作品タイトル不明
第15話 キスしてきたのお前だよな⁉
「ふはぁ……」
あくびをしながら、通学路を歩く。
ここ最近は思うように眠れず、寝不足気味だった。
それもこれも、全部……。
――ちゅっ。
「っ! なんなんだぁ……なんなんだなんなんだなんなんだぁ!!」
頭を抱え、思わず声が出てしまった。
信号は赤。
立ち止まり、しゃがみ込みたくなる気持ちを押さえながら待っていると、となりからふわりと甘い匂いが鼻をかすめた。
「……はよ、兼助」
眞白が俺に一瞥もくれず、となりに立った。
「お……」
「お?」
「お、お……」
「お…………はっ! け、兼助! 朝からわ、私の……む、胸を見て発情するのはやめなさい! それも開口一番、私に向かってお、おっ……いだなんて……!」
「言ってないからそんなこと!」
「変態……朝から無差別に変態……!」
「なんか出てこなかっただけで、普通におはようって言おうとしたんだって!」
開口一番、女の子に「おっぱい」なんて言う訳ないだろ、普通。
……いや、まぁ。
そう言ってしまうほどに眞白は男が憧れる胸をしているというか、形大きさ共に絶妙、というか。何なら俺は触るどころか……じゃないじゃない。
「……はぁ。普通におはようも言えないの? それは人としてあんまりだと思わない? まぁ、そもそも兼助が人なのか、という問題は前提としてあるのだけれど」
「四肢を見ろ俺の四肢を」
「兼助の人間自慢は四肢なのね。……残念」
「残念言うな」
信号はまだ変わらない。
「というか、おはようを言えないのは眞白の方だろ? おはようを無理やり上下に分けたとしたら、いつも下の句しか言えてない」
「それは兼助が下の句のみの挨拶で済む人間、ということよ。他の人にはちゃんと言うわ。あ、でも兼助は人間ではない可能性があるから前言は修正、言い直した方がよさそうね。んんっ。それは兼助が下の句の……」
「修正して言い直さなくていいから。ってか、いの一番に人間ではない可能性を修正しろ」
「めちゃくちゃなことを言うわね。ならそれに足る論拠を示してくれる? 話はそれからよ。感情論だけでは人は動かないわ。ひとつ学べてよかったわね。まぁ、よかったわねと本心からは思っていないのだけれど」
「めちゃくちゃ言ってるのは眞白の方だ……ってかな、大体この前も……」
言いかけて、その後がついて出てこなかった。
「この前も、何よ」
眞白が訝し気に俺を見る。
この前、眞白……俺に……。
「……な、何でもない」
信号が青へと変わり、歩き始める。
「はぁ? 何でもないって何よ」
「もう人間じゃなくていいから!」
「そう? ならいいのだけれど」
「……いやよくないけど!」
よくない、本当によくない。
この数日、同じことばかり繰り返している。
眞白がなぜ、あのとき俺にキスをしたのか。
その理由をずっと、聞けないでいる。
「…………はぁ」
「……早く人間になれるといいわね」
「そのため息じゃないから」
その日の夜。
テーブルには珍しく、夕食然とした料理が並んでいた。
そして、俺の前に――
「兼助、お茶がないわ。お茶」
「取ってくださいを言えない高二女子……ってか自分で取れよ」
「私、もう座ってしまったもの」
「俺も座ってるんだけどな」
なんて言いながら、大人しく眞白のお茶を取りに行った。
今日は眞白の家にも誰もいないらしく、お裾分けのついでに俺の家で夕飯を食べていくことになった。というか、眞白が勝手にそうした。
こんなこと今までほとんどなかった。あの眞白が、俺と一緒に夕飯を食べようだなんて……。
「兼助は私をもてなす義務があるのよ」
「なんでだよ」
「だって、いつもひとり寂しくご飯を食べている幼なじみを哀れに思って、私が貴重な時間を割いてまで一緒に食卓を囲んであげているのよ? 兼助はそんな私の優しさに報いる必要があると思わない? 思うわよね?」
「そんな恩返し前提の優しさは優しさとは言わない」
理由説明も一切優しくなかったし。
呆れながらも改めて眞白の前に座り、手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
箸を手に取り、食べ始めた。
正直な話、眞白の言う通りでご飯の時間は寂しかった。
だから、眞白と一緒に食べられるのは素直に嬉しい。
ただ、今の眞白と普通に接するのは無理な話だ。
だって……。
――ちゅっ。
「っ!!!」
「?」
「う、美味いなぁ。人と食べるとな、なおのこと美味いなぁ!」
「……不快だわ」
「不快になんなよ」
フンッと不機嫌そうに鼻を鳴らし、眞白が黙々と箸を動かす。
俺も十分おかしいが、一番おかしいのはどう考えたって眞白だ。
二回シてしまったあと、眞白は俺の言動に取り乱すようになり、俺が強気に出れる隙が生まれた。そして、強気に出れば眞白はしおらしくなった。
でも、粟原さんに告白されてから眞白の暴力性は跳ね上がり、俺の腹に風穴を開けようとしてきた。と思ったら、大人しくなった。
そして、粟原さんの告白を断ったと知ったとき、眞白は明らかに嬉しそうで、同時にほっとした様子だった。また、しおらしくなった。
――と思ったら、俺が寝ている間にキスをしてきた。
「…………」
思わず、眞白のことを見てしまう。
ガラスのように冷たく輝く瞳に長いまつげ。
顔は作られたかのように整っていて、色白美白。
薄くてやわらかそうな唇は綺麗な桜色で、それで……。
「……ちょっと」
「え?」
「な、なに私のことをエロい目で見ているのよ……食事中、なのだけれど」
「……あ、ご、ごめん」
「っ! え、エロい目で見ていたことは認めるのね……」
「いやっ、み、見てない! 見てないから!」
「無理があるわよその弁明は。今朝も私の胸を見て……欲情するのはやめてくれる? い、いくら二回シたとはいえ……もう一回できるとは思われたくないのだけれど」
「思ってませんから……」
いや、考えないようにしてるだけでシたいはシたいけど。……ぶっちゃけめちゃくちゃシたい。じゃないじゃない。
「私は兼助が望めば簡単に手に入るようなお手頃な女じゃないのよ。慎んでくれる?」
「わかってるって」
お手頃な女じゃないと言いながら、欲情するなと言いながら……こないだキスをしてきたのは眞白だけど。
なのに、今は一周回って落ち着いているし……意味が分からない。
また眞白が、よくわからない。
「……ほんと、兼助に限らずどうして男という生き物は発情しっぱなしなの? 私に女性としての魅力を感じてしまうのは仕方がないにしても、露骨すぎて気持ちが悪いのだけれど」
「え、俺以外の奴にもエロい目で見られてるのか? いや、俺はそんな見てないんだけど」
「見られるわよ。普通に歩いているだけで、とても。学校なんかは特にひどいわね。廊下を歩いているだけで、何人もの男子生徒が……」
「……許せないな」
「…………へっ?」
「ん? どうした? 急に顔赤くして」
「っ! あ、赤くなんかしてないわよ。た、ただまぁ……兼助にそういう嫉妬心というか独占欲というか、一丁前な感情を私に抱いていることが驚いたというか、うれしっ……う、憂いている? み、みたいな? よくわからないけれど……」
「何ボソボソ言ってるんだよ」
「と、とにかくうるさい!」
「うるさいはヤバいみたいに汎用性高くないぞ」
ほんとによくわからない奴だ、眞白って。
……やっぱり、聞くべきか。
第一、俺に欲情するなと言っておきながら、眞白の方からキスしてきたのがなんかムカッとするし……まぁ、ムラっともするし。
それに何より、キスをしてきたってことは……だし。
「な、なぁ眞白」
「何よ」
「えっと、その……」
言いよどんでしまう。
でも言うんだ。今日こそは……。
「はっ! ま、まさか兼助、私に今夜の交渉を……し、シないわよ! ぜ、絶対にシてあげないんだから三回目なんて!!」
「もうええわ」
夕食後。
眞白がリビングでくつろいでいる中、俺は二階で洗濯物を畳み、棚に戻していた。
今は無心で何かをしていたい。じゃないと……。
――ちゅっ。
「っ!!!」
唇の感触と共にあの光景を思い出してしまい、思い切り棚に頭をぶつける。
「いってぇ……」
「――鈍くさいわね」
「えっ」
不意に背後から眞白に声をかけられ、驚いて体勢を崩す。
「なっ……」
二回目のときと似たような状況。
しかし、今回は咄嗟に踏ん張ろうとした。そのせいだった。
体の軸がブレ、上半身だけ前傾姿勢になる。
正面に立っている眞白は突然のことに固まっていて、必然的に距離が近づいていった。
スローモーションのように時が流れ、顔と顔が近づいていく。
避けることもできず、これ以上踏ん張ることもできず、中途半端な状態でそのまま……。
ちゅっ。
「「⁉⁉⁉」」
確かに触れ合う、唇と唇。
――ラブコメの神様に、愛されすぎている。
「な、な、な……なに、して……」
眞白が唇に人差し指で触れ、ぷるぷる震える。
やがて顔を真っ赤にすると、目力を強めて言い放った。
「何してるのよっ……!!!」
胸倉を掴む勢いで眞白が迫ってくる。
「今の、完全に狙ったわよね⁉ わざとよね⁉ いくら私に直接交渉できなかったからって、こんな方法……っ! シないって言ったでしょ⁉ な、なのにき、キス、なんて……! 最低よ!!」
――最低。
その言葉があの日のように俺のリミッターを外した。
「最低って……」
俺は眞白の方に一歩踏み込むと、勢いに任せて言ったのだった。
「こないだ俺が寝てる隙にキスしてきたヤツが何言ってるんだ⁉」
つ、遂に言ってしまった……。
「…………」
そして、俺の言葉に眞白は――