作品タイトル不明
第21話 その二文字に、生きてゆく
西日に満たされた部屋。
俺の言葉に眞白は少しずつ、注がれるように顔を真っ赤にしていった。
目を見開き、口もぽかんと開いている。
「なっ……なっ……」
正直、かなり意識があいまいだった。
自分がとんでもないことを言ったことも、あまり理解できていなかった。
「っ!!!」
眞白が勢いよく立ち上がり、スカートの裾をぎゅっと握る。
「えと……そのっ……す……いやっ……だ、だからっ……えとっ……あっ……いや……そ、その……」
あたふたする眞白。
視線も言葉も定まらず、耳まで真っ赤に染まっている。
「な……」
「な……?」
「なっ……な……なっ……」
「……まし、ろ?」
「っ!!!!!!」
口をきゅっと引き結び、眞白が慌てて鞄を肩にかける。
「っ…………っ!!!!!!!!」
踏み出した足を一度止めるも、すぐに勢いよく部屋を出ていった。
階段を降りていくドタバタな足音。
「わっ! っ……!!!」
やがて騒がしい音が聞こえなくなると、玄関の扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。
「ま、眞白……?」
俺の声が静寂にかき消されていく。
あっという間にひとりになってしまった。
さっきまで眞白が俺の手を握ってくれていたのに……ん?
さっきまで……眞白が……。
・・・。
「うぇっ⁉⁉⁉」
ありえないほどに遅れて、ようやく頭の理解が追いついた。追いついてしまった。
俺……今……眞白に……。
「こ、告白……した?」
慌ててベッドから出ようとするも、重い体は言うことを聞かず地面に倒れてしまう。
傍から見たら、なんて惨めなんだろう。
「まし、ろ……」
間違いなく、俺は眞白に好きだと言った。
そして、眞白はありえないくらいに動揺し、何も言わずに出て行った。
……つまり。
思わず告白してしまった後悔とかよりも、
「へ、返事無しって……フラれたって、こと……?」
上手く回らない頭で弾き出された結論。
せっかく眞白が看病してくれて、手まで握ってくれて……幸せだったのに……いい感じだったのに……。
「嘘、だろ……こんなのってありかよぉ……」
俺は力なく地面に突っ伏したのだった。
▽ ▽ ▽
それから。
俺はさらに風邪をこじらせ、三日間寝込む羽目になった。
その間、眞利子さんが看病しに来てくれたが、眞白は当然来なかった。
眞利子さんに眞白のことを聞いても、
『なんだか最近、おうちで喋ってくれないのよね~。うふふっ、嫌なことでもあったのかも』
どうやらいい状態ではないらしい。
そして、俺の体調の方はようやく良くなり、久しぶりに登校。
とはいえもちろん、憂鬱だった。
「あ、北っちだ。おひさ~」
「は、長谷か……久しぶり」
「体調どうなん? イケイケな感じ?」
「あははは……ぼちぼち、だな」
苦笑いを浮かべると、長谷が訝し気な視線を送ってくる。
「……北っち、いつもの鋭さがないね。まだ本調子じゃないのか~。んじゃ、あんま話しかけないでね~」
「て、手厳しいな……」
体調関係なく、こんな状況でどうしたらいつも通り振る舞えるんだよ……眞白にフラれたかもしれないのに。
そんなことを考えながら教室に入り、真っ先に眞白の姿を探した。
「あ……」
席に座っている眞白と目が合う。
しかし、ツンとした表情で立ち上がると、反対側の扉からすたすたと出て行ってしまった。
「……終わった」
確固たる意志を持った拒絶。
照れが見えればまだ可能性は残されていた。でも今ので、俺のやわな心がへし折られてしまった。
「おわっ、た……」
「ちょっと北っち、復帰早々灰になんないで~」
灰でもなんでもいいから、風にさらわれて消えてしまいたかった……。
それからも、眞白は俺に対して拒絶の意志を示し続け、話すことはおろか、目が合うことさえもなかった。
同じようなことは今まで多々あったが、今回の拒絶は眞白の逃げや照れが一切見えない。全く持って、これまでとは本質が違う。
「…………はぁ」
放課後になり、自分の席で頭を抱える。
ちらりと眞白の席の方を見るも、眞白はすでにいなかった。
ここまで徹底されると、淡い期待すら持てない。
「最悪だ……」
しばらくは動けそうにない。
クラスメイトに心配されながらも、みんな次々と帰っていき……教室にひとり、俺だけになる。
いつまでもここにいたって仕方がない。
いい加減帰ろうと思った、そのとき。
「ほいっ、北っち」
長谷がひとり、俺に紙切れを渡してくる。
「なんだよこれ」
「ラブなレタ~? にひっ、ある意味」
「なんだよある意味って……」
紙切れを見てみると、そこには「屋上に来なさい」とだけ書かれていた。差出人も不明である。
「何これ」
「ま、行ってみたらいいんじゃない? いいことあるかもよ?」
「いいこと、ね……」
今の俺にとっていいことってなんだろう。
……ダメだ。いいことを考える力がそもそもない。
「ほら、早く早く」
「わ、わかったから」
長谷に背中を押され、教室を出る。
歩き始めると、背後から長谷に声を投げられた。
「北っち~、頑張ってね~! こ・れ・か・ら♪ ぴーす☆」
「……いやどういうこと?」
「いいから行けオラ!」
「急にこえぇよ!」
ツッコむと、長谷がにひっと嬉しそうに笑った。
訳が分からないが、とりあえず行くしかない。
困惑しながら、のろのろとひとり廊下を歩いていく。
「……ほんと、おっそいな~。北っちも」
長谷の呟きは俺には届かず、放課後の校舎に消えていった。
屋上へと続く階段を上る。
「意外と遠いな……ってか、屋上なんて開いてないだろ、普通」
でも、呼び出されたのだからとりあえず行くしかない。
しばらく上って、ようやく重々しい屋上の扉の前にたどり着く。
ドアノブに手をかけると、開くわけがないと思いながら捻った。
「……え、開いてる」
ということは、この先に俺を呼び出した相手がいる。
なんだか急に緊張してきた。
ゴクリと唾を飲み込み、意を決して開け放つ。
――風が吹いていた。
雲一つない青空が視界いっぱいに広がり、開放感が心を満たす。
「すげぇ……」
素直に感動していると、屋上の最奥に女子生徒の後ろ姿が見えた。
風にたなびく艶やかな黒髪。
すらりと伸びる黒タイツ。
その立ち姿は儚げで、この世のものではないと思うほどに――美しい。
「遅かったわね」
眞白は振り返ると、相変わらずの仏頂面でそう言った。
「眞白……」
「私を待たせるなんていい身分じゃない。ちなみに、病み上がりだからと言って私が兼助に配慮するような、そういった種類の優しさは残念ながら持ち合わせていないから」
「開口一番にキレのいい罵倒だな……」
呆れながらそう言うと、眞白がフンっと鼻を鳴らした。
眞白まで、随分と距離があった。
屋上の入り口に俺がいて、一番奥、フェンスの傍に眞白がいる。
随分と離れてしまった。
……いや、最初から俺と眞白には距離があったのだ。
女王様とその下っ端。
意地の張り合いで勝って、強気に出て眞白がしおらしくなって……なんて、遠い昔のことのように思える。
「眞白か? 俺を呼び出したのは」
「そうよ」
「ってか、よく屋上入れたな。一般開放してないだろ」
「何を言っているの? 私は上黒川眞白よ? これくらい、出来て当然だわ」
「意味わかんねぇよ……」
でも、眞白ならほんとに出来て当然だと思えてくる。
この学校でも正真正銘のトップ、女王様なのだから。
「で、どうしたんだよ。わざわざ屋上に呼び出して」
「兼助に話したい事があるの。とても、大切なことよ」
「話したい、こと……」
間違いなくあの日、俺が告白したことだろう。
ふざけた言葉も許されない、まるで一面が氷に覆われているかのような緊迫感。
眞白に一切の動揺はなく、俺をまっすぐ見つめている。
「ねぇ、兼助」
眞白のガラスような瞳が俺をとらえる。
あぁ、正式に言われる。
これで俺と、眞白は……。
「……ふぅ」
覚悟を無理やり決め、空を見上げた――そのとき。
眞白は距離を感じさせないくらいはっきりと、まるで悪態をつくように言ったのだった。
「付き合ってあげてもいいわよ、兼助と」
「…………え?」
い、今なんて言った?
ぽかんとしていると、眞白が不機嫌そうに胸の前で腕を組んだ。
「聞こえなかった? 付き合ってあげてもいいと言っているの」
「つ、付き合うって……誰が」
「私が」
「誰と」
「兼助と」
「……え?」
「そこまで鈍いと、さすがにムカつくのだけれど」
眞白はズカズカと距離を詰めると、俺の目の前までやってきて続けた。
「告白したのは兼助でしょ? 何を突然告白されたみたいな顔しているのよ」
「いや、でも……え、ほんとに? 俺と……付き合ってくれる、のか?」
「そうよ。何度も言わせないで」
少しずつ、言葉が実感を伴っていく。
つまり、要するに。これって……。
「い、いいのか⁉ 俺と……付き合ってくれるのか⁉」
「っ! 何度も言わせないでって言ってるでしょ? これ以上はほんと、怒る……から」
眞白が口先を尖らせてそっぽを向いた。
てっきりフラれると思っていた。
眞白が俺と付き合うことを許してくれるなんて、全く想像していなかった。
でも、眞白は今日から……俺の……。
「――それでひとつ、はっきりさせておきたいのだけれど」
浮かれた俺の姿勢を正すような、ピシャリとした声。
「兼助が先に、私に好きだと言った。それに間違いはないわね?」
「え?」
「間違いないわよね?」
「ま、まぁそうだけど」
「ということは、兼助が私に付き合いたいとお願いした、ということよね?」
「……まぁ、そうなんだけど」
何だろう。すごく嫌な予感がする。
「そして、私はそんな兼助のお願いを聞いてあげた。そうよね?」
「えっと……はい」
「……そ。よかったわ。ちゃんと理解していて」
……あ、今コイツ、完全に上下をはっきりつけやがった。
「なぁ、眞白」
「何よ」
「正直、眞白と付き合えるのは嬉しいよ。恋人になるってことだし」
「そ、そうね。恋人になる……ということね」
「それに、眞白の言ってることはある種正しいよ。否定はしない」
「否定はできないし、させないわよ」
「だからしない。……でも、付き合うってそういうことじゃないだろ」
「……は?」
睨みつけてくる眞白に対し、俺は続けた。
「告白したのはどっちが先とか、お願いを聞いてあげたとか、そういうのじゃないだろ? 付き合うって」
「い、意味が分からないのだけれど……」
「要するに、付き合うってことはお互いに好きで恋人になるってことだろ? だから、どっちが上でどっちが下とかないよな?」
「べ、別に私が上になろうとか、そういうことを思っているわけじゃ……」
「いや、今の眞白は完全にマウンティングしてた……俺を下っ端彼氏としてカテゴライズしようとしてた!」
「はぁ⁉ 人聞きの悪いことばかり言って……そんなこと思ってないわよ! ただ、兼助のお願いを聞いて付き合ってあげたという事実はきちんと刻んで……」
「それだよそれ! それのことをずっと言ってるんだよ!」
この期に及んで、まだ面倒くさいとは……そういう星の下に生まれたとしか思えない。俺も、眞白も。
「眞白! この際、いよいよ遂にはっきりしてもらうぞ」
「な、何よ……」
俺はこの勢いのまま、眞白の肩を掴んで訊ねた。
「眞白も俺のこと、好きでいてくれてるってことだよな?」
「っ!!!」
顔を真っ赤にし、眞白が俺からぷいっと視線を逸らす。
「そっ、それは……付き合ってもいいと言っているのだから、言わなくてもわ、わかるでしょ?」
「いーや、言葉にしてくれないとわからないな」
「っ! そ、そこまでして聞きたい? 付き合ってもいいと言ってあげているのよ?」
「その上からな言葉は百歩譲っていい。でもやっぱり、どうしても聞きたいんだ。たった二文字でも、言葉で」
「…………い、イヤ、なのだけれど」
「付き合うのに⁉」
「そ、それだけでいいじゃない!」
「それだけじゃダメだ!」
「事実だけで満足できないの⁉」
「満足できないように人は作られてんだ!」
「っ……!」
眞白が反抗的な目で俺を睨みつけてくる。
しかし、負けじと俺も眞白を見つめ返すと眞白が逃げるように目をそらした。
――俺は知っている。
あの二回を経て、俺は学んでいる。
こう見えて眞白は、押しに弱いということを。
「なぁ、眞白」
「い、イヤ」
「好きなのか?」
「それは……」
「どうなんだよ」
「だ、だからっ……」
「眞白」
「っ……」
「眞白!」
「っ!!!」
眞白は手のひらで顔を隠しながら、か細い声で言うのだった。
「…………好き、よ」
たったそれだけの言葉が、たまらなく愛おしかった。
「っ!!!」
「な、何言わせたくせに照れてるのよ……顔真っ赤よ」
「それを言うなら眞白だって真っ赤だ」
「っ! ……赤くないわよ」
「いや赤いから」
「け、兼助に言われたくないのだけれど」
「それはこっちのセリフだ」
相変わらず、口喧嘩は終わらない。
ぎこちないしむず痒いけど、でも人生で一番の多幸感にあふれていた。
「眞白」
「もう言わないわよ」
「これから、よろしくな」
「っ! ……よろしく、兼助」
――こうして、俺と眞白は付き合い始めた。
あまりに拗らせ、散々遠回りしたけど。
「あ、そういえばもうひとつ言い忘れていたのだけれど」
屋上から出ようとしたところで、眞白から声を掛けられる。
「ん? なんだ?」
「別に、大したことではないのだけれど」
眞白は先ほどのしおらしさを咳払いでリセットすると、穏やかな笑みを浮かべて、さも当然のことかのように切り出した。
「……兼助、あなたの生涯全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、全部私に捧げなさい。私のためだけに生きて、私だけを見続けて、私だけを愛しなさい。その代わり――私のすべてを兼助だけにあげるから。拒否権はないわ。断れば今、ここで一緒に死ぬだけだもの。いいわよね? 誓ってくれるわよね? ――兼助?」
……ん???
「ね? 兼助?」
「えっと……」
「ね?」
「……う、うん」
「そう。その返事が聞けて良かったわ」
満足げな表情の眞白とふたりで屋上を出る。
……なんだろう。
俺はもしかしたら、とんでもない契約を結んでしまったのかもしれない。
……いや、いいか。
眞白と付き合えたんだし。
「家にお菓子、残ってる?」
「あぁ、たぶん。何なら新しいの母さんから送られてきたぞ」
「そう、楽しみだわ」
眞白と並んで歩いていく。
空は抜けるように青く、どこまでも広がっているような、そんな気がした。