作品タイトル不明
第16話 もちろんハードモードで
「こないだ俺が寝てる隙にキスしてきたヤツが何言ってるんだ⁉」
俺の声が部屋中に響き渡る。
「…………」
眞白は俺の言葉に固まっていた。
しかし、氷が熱で溶けていくように徐々に顔が真っ赤に染まっていき……。
「え、えっ? え……えっ⁉ え、えぇ⁉⁉⁉」
珍しく高い眞白の声が反響した。
「なな何を言っているの? 寝ている隙にキス? 誰が? え、私が? 私なわけないわよね?」
「いーや眞白だ。眞白がこないだ、俺がソファーで寝てるときにキスしてきたんだ!」
「は、はぁ⁉ け、兼助の妄想も大概にしてほしいのだけれど……と、というかわ、私がキスするわけないでしょ? 兼助じゃあるまいし……」
「言い逃れは出来ないからな! 俺は、確かに、あのときの、感触を、覚えて、いる!!」
「っ! き、気持ち悪い……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」
「何とでも言えこのキス魔! 俺に散々欲情してるだとか変態だとか言っておきながら、寝てる隙にキスなんて……一番欲情してて一番変態じゃねぇか! なぁ、眞白!!」
「っ!!!」
眞白がビクッと肩を震わし、胸の前で手を組む。
忙しなく指を動かし、視線が定まらないのかキョロキョロと目を動かしていた。
「…………」
「っ……!!」
俺はじっと眞白を見つめる。
「えっと、そ、その……何かの見間違い、とかじゃ……」
「見間違えるわけないだろ。眞白にキスされて、間違えるわけない」
「で、でも……わ、私は……」
「――眞白!!」
力強く、逃さないという意志を込めて見つめ続ける。
眞白は顔を真っ赤にしてあたふたするも、俺を見て観念したのか俯いた。
そして、目じりにうっすらと涙をためて、消え入りそうな声で呟いた。
「…………ご、ごめん……なさい……」
「っ!!!!」
その瞬間、俺の心は全壊の勢いで打ち抜かれた。
な、なんだよ、それ……かわいすぎるだろ。
「じ、自分でもよくわからないのだけれど、気づいたら、勝手に……」
「そ、そうか……」
「……謝るわ。謝る、から……その……許して、くれる……?」
「っ! ま、まぁ許すも何も、別に嫌じゃないし……そもそも、俺たちもうキスしてるし……そ、それ以上だって……まぁ、してるし」
「っ! ……そ、そう。なら……よ、よかったわ」
「お、おう……」
「…………」
沈黙が流れる。
むず痒すぎる、ある種甘美な静寂。
眞白はTシャツをぎゅっと握ると、踵を返して部屋から出て行こうとした。
――しかし。
「ちょっと待て」
眞白の腕を掴んで、引き留める。
かわいいだけで、終わってたまるか。
「な、何よ。もう満足でしょ?」
「いや、むしろこっからが本番だ」
「ほ、本番? な、何をしようとして……はっ! ま、まさか本当に三回目を……!」
「……いや、そうじゃないんだけど」
いや、そうでありたいはありたいんだけど。
「眞白、ひとつ聞かせてくれ」
「な、何?」
「なんで俺にキスしたんだ?」
「っ! そ、それは……」
「俺のこと、本当に下っ端としか思ってないんだったら、キスなんてしないだろ?」
眞白が俺にキスをした。
この事実には、事実以上に価値がある。
普通、何でもないヤツにキスなんてしない。ガードの硬い眞白ならなおさらだ。
――キスをするということは。
「なぁ、眞白。お前……」
つまり、眞白は……。
「お、俺のこと好きなのか⁉」
「はぁ⁉⁉⁉」
・・・。
「俺のこと、好きなのか⁉」
「なんで繰り返すのよ!!」
動揺しすぎて、男として最も恥ずかしい言葉を二回も立て続けに言ってしまった。
でも、もう後戻りはできない。
「キスするってことは、そういうこと……だろ?」
「っ! そ、そんなこと……」
「そんなことあるだろ⁉ なぁ、眞白! お前……」
「っ!! は、離しなさい! 離して!」
眞白が必死に振りほどこうとする。
が、ひ弱なために全く抵抗になっていなかった。
「その反応……もしかして、ほんとにそうなのか?」
「ち、違うわよ! け、兼助のことなんて好きじゃない! 好きじゃないわ!」
「キスしてきたのに⁉」
「き、キスしたからってす、好きとは限らないでしょ⁉ それにあ、アレはしちゃっただけで、別に……」
「お前、好きでもないヤツとキスするのか? しないだろ?」
「っ! ……す、するわよ」
「え?」
「す、するわよキスくらい! というか、私たちキスどころか……せ、セックスしているのよ⁉ しかも二回! それが証拠じゃない!!」
「なっ……」
た、確かに。
あのときは間違いなく、眞白は俺のことを下っ端とか下僕とか、従者にしか思ってなかった。
……でも。
「こ、今回はあのときと違うだろ。あれは意地の張り合いで……でもこないだは眞白から、なんもないまっさらの状態から意志だけでキスしてきただろ? それは全く持って前例のないお初のイレギュラーだ!」
「っ!! こ、このっ……調子に乗って……」
「なぁ、眞白!!」
声を張ると、さすがの眞白も抵抗するのをやめた。
再び、眞白をじっと見つめる。
眞白は何かをこらえるように唇を噛み、俺から目をそらした。
「わたっ……しは……わ、わたし……は……」
時計の針の音が、規則的に響いている。
今、この世界に時を刻んでいる。
ごくりと唾を飲み込む。
想像もしていなかった状況。でも今、目の前で確かに起こっている。
眞白の言葉をじっと待つ。
眞白は言葉を選ぶように小さく口を動かし、やがて伺うように声を出して、そして――
「け、兼助なんて好きになるわけないでしょ⁉ ば、馬鹿! 馬鹿兼助っ!!」
「…………え?」
俺が唖然としているうちに、眞白が俺の手を振りほどく。
「勘違いしないで。あれは……さっきと同じ、事故だから」
そのまま眞白が、今度こそ部屋を出て行こうとした。
「眞白!!」
考えるより先に、声が出ていた。
「も、もう何⁉ 話すことなんて……」
「わかった。それでいい。それでいいから……」
眞白がそう言うなら、もうそれでいい。
だったら今度は、俺が……俺から……!
「眞白! 俺は……俺は……!!」
その後に続く、簡単で最も複雑な言葉を言おうとした、そのとき。
ピンポーン。
インターホンが鳴り響く。
「北さーん。お届け物でーす。北さん? 北さーん」
あまりに無粋な配達員の声。
もちろん罪はない。ただ、今この状況においては――あまりにクソ!
「……早く出なさいよ」
「い、いや……でも……」
「いいから! 早く、出る!!」
「…………は、はい」
ラブコメの神様へ。
あまりに気まぐれすぎではないでしょうか。
呪われているとしか思えません。まる。
▽ ▽ ▽
あれから数日が経った。
もちろん、眞白の本音を聞くことも、俺の本音を話すことも出来ていない。
変に踏み込んで結局収穫を得ることができなかったために、どうしようもない状況だった。
「……はぁ、あまりに青春ハードモード……」
学校からの帰り道。
ため息をつきながら歩いていると、
「あら、ケンくん?」
背後から声を掛けられる。
振り返ると、そこにいたのは……。
「眞利子さん。お久しぶりです」
「久しぶりね~。うふふっ、会えて嬉しいわ。年甲斐もなく喜んじゃうわね」
にっこりと穏やかな笑みを浮かべる女性。
この人は眞利子さん。
眞白の母親である。
眞白に似て美人というか、眞白がこの人に似たから美人というか。それに加え、眞白の姉かと思うくらい見た目が若い。
眞白と違うのは見た印象のまま穏やかでやわらかい性格の持ち主であるということで、アニメなら絶対に目が開いてないような演出がなされるだろう。
「学校終わったの? あら、眞白はいないの?」
「眞白は委員会で」
「そう、残念だわ。ふたりセットのところを見たかったのに」
「あははは……」
今はちょっと嫌かもしれない。ほら、色々と。
「そういえば、最近眞白パパ見てないな……お元気ですか?」
「あの人? あ~、あの人は……」
眞利子さんが顎に手を当て、やがてさらっと言った。
「まぁ、別に元気じゃなくてもいいわ。仕事で家に帰ってこないようなクソ野郎だもの」
「……そ、そうですね」
「うんうん、どうでもいいどうでもいい。うふふっ」
さすがは眞白の母親と言うべきか。
局所的な鋭さは眞白より上かもしれない。
「そんなことより、最近は眞白とどうなの? 仲良くしてる?」
「っ! ま、まぁそうですね……ぼちぼち、かな……あははは」
「そう、ぼちぼちなのね~。まぁ、そういう時期もあるわよね~」
「で、ですよねー……」
頭をかきながら、誤魔化すように答える。
すると、眞利子さんは「そっかぁ」と呟き、穏やかな笑みはそのままで言った。
「思えば、最近は眞白と全然いやらしいことシてないみたいだし。なるほど、そういうことだったのね~。腑に落ちたわ~」
・・・。
「……え?」
…………え?