ」
「眞白の中だけで有罪確定させないでくれる?」
「だってこんな偶然ある? 普通ないわよね?」
「だから驚いてるんだろうが……」
「……白々しい。そこまでして休日に私と話したいの? だったら、もう少し正当なやり方を身に着けたらどう? 幼なじみとはいえ、さすがにこれは署に連行したいのだけれど」
「だからなんでストーカー前提なんだよ……」
周りの人に聞かれたら誤解されかねないので、本当に勘弁してほしい。
「暇つぶしにちょっとブラブラしてたんだよ」
「ひとりで?」
「悪いかよ」
「別に。ただ聞くまでもなかったと反省しただけよ」
「余計な一言だな……そういう眞白は何してたんだよ、ひとりで」
「どうして私がひとりなのが確定しているの? 失礼極まりないのだけれど」
「大体ひとりだろ、眞白は。ってか今ひとりだし」
「っ! ……別に、今日はふと思い立って出かけてみただけだから」
お前もひとりなんかい。
そんなことを話している間に、ホームに電車がやってきた。
ここから最寄りまで三駅。
乗り込もうとして、車内の混み具合を見て驚いた。
「な、なんでこんなに人が……」
「満員電車じゃない……」
乗客を見ると、みんな同じTシャツを着ていたり、似たような買い物袋を下げていた。
どうやら近くでイベントがあったらしい。
それでも何とか乗り込み、電車は出発する。
――ただ。
「ち、近いのだけれど」
「しょうがないだろ? 混んでるんだから……」
眞白と向かい合うような形で密着していた。
身長差から、眞白が俺の胸の中にすっぽり収まっている。
鼻腔をくすぐる眞白の甘い匂いに、やわらかな体の感触。
こうも近づくのは久しぶりで、生々しい記憶が思い出されてしまう。
『んぁっ……けん、すけ……けんす、けっ……!!』
だ、ダメだ。ほんとにダメだ。
今こんな状況で思い出せば大変なことになる。
主にバレる。これ以上は言えない。
「ちょ、ちょっと」
「な、なんだよ」
「そんなえ……い目で見ないでくれる?」
「はぁ? み、見てないんですけど?」
「……その反応、見てるのね。気持ち悪い」
「っ!!」
俺は沈黙を貫くことにし、ひたすら広告を見つめる。
そうこうしているうちに電車は次の駅に到着して、扉が開いた。
人が波を作って、次々とホームに吐き出されていく。
「あっ」
眞白が不意にその波にさらわれ、ふらついた。
俺は咄嗟に眞白の手を掴み、体を支える。
「け、兼助……」
「一旦降りるぞ。止まってると邪魔だし」
「う、うん」
そのままふたりでホームに降りる。
「…………」
「…………」
そして、また電車に乗った。
まだ、手はつないだままだった。
『――三番線、電車が発車します』
ゆっくりと走り出した電車はどんどん加速し、駅を飛び出していく。
それでも、眞白と俺は手をつないだままだった。
なんだか、離したくなかった。
「…………」
もっと怒るかと思いきや、眞白は大人しく俺の前に立っていた。
俯いていて表情は分からないが、艶やかな黒髪から覗かせている小さな耳がほんのり赤い。
電車が揺れ、眞白が後ろに立っている大柄の男性とぶつかる。かなり窮屈そうだ。
「眞白、ちょっと」
「?」
眞白と強引に位置を入れ替え、再び向かい合う。
「っ! …………あ、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
まだ、手はつないだままだった。
不思議な感覚だった。
ドキドキしているのに、落ち着いてもいる。
浮遊感があるのに、今この場に立っているという感覚もあった。
「…………」
「…………」
眞白は俺の手を離さない。
だから、俺も離さなかった。
ただじっと、手と手が触れ合っている感触も忘れて電車に揺られていた。
最寄り駅に到着し、改札を抜ける。
まだ俺と眞白は手をつないでいた。
「…………」
「…………」
あれからずっと会話はなく、妙な沈黙が俺たちの間に流れている。
俺は緊張して変だったし、黙りこくってしおらしい眞白も変だった。
そもそも、俺と眞白が手を繋いでいるという状況自体が変だった。
二度もシたというのに、手をつなぐだけでこんなにもドキドキするなんて……。
鼓動が速まる中、先に沈黙を破ったのは眞白だった。
「……い、いつまでつないでいるのよ」
「あっ、わ、悪い」
ようやく手が離れる。
「もう……」
眞白は機嫌を損ねたようにそっぽを向き、歩き始めた。
俺も同じように歩き始める。
手を離したとはいえ、さっきの名残りかむず痒い空気が流れていた。
「なぁ、眞白」
「な、何よ」
今なら、聞けるんじゃないかと思った。
「俺のこと、ほんとに嫌いなのか?」
「っ! な、何を急に……」
「ほんとに何とも思ってないのに、俺に……シた、のか?」
「っ!! ま、周りに人がいるのよ? ここでそんな話しないで」
「で、でも……」
「……あとにして」
「あとにしてって……そしたら眞白、逃げるだろ?」
「に、逃げてないわよ。兼助がしつこくて面倒なだけ。それに、わ、私は……」
眞白が立ち止まり、拳をぎゅっと握る。
斜め下に視線を落とすと、か細い声で呟いた。
「け、兼助のことなんて……何とも思ってない、から……」
「っ!!!」
眞白が靴音を鳴らし、スタスタと歩き始める。
本当にそうなんだろうか。
眞白のプライド的に、認められないだけじゃないのか?
だったら、俺の勘違いなのか?
眞白に嫌われてないと俺が思いたいだけなのか?
「ねぇ、ほんとに私のこと好き?」
ふと、そんな言葉が聞こえてきた。
眞白とふたり、声のする方を見るとそこにいたのはイチャイチャしている若いカップルだった。
「好きだよ」
「ほんとに?」
「ほんとだって」
「言葉だけじゃ伝わんないよ」
「……だったら」
男が女に顔を近づけ、キスをする。
「「っ!!!」」
で、出た……駅前で人目もはばからずキスをするカップルだ……!
「これでわかったでしょ?」
「うんっ、私も大好きっ♡」
今度は女からもキスをし、そこから濃密な絡みが始まる。
……そう。駅目でキスをするカップルはフレンチで終わらない。ディープまでブッキメるのだ。
「なっ……」
驚き、口をパクパクさせる眞白と目が合う。
俺はそんな眞白に、一歩踏み込んだ。
「だ、だってよ」
「は、はぁ? だってよって何? 何が言いたいわけ?」
「言葉だけじゃ伝わらない。だから……シたんだよ」
「っ! 何を駅前で人目もはばからずキスをするカップルから引用しているのよ……あれのどこに信憑性があるのよ!」
「あれこそが恋愛だろ! つまり、恋愛の教科書であり、あれが世界の真実なんだ!」
「はぁ⁉ 兼助、無茶苦茶なこと言ってるわよ⁉」
「もうとっくのとうに俺と眞白は無茶苦茶だ! 諸共だ諸共!」
「一緒にしないでくれる⁉ 兼助と一緒にされるだけで成長期の子犬も餌を食べなくなるのよ⁉」
「どんだけストレスなんだよ……もういい加減ほんとのこと教えてくれよ!」
「兼助のことが好きだって言えって⁉」
「そういうことじゃないけど! ただ、俺はあの日の真意が聞きたいだけで……!」
「だったら、声を大にして言ってあげるわよ!」
眞白は俺をキッと睨みつけると、胸倉を掴む勢いで言い放った。
「兼助なんて大嫌い。大嫌いだから!!」
「……え、それってキスした理由になって」
「うるさい! もう帰る!!」
眞白が俺に背を向けて、歩いていく。
眞白の大嫌い発言は相当声が大きかったらしく、駅前カップル(略)が「すっげぇフラれ方w」「かわいそーw」みたいな目で俺を見ていた。
ただ、そんな視線なんて気にならないくらい俺は頭を抱えていた。
「なんだよこれ……もうめんどくさい……俺も大概めんどくさいけど、眞白はもっとめんどくさい……!」
その場にしゃがみ込みたくなる。
ほんとにどっちなんだ?
眞白は俺のことが嫌いなのか? それともキスした通り好きなのか?
いっそ自分から言ってやろうと思っていたけど、こんな状態じゃ言えるわけがない。大嫌いと言われていて、成功する未来が見えない。
「どうすりゃいいんだ……」
結局、しゃがみ込んでしまう俺だった。
▽ ▽ ▽
「けほっ、けほっ……」
ひとり、部屋で咳をする。
平日なのに部屋にいるのは、高熱を出してしまったから。
あの後、眞白とは当然話すことはできず、悩みすぎるあまり体調を崩してしまった。
時刻は十六時前。
そろそろホームルームが終わり、放課後になる頃だろう。
しかし、こんな時間まで寝ていたというのに、一向に熱が下がる気配はなかった。
「やっぱ呪われてんのかな……俺」
天井に呟くと、荒い咳が出た。
普段体調を崩さないだけに、久しぶりの高熱はキツい。
なんとも惨めな状況に泣きそうになっていると、不意に部屋の扉が開いた。
「入るわよ。というか、もう入ったけれど」
なじみのある声が聞こえてくる。
いや、まさか。
時間的に早すぎるし、そもそも今の状況的にも来るわけが……。
「生きてる? 死なれると少し……困るのだけれど」
あまのじゃくでめんどくさい幼なじみが、俺の顔を覗き込みながら控えめに言った。
「…………げ、幻覚?」
「現実よ……ばか」