作品タイトル不明
第四十二話 新領土
タイウェル・ドゥムノスと、彼に従属していたガレスを打ち破ったことで、ティリス川下流域の南側においてエドウィンはもはや敵なしとなった。勝利の後、エドウィンはこれまでに比して巨大になったリンダム王国を良く統治するために奔走していた。
最も重要な仕事は、タイウェルとガレスから奪った新領土内の各人里を巡り、王による新たな支配を宣言すること。
エドウィン王を名乗る人物がタイウェルとガレスを排して彼らの領地に君臨したことは、噂として民の間にも徐々に広まりつつあるが、エドウィンはこれまでの征服行と同じように、あえて戦士たちを率いて全ての人里に自ら足を運び、住民たちに服従を命じている。軍勢を連れた王の威容を見せつけることで新たな民に支配者の交代を印象づけ、さらには自らの言葉で新たな税制――タイウェルやガレスが課していたものよりも明らかに軽い課税について語ることで、自分が「悪しき前支配者の圧政から民を解き放った救済者」であることを印象づけるために。
過去の征服行とは違い、既にタイウェルやガレスが一度支配した地域であるため、その地域内のある程度の地理はあらかじめ把握されている。タイウェルに文官として使われていた祭司などに協力を求めれば、人里の位置やそこまでの道のりも分かる。
とはいえ、王の館から片道で一日以上の距離にある人里を、合計で三十ほども回るとなれば、相当の時間を要する。王として他にも様々な仕事を抱えるエドウィンとしては、冬までに全ての人里を回れればよしと考えている。
また、ティリス川下流域の南側には、エドウィンにもタイウェルにもガレスにも未だ支配されていなかった人里が、少数ながら残っていた。エドウィンの勝利の後、それらの人里の代表者が都まで訪ねてくるようになった。
エドウィンがこの一帯において唯一絶対の支配者となったことに加え、周辺から「どうやらリンダム王国とやらの支配者は寛容な人物らしい」という噂が流れてきたからか、自ら進んで服従を申し出てきた彼らをエドウィンは当然に受け入れた。
ティリス川下流域の南側には村と農場が合計で七十ほど、その他に職人の暮らす家や祭司の暮らす神殿がいくつもあり、そこから予想される総人口は五千人を超える程度。今年のうちにはこれらの人里と民が、全て掌握されてエドウィンのものになる見込みだった。
しかし、北の新領土はタイウェルや彼に倣ったガレスの横暴な振る舞いの結果、全体的に社会が疲弊しており、なかには生活が破綻して困窮しているような者もいる始末。挙句の果てには故郷を離れて盗賊化しているような者もいるようで、秩序の完全な回復と社会の復興にはある程度の時間がかかるものと思われる。
新たな領土を掌握していく中で、思わぬ成果もあった。
「……なるほど、確かに質の良い陶器だ」
勝利から一か月と少しが経ったある日。新領土の中でも、ティリス川に最も近い人里のひとつである村の広場で、エドウィンは村長から手渡された壷を観察しながら呟く。
人口は七十人ほどの、一見すると平凡な農村。しかしここでは、大河の周辺の湿地から得られる上質な粘土を使っての陶器生産が行われているのだという。
他の川沿いの人里も同じように陶器を作っているところが多く、それらは生活に利用されるだけでなく、周辺の人里や時おり来訪する商人に売られて副収入をもたらしてきた。尤も、帝国軍の撤退によって商業が崩壊した後は、そうした輸出もほぼ止まっているというが。
「帝国軍がいた頃は、大陸から渡ってきたロドニア人の商人が陶器を何十個も買っていくこともありました。おかげでこの村は、ただの農村にしては豊かだったのですが……以前のような暮らしに戻ることはできるでしょうか」
「ああ。今すぐにとはいかないが、いずれそうなると約束しよう」
困り顔で尋ねてきた村長に、エドウィンは自信ありげに即答する。
「これだけ上質で、ロドニア人からも需要のあった陶器となれば、我が国の主要な特産品のひとつにできる。数年も経てばこのアロナ島の情勢も今より落ち着いて、そうなれば商業も徐々に復活するはずだ。この村をはじめとした川沿いの人里は、陶器の名産地として再び豊かさを享受するようになる。私は王として、諸君の陶器生産を厚く保護していこう」
王の言葉を受け、村長も、彼の後ろに集まっている住民たちも安堵の表情を浮かべる。その様を眺めながら、エドウィンは内心でほくそ笑む。
そのうち島内の各地にリンダム王国と同じような国家が誕生すれば、国同士の交易も行われるようになる。その際、強みとなる特産品はひとつでも多い方がいい。特産品のおかげで活発な交易が行われ、そこに税を課せば、それもまた王家の収入源となる。
「それでは諸君。納税は定められた通りにしっかりと頼む。何か困りごとがあれば、定期的に見回りにくる戦士たちに伝えるか、我が館のある都まで報せにくるといい」
住民たちに言い残し、エドウィンは馬に乗る。以前までの馬よりも明らかに上等な軍馬に。
タイウェルを打倒してその領地を奪い取ることで得られる戦果として、エドウィンが期待していたもののひとつが、かつての帝国軍の拠点であるドゥムノス砦、その周辺にあるいくつかの馬牧場だった。農耕馬や荷馬だけでなく、帝国軍の需要を見込んで軍馬の飼育も行っていたこれらの牧場は、無事にリンダム王国の新領土の一部となった。
その際、要領の良い牧場主が、王への挨拶として自ら館を訪れた。自身の牧場で飼っている中でも、最も上等な軍馬を貢ぎ物として持参して。
エドウィンは彼の忠実な姿勢と、他の牧場主たちに先駆けて上手く立ち回る行動力を高く評価し、都の近くに土地を与えて重用することを提案した。牧場主は大喜びでこれを受け、家屋と牧場の設備が完成次第、王から最も厚く庇護される地へと移り住むことが決まった。
以来、エドウィンは移動の際には献上された軍馬を使っている。ノックスと名づけられた黒毛の軍馬は、元は帝国軍士官に納められる予定だったこともあり、逞しさと優美さを兼ね備えている上に躾も行き届いている。王の愛馬として申し分ない良馬と言えた。
「さて、我が頼れる側近オズワルド。次の人里へ向かうとしようか」
「了解、国王陛下……お前ら出発するぞ! 整列しろ!」
エドウィンの言葉に頷き、戦士たちに向けて声を張ったのは、今回の旅において王の補佐役を務めるオズワルドだった。父サベルトの死後、彼は父の分まで主君エドウィンを支えようと日々尽力してくれている。人好きのする陽気な気質で戦士たちをまとめ上げるという、サベルトの役割を見事に引き継いでいる。
領土拡大で国家運営が忙しくなった一方で、サベルトの死によって王の側近が減ってしまった現在は、何においても頼れるジェラルドが留守を守り、レオフリックやオズワルドがこうしてエドウィンの移動時の補佐を担うことも多くなっている。
オズワルドの言葉を受け、およそ二十人の戦士たちが列を成す。オズワルド自身は直衛の一人として、古参の戦士数人とともにエドウィンの周囲を囲み、さらにエドウィンの後ろには今回の旗持ちを務める大柄な戦士が立つ。
村を出発しながら、エドウィンは悦に入る。立派な軍馬に乗り、屈強な戦士たちを引き連れて移動する自身の様には、まさに君主らしい威厳があることだろう。そう思うことで、決して快適なばかりではない長い移動の時間もエドウィンにとっては楽しいものとなっている。