軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 眞白ママの強襲

目の前にコーヒーがことりと置かれる。

「ケンくんがウチに来るなんて久しぶりじゃない~? なんだかワクワクしちゃうわ~」

「あははは……そ、そうですね」

思わず顔が引きつってしまう。

別に、久しぶりに来た上黒川家に緊張しているというわけではない。

もっと大きな、そして死活問題の……。

「で、ちゃんと避妊はしたの? 女の子のお母さんとしては、当人にとってデリケートな問題でもしっかり踏み込んでいきたい覚悟と所存よ~」

天気の話でもするかのように、眞利子さんが穏やかに言った。

ただ、俺の心中は全く持って穏やかではない。

「……あの」

「なぁに?」

「その……な、なんで知ってるんですか?」

「なにが?」

「そ、それは……」

「ちゃんと言葉にしてくれないとわからないじゃない?」

「言葉に……」

「そう、言葉に」

「…………」

ゴクリと唾を飲み込む。

ここで俺に逃げるという選択肢は当然なかった。

意を決して、俺は眞利子さんをまっすぐ見た。

「俺と眞白が……そういう行為をしたってこ――」

「あらやだセクハラ案件よね~これ。言い切る前に止めてよかったわ~」

・・・。

「ほぼ言ってましたよ今!」

「聞こえなかった聞こえなかった。うふふっ」

「くぅっ……」

さすが眞白の母親。圧倒的に上手だ。

手のひらで転がされてる感が半端ない。

「で、その……どうして眞利子さんが知ってるんですか? も、もしかして眞白から……」

「あの子からは何も聞いてないわよ? むしろケンくんのこと、私に意識的に話さないようにしているみたいだし」

「何それ、俺嫌われてるのかな……うわ、なんか落ち込んできたな……」

「うふふっ。むしろ逆よ逆。意識しすぎてるのよ、ケンくんのこと」

「意識、しすぎてる?」

「だって、これだけ近い距離にいて一切話さない方が不自然でしょ? それに眞白、好きなものに対しては素直になれないあまのじゃくな性格だから。そこがかわいいところなんだけどね~、我が娘ながら」

「まぁ……確かに」

正直、否定することはできない。

「ん? 眞白からも聞いてないってことは、どうやって知ったんですか? 俺も話してないですし……」

「あーその話ね。答えは単純よ? だって――」

眞利子さんはまたしても何でもないように、特大の爆弾を投下した。

「いやらしいことシてるときの眞白の声、ウチにまでガンガン聞こえてきているもの~」

「……え、聞こえてる⁉ 声が⁉」

「そう、声が。それもバッチリと」

「バッチリと⁉」

これほど恥ずかしいことがあるだろうか。

アレを眞白の母親に聞かれていたなんて……。

「眞白、あの感じで意外に声出すタイプなのね~。いや、声を出すというより出ちゃうという方が正しい? うん、きっとそうね~。強そうなのは見た目だけで、中身は随分とかわいいものだし~」

「ディテールはいいですから……」

「でも、それほどにふたりの相性がいいのは、お母さんでありお義母さんでもある私にとっては嬉しいことね~」

「相性⁉ 嬉しい⁉」

「ふたりがいくら仲がいいとはいえ、この先は体の相性も大事なのよ~? でも、あれだけ気持ちよさそうな声が出ていれば、子供を作る時にも問題なく……」

「やりすぎやりすぎ! 眞利子さんやりすぎだから!!」

「そう?」

「羞恥心のあまり今すぐ死んじゃいそうです!」

「うふふっ、ごめんなさい」

眞利子さんは相変わらず発言に躊躇がない。

際どすぎてどういう顔していいかわからないし……。

「ってか、声でバレてたのかよ……」

想像しうる限り最悪なバレ方だ。

いや、でも確かに俺の部屋は上黒川家側だし、木造だし。

それに眞白の声も、最初は必死に抑えていたが途中からは抑えきれなくなって漏れていたし、かなり響く時だって……じゃないじゃない。眞白の母親の前で何思い出してんだ俺は。

「そ、それはもう、眞白も知って……?」

「知らないわよ」

「そ、そうですか。いやまぁ、眞白が知ってたら普通の顔出来てないっていうか、部屋から出てこない可能性も十分にあるし……」

「だって嘘だから」

「……え?」

「いくらとなりの家とはいえ、聞こえないわよ普通~。うふふっ」

「…………え」

お、俺……ハメられた?

眞利子さんは顎に手を当てると、楽しそうに頬を緩ませて言った。

「でも、いいこと聞いちゃったわ~。眞白、おっきい声出しちゃうタイプなのね~」

「こんなの合法か⁉」

娘の幼なじみをシモでからかう母親がいていいはずがない。

「知ってたのは普通に、眞白がケンくんの家から朝帰りしてたからよ? 朝帰りってことはそういうことだし」

「そりゃそうだ……俺はなんて初歩的なミスを……」

「まぁいいじゃない。楽しかったし」

「眞利子さんはね? 俺は地獄のような時間だったよ⁉」

「そういうの好きじゃないの~?」

「なんで親子揃って俺にMの気があると思ってるんだよ……」

「私たちと付き合うってことは、そういうことだからよ~」

「恐ろしいな……」

ってことは眞白パパも……いや、考えるのはやめておこう。

心を落ち着かせるためにコーヒーを飲む。

ダメだ。完全に眞利子さんのペースに呑まれてる。ここは一度、落ち着いて……。

「それで、眞白とはいつから付き合い始めたの?」

「ブハッ!!!」

「あらあら~」

俺に休まる時間はない、のか……?

「で、いつ? 高校に入ってから? それとも最近? はたまた中学の時から……」

「つ、付き合ってませんよ、眞白とは」

「……高校二年生だとまだ照れちゃうわよね~。うふふっ、初心初心っ」

「ダメだ信じてくれる気配がない……」

なんで長谷といい眞利子さんといい、俺と眞白を付き合ってることにしたいんだ……いや、正直ちょっと嬉しいけど。

「ほんとに付き合ってないんで」

「え、ほんとに?」

「ほんとですって」

「そう……じゃあ、ふたりは付き合っていないのにいやらしいことをシちゃったって……そういう、こと?」

「!!!」

マズい。

そんなこと眞白の母親に言ったら、ブチギレられるに決まって……。

「まぁ、年頃の男女ならそういうこともあるわよね~。うんうん」

「……え?」

「それに、ケンくんと眞白ならそういうことになっても仕方がないわ。むしろ妥当で健全ね~。というか当然? みたいな~? だってふたり、まだまだ若いもの~」

「お、怒らないんですか?」

「怒らないわよ? 逆に、あれだけふたりでいて何もなかったらおかしいわ。ケンくんか眞白の生殖機能を疑うわね」

「生殖機能って……」

年頃の娘がいる母親から聞ける言葉じゃない。

やっぱり眞利子さんはすごいなと……と圧倒されていると、眞利子さんはやわらかな微笑を浮かべて、さも当然のことかのように言った。

「それに、ケンくんなら眞白と結局、結婚してくれるでしょ?」

「…………え?」

眞利子さんの表情は至って穏やか。

しかし、雰囲気が粟原さんの一件があったときの眞白とそっくりだった。

つまり、有無を言わさぬ威圧感が、支配感がそこにはあった。

「というか、照れてるだけで普通に付き合ってるんでしょ? 私にはお見通しよ~」

「えっと……」

冷や汗がダラダラと出てくる。

眞利子さんは本気だ。本気で言ってる。

……でも、そりゃそうだ。

俺はそれくらいのことをしたのだ。

「眞利子さん」

「なぁに?」

「……俺、眞白と付き合ってないんです、ほんとに。だから、その……状況としてはあまりよくなくて、事実俺が悪いんですけど……」

俺は責任を取るとか、そんな次元の話を軽々できる立場ではない。

でも、眞利子さんの前ではしっかりと示さなければいけない。

俺は意志を込めて眞利子さんを見つめると、力強く言い放った。

「でも、責任はしっかり取ります。眞白がどうかは分かりませんけど……俺にできることは、ちゃんと」

眞利子さんが驚いたように目を見開く。

やがて頬を緩ませると、

「……そう。ケンくんならそう言うと思っていたわ」

満足したように微笑み、紅茶を飲んだ。

ピンと張り詰めた空気が徐々に和らぎ始め、そして……。

「とは言いつつ、ほんとは付き合ってるんでしょ~?」

「なんで信じてもらえない⁉」

結構冗談を許さない空気流れてたのに⁉

「私、昔からお似合いだと思ってたのよ~? ほら、眞白ってわがままなところあるでしょ? かわいいくらいに」

「か、かわいくないくらいにわがままなときもありますけどね……特に最近」

「でも、ケンくんはそんな眞白の後ろについてあげて、いつも支えてくれたでしょ? その関係が、ふたりでひとつになってるわ~って感動してたのよね~」

「ふたりで、ひとつ……」

「だいぶケンくんに眞白が寄りかかっている状態ではあるけど~」

「寄りかかってるっていうか、担がされてますけどね、もはや」

「言い得てみょんみょんだわ~」

「それ流行ってるんですか?」

長谷も言ってたし……今すぐやめたほうがいい。なんでもかんでも流行らせるな現代人。

「でも、眞白もたまには支えてくれると思うわよ、ケンくんのこと。だってあの子、優しいもの」

「……そう、ですね」

ああ見えて優しいことは、俺も知っている。

「ほら昔、ケンくんが熱出したときあったでしょ? それもすごい高熱」

「ありましたね……懐かしいな」

「そのときの眞白、すごく焦ってね~。私と一緒におかゆ作って、一日中ケンくんの看病して。支えてもらう方が得意かもしれないけど、大事な人はちゃんと支えてあげたいって思う子なのよ、眞白は。うふふっ、娘ながら愛おしいわ」

「……そうですね」

「だから、これからも眞白のことよろしくね?」

眞利子さんがやわらかい笑みをたたえ、俺に言った。

「はい、頑張ります」

俺が答えると、眞利子さんは満足そうに目を細めた。

放課後の、穏やかな時間が流れる。

眞利子さんに翻弄されはしたが、なんだかんだでいい時間だったな……。

「で、いつ結婚するの? 高校卒業後? それとも大学? 何にせよ、早い方がいいわよ~。だって私、孫の顔が見たいもの。なるはやで。うふふっ」

「結婚の催促しないでください!」

「孫が見たいわ~。孫孫~」

「孫の催促もやめてくださいって! そういうの今、かなりデリケートですし……!」

眞利子さんを落ち着かせようとしていた、そのとき。

「――どうして兼助が私の家にいるの? ねぇ、一体ここで何をしているの?」

凍えるほどに冷たい声がリビングに響いた。

「ま、眞白……」

「あら眞白、おかえり~」

「おかえりじゃないわよ。なんで兼助とお茶しているの?」

「いいじゃない~。ケンくんは眞白だけのものじゃないのよ?」

「……は?」

俺のこと見るなほんと怖いから。

「まぁ、なんでもいいわ。とにかく、兼助は今すぐ家に帰りなさい。ハウス」

「俺犬じゃないんだけど……ってか」

せっかく眞白と対面している貴重なこの機会に、あの日明らかにできなかった本音を明らかにしたい。そんな気持ちが湧いてきた。

眞利子さんに宣言したわけだし、いい加減もう一歩踏み込みたいのだ。

「ま、眞白」

「っ! い、いいから早く帰りなさい!」

「ちょっと待ってくれ。話したい事が……」

「は、はぁ? 兼助と話すことなんてないわよ。ハウス兼助。兼助ハウス!」

「ま、眞白!」

「っ! 犬は黙って……!!」

「眞白、いつからケンくんと付き合い始めたの~? 言ってくれればよかったのに~」

「「…………え?」」

い、今……じゃなくない?