作品タイトル不明
第四十三話 騎兵の価値
リンダム王国の軍事力を強化するため、エドウィンが新たに取り組み始めたのが、騎兵部隊を組織することだった。
ドゥムノス砦跡の周辺にあるいくつかの馬牧場を支配下に置いたことで、エドウィンはこれまでと比べて容易に多くの馬を、それも質の良い軍馬を手に入れられるようになった。新たにエドウィンの民となった牧場主たちは、今後帝国軍に納めるはずだった馬を牧場に抱えていた。エドウィンはそれらの馬を今年の税として納めさせ、ひとまず五頭を手元に置いた。
戦場での機動力と攻撃力において、騎兵は徒歩の兵を遥かに上回る。騎兵が密集して突撃を為せば、手練れの職業軍人による堅牢な盾の壁さえ粉砕されることもあり、脆弱な民兵の群れなどは突撃を受ける前に逃げ出す。エドウィン自身は騎兵を扱ったことはないが、大陸にいた頃にそのような話を幾度も聞いた。
ロドニア帝国軍の騎兵部隊も、過去の征服行や現代の隣国との戦争において、幾度となく戦果を挙げてきたという。北東から侵入するゴドロワ人との分の悪い係争においてさえ、騎兵部隊は例外的に勝利を重ねてきたと語られていた。
そんな騎兵部隊だが、組織し維持することは容易ではない。何万という常備兵力を抱える帝国でさえ、擁する騎兵の数は軍全体の一割にも届かないという。
騎兵部隊を運用する上で特に困難なのが、騎乗戦闘を行えるほどの技術を持つ軍人の数を揃えること。
ただ馬に乗るだけならばできる者は珍しくないが、状況も地形も様々な戦場で馬と一体になって自在に駆け回ったり、他の騎馬と息を揃えて突撃したり、さらには疾走する馬上で体勢を維持しながら武器を振るったりできる者となると、途端に稀少となる。そのような離れ業を行うには長い鍛錬を積む必要があり、そのような鍛錬を積める者はごく限られる。
故に、帝国軍でも騎兵部隊の規模を拡大することは容易ではなく、それどころか規模を維持することにも苦労してきた。帝国が衰退の一途を辿る現在は、苦労の甲斐もなく帝国軍の騎兵は徐々に数を減らしているという。
帝国とは比較にならない小国であるリンダム王国では、本来ならば、王家が自前の騎兵部隊を持つことなど到底叶わない。しかしエドウィンには、騎兵部隊を組織する上で最大の困難となる騎兵の確保を容易にする策があった。
「……確かに、今までと比べて随分と動きが良くなっているようだ。やはり 鐙(あぶみ) の力は素晴らしい」
都からほど近い平地で、レオフリックを先頭にして馬で駆ける四人の戦士たちを眺めながらエドウィンは言った。
傭兵時代、時おり仕事で帝都に足を運んでいたエドウィンは、世界各地から集まる珍しい品々をそこで目撃した。タイウェルとの戦いで大きな効果を発揮したクロスボウも、元は帝都で辺境の武器として知ったものだった。
クロスボウと同じように偶然その存在を知り、有用と考えて手に入れたのが、鐙だった。これは馬の鞍に取りつけて使う道具で、足をかければ馬上で姿勢を安定させやすくなり、踏ん張ることもできるようになる。
この鐙を用いれば、馬に激しい動きをさせたり、馬上で武器を振るったりするのが随分と楽になる。もちろん前提としてある程度馬を操る能力が必要だが、子供の頃から馬と共に育つような長い鍛錬を積んでいない者でも騎兵になり得る。
実際、この鐙を発明した遥か東の大国では、騎兵の育成が段違いに楽になったのだという。鐙が大陸を横断してロドニア帝国に流れてきたのはここ最近のことで、政治的文化的なしがらみに縛られた帝国では今のところクロスボウと同じように普及していないようだったが、エドウィンはこれを有用な道具と考え、やはりクロスボウと同じように確保した。
それが今から数年前のこと。以来、エドウィンは馬に乗る機会があれば個人的に鐙を使用し、確かに有用な道具であるらしいことを実感してきた。そして、一定数の軍馬を確保した現在、鐙を活用して騎兵部隊を組織するための試みをいよいよ開始した。
「本格的に鍛え始めて数週間でこれです。この調子で鐙を使わせながら本気で訓練させれば、この四人に関してはそう時間もかからず戦場で使い物になる騎兵に育つでしょう……やはりよくできた道具です。こんな単純な仕組みで画期的な効果のあるものを、どうして帝国では誰も考えつかなかったのか」
エドウィンと並んで戦士たちの騎乗技術を観察しながら語ったのは、戦士長ジェラルド。彼は戦士団の中で唯一、まともに騎乗戦闘を行うことができる。
エドウィンの亡父ケンウルフと出会う以前、ジェラルドは帝国本土の北東部国境で、ゴドロワ人と激しい争いをくり広げる傭兵団にいた。孤児だったところを団に拾われ、元帝国軍騎兵である団長に気に入られて子供の頃から馬の乗り方を教えられ、元より才能もあったのか、成人する頃には戦場を駆けられるほど馬の扱いに慣れていたという。
しかし間もなく、その傭兵団は戦闘で壊滅。協働していた帝国軍への伝令を務めていたために一人だけ生き残ってしまったジェラルドは、自身にとって家族同然の団を失ったことで心が荒み、国境地帯から遠い後方で盗みをはたらいて暮らしていた頃にエドウィンの父ケンウルフと出会い、彼の最初の配下となった。
そのような過去を持つために騎兵を名乗れるだけの技術を持つジェラルドは、エドウィンより騎兵部隊編成の責任者に任命されている。彼はこの数週間、自身の息子レオフリックをはじめ馬を操るのが比較的上手い戦士たちに訓練を施していた。
ジェラルドがこのように言うのであれば、鐙の有用さはもはや疑いようがない。この道具に関しても自分には先見の明があったのだと確信しながら、エドウィンは楽しげに笑う。
「発明とはそういうものさ。他者から教えられれば何ということはない仕組みの道具を、世界で最初に思いつくことは恐ろしく難しい……まったく、東洋の人間は面白いものを考えてくれたものだね。鐙のおかげで、僕の権勢はより確かなものになりそうだ」
言いながら、エドウィンの目には分かりやすく権力への欲が浮かんでいた。
これまでアロナ島において、騎兵は存在そのものが珍しかった。島内で大きな戦いが起こる可能性は極めて低く、そのために駐留する帝国軍部隊には騎兵は少なかったという。
その騎兵も専ら伝令や巡回などに使われていたそうで、なのでアロナ人たちは「馬に乗って突撃する」という戦法の存在やその効果を知らない者が大半。仮に知っていたとしても、部隊としてまとめて運用できるほどの騎兵を揃えることは、よほどの大勢力が誕生しない限り不可能と言える。
そんな中で、せいぜい数千程度の人口しか擁していないうちから騎兵部隊を運用することができれば、リンダム王国は他の勢力に対して圧倒的な有利を得ることができる。
まともな実戦経験のある人間自体が少ないアロナ島において、騎兵部隊はおそらく無敵と言ってもいい力を発揮する。民兵たちに強力な遠距離攻撃能力を与えるクロスボウと合わせれば、今後さらなる領土拡大を成す上で、これまで以上の強敵と対峙しても容易に勝利できる。エドウィンはそう期待している。
「ひとまず十五騎程度の騎兵部隊を作るとしたら、どれくらい時間がかかる?」
「……三年もらえれば、俺が実力を保証する騎兵部隊を完成させてご覧に入れましょう」
たとえ十五騎程度でも、せいぜい数百人規模の戦闘しか起こらないであろう現状のアロナ島南西部においては切り札となる。そう考えながらエドウィンが問うと、ジェラルドは顎に手を当てて思案の表情を浮かべた後、そう答えた。
「この四人を育てるのはそう難しくないとして、残りの騎兵の数を揃えるのが一苦労になるでしょう。戦士たちの中から一応馬に乗れる奴を集め、訓練を施して騎乗技術を上達させ、さらに軍馬も十分な数を揃えるとなると……」
「……確かに、鐙のおかげで上達にかかる時間が大幅に短縮されるとしても、三年程度が妥当な準備期間になるか」
側近の意見に納得しながら、エドウィンはそう返した。
今訓練を受けているレオフリックたちは戦士団の中でも特に馬の扱いが上手いとして、その他の戦士たちも元傭兵であり、馬に接する機会は一般的な平民よりは多かったので、ただ馬の背に乗って歩かせる程度のことはできる者も少なくない。しかし、そこから戦場で馬を乗り回せるほどに能力を高めるとなれば、いくら鐙があっても相当の時間がかかるのは当然。
また、国内の牧場主たちには引き続き軍馬を繁殖させるよう命じているが、現状で彼らが王家に納められる頭数は合計で年に四、五頭程度。馬の生産規模の拡大もすぐにはできないので、十五騎程度の騎兵部隊を運用できるだけの軍馬を用立てるのであれば、やはり数年を要する。
「では、三年後の年末までに実戦で突撃を行える騎兵部隊を完成させることを目標に、訓練を進めてくれ。必要な支援や配慮があればできる限り叶えよう」
エドウィンが正式に命じると、ジェラルドは「御意のままに」と言いながら頷いた。
「クロスボウ兵に加えて騎兵が手に入れば、我がリンダム王国の有利は当面揺るがない。国を強化して安定させるための長い猶予を得られる……僕は恵まれた支配者だ。そのことを神々に感謝しなければ」
クロスボウや鐙が自分にもたらしてくれるのは、あくまで猶予だけ。どちらも今のアロナ島において画期的な道具ではあるが、所詮は道具。他の勢力がその存在を知り、仕組みを把握すれば、模倣して作ることも難しくない。いつまでもリンダム王国だけに有利をもたらすものではなく、いずれは島内に広まっていくものと思うべき。エドウィンはそう考えている。
有利を独占できなくなった後もリンダム王国の安寧を守り続けるためには、結局は正攻法しかない。社会を発展させ、軍事や工業や商業の力を高め、有能な官僚も増やして徴税や兵力徴集の体制を整え、戦時に質と量の両面で強い軍勢を用意できるようにする。そうやって真っ当な方法で国力を高めていくしかない。
そのためには、より大きな領土が、多くの民が、そこから生まれる富が必要。エドウィンがさらなる領土拡大を目指すのは、単に個人的な野心を満たすためだけではない。