作品タイトル不明
第三十七話 決戦②
こうしてエドウィンが自軍を鼓舞する間に、タイウェルも同じように己の軍勢を鼓舞していたようで、敵軍から一斉に吠えるような声が上がった。頭数は敵軍の方が多いが、上がった声はこちらよりも小さいようだった。
タイウェルは馬に乗ったまま指揮をとるつもりらしく、彼がこちらを向き、馬上で戦斧を掲げて何か叫ぶと、敵軍は一斉に前進を開始した。
隊列を組むこともなく、雑然と横に広がった状態で迫ってくるタイウェルの軍勢に対して、リンダム王国軍は幾らか陣形を整えている。三十人弱いる戦士は横一列に並び、五十人強の民兵は戦士たちの後ろに二列を作っている。
「盾の壁!」
敵軍が動き出したことを認めたエドウィンが鋭く命じると、最前列にいる戦士たちが揃って盾を構え、壁を作る。整然とした動きと、盾が一斉に動く音が敵を威嚇する。
一方で、この盾の壁の後ろでは民兵たちも動き出す。
最後列の民兵たちは、いかにも民兵らしく、平時の服装のままで農具などの粗末な武器を手にしている。一方で、戦士たちのすぐ後ろで列を成す民兵たちは、エドウィンが切り札としてこの戦いに投入している兵器――クロスボウを持っている。
この二列目の民兵たちの指揮を任されているのは、エドウィンの若き側近レオフリック。彼は二列目の中央、エドウィンのすぐ後ろに立ち、左右の民兵たちに命令を下す。
「クロスボウ兵、弦を引け!」
その命令を受けて、二列目の民兵たちはクロスボウの射撃準備に取りかかる。クロスボウの先端を地面に置き、弓に足をかけ、背筋の力を使って一般的な弓のものよりも硬い弦を引き上げる。
この夏までに完成していたクロスボウの総数は三十八挺。そのうち、この戦場に持ち込まれているのは二十六挺。民兵のうち、命令に従いながらクロスボウの操作ができる程度に要領の良い者が二十六人、射手に選ばれている。
タイウェルの軍勢はなおも前進を続け、両軍の距離は次第に縮まる。
エドウィンは彼我の距離を見極めるように戦場を注視し――一見するとそれと分からないよう戦場に置かれていた目印、白く大きな石を敵軍の先頭集団が踏み越えた瞬間、再び口を開く。
「戦士諸君、膝をつけ!」
自身も盾を構えて壁の中央を担っていたエドウィンは、そう言いながら片膝をつく。ジェラルドやサベルトが王の命令を復唱し、戦士たち全員が膝をついて姿勢を低くする。
それに合わせて、エドウィンの後ろでレオフリックが次の命令を発する。
「クロスボウ兵、前に出てクロスボウを構えろ!」
命じられた二十六人のクロスボウ兵は、一歩前進して最前列の戦士たちの間にそれぞれ立つと、敵軍に向けてクロスボウを真っすぐに構える。
「クロスボウ兵、矢を番えろ!」
続く命令で、クロスボウ兵たちは左手でクロスボウを構えたまま、腰のベルトの右側に差してある矢を取り、クロスボウの台座部分の溝に置く。
全員に右手で矢を番えさせるのは、この作業中に誤って引き金を握り込み、矢を暴発させる事態を極力避けるため。集結からこの決戦までの数日間で民兵たちにこれらの動作を練習させ、この程度を覚えられない者はクロスボウ兵には選ばれていないため、二十六人全員が特に失敗することもなく装填作業を終える。
「クロスボウ兵、放て!」
レオフリックが最後の命令を下した直後、クロスボウ兵たちは一斉に引き金を引き、放たれた矢は敵軍に向かって真っすぐに飛翔する。
そして、敵軍の先頭集団のうち、矢を受けた十人以上が一斉に倒れる。幸運にも矢が当たらなかった者たちは、突然の事態を前に驚いて立ち止まる。
後続の敵兵たちが、急に倒れた仲間に躓いたり、立ち止まった仲間にぶつかったりして、敵軍全体の前進が止まる。まるで、見えない壁に揃ってぶつかったかのような有様だった。
何をされたのかすぐには理解できない様子で、敵軍はひどく混乱する。民兵だけでなくタイウェルの配下たちも、馬上のタイウェル自身も、動揺した様子で騒いでいる。
「もう一発食らわせるぞ! クロスボウ兵、弦を引け!」
敵軍が大きな隙を見せているこの機を逃さず、レオフリックは命令を下し、クロスボウ兵たちは二射目の準備に取りかかる。再び硬い弦を背筋の力で引き上げ、次ぐ命令でクロスボウを構え、矢を番える。
なかには動きがもたつく者もいるが、大半のクロスボウ兵が射撃準備を終えたことを確認した段階で、レオフリックは再び声を張る。
「クロスボウ兵、放て!」
第二射を受け、敵兵のうち前方にいた十数人が新たに倒れる。その様を見て、敵軍の混乱はさらに大きくなる。
倒れた仲間の身体に矢が突き刺さっている様を見て、飛び道具による攻撃を受けたことは既に理解しているはず。その上で、まさかこれほど大規模な遠距離攻撃を受けるとは思っていなかったために動揺しているのだろう。エドウィンは敵軍の様子を盾越しに眺めながらそう考える。
敵側の民兵たちは逃げ腰になり、一部の者は実際に逃げ出す。タイウェルの配下たちはそれを制止しようとしているようだが、効果は薄いようで、なかには民兵に交じって逃げ出す者もいる始末だった。周囲の者たちが大騒ぎをするので馬が興奮して前足を跳ね上げ、タイウェルが無様に落馬する様が見えた。
エドウィンが後ろを振り返って視線を向けると、レオフリックは頷き、クロスボウ兵たちに次の命令を発する。
「クロスボウ兵、後ろに下がれ!」
役目を終えたクロスボウ兵たちは、レオフリックの言葉を受けて後ろの民兵たちの間を通り、最後列へ移動する。この単純な陣形移動に関しても、この数日間に何度か練習したこともあり、問題なく行えた。
「戦士諸君! 全員立て!」
次にエドウィンが命じると、片膝をついていた戦士たちが再び立つ。エドウィン自身も、彼らの動きに合わせて素早く立ち上がる。
クロスボウを用いれば、大した訓練も要らず、脆弱な民兵に強力な遠距離攻撃を行わせることができる。敵味方が民兵を数の上での主力として戦う場合、民兵をより頼れる戦力へと変貌させたこちらが有利を得られる。
そのような自分の狙いは正しかったのだと、自分には先見の明があったのだと確信しながら、エドウィンは早くも態勢を崩している敵軍の光景を見据える。
この状況こそ、エドウィンが狙っていたものだった。まずは敵将タイウェルを彼の配下や民の前で挑発し、彼が面子のためにも攻撃的に戦わざるを得ない状況を作り出す。さらには戦士たちによる盾の壁を敵軍に見せつけ、こちらが堅い戦列を築いて防御的に戦うものと敵に思わせる。敵軍を前進させ、十分に自陣へ引きつけたところで、クロスボウの斉射によって不意打ちを為し、物理的にも心理的にも大損害を与える。敵軍の頭数を減らし、敵兵を動揺させてその士気を砕く。それらの作戦は、全てが成功した。
あと一押しで敵軍は瓦解する。エドウィンは獰猛な笑みを浮かべ、作戦を最終段階に進める。
「敵は怖気づいている! この好機を逃すな! 突撃!」
「突撃だ! 前の二列は突撃! 国王陛下に続け!」
エドウィンの命令をジェラルドがくり返し、最後列に立つクロスボウ兵以外の全員が突撃を開始する。若き王を中心に戴きながら、戦士も民兵も勇んで敵軍のもとへ突き進む。
数の上では未だリンダム王国軍が不利だが、敵軍がこのように混乱しきっている以上、兵力差はもはや問題にならない。覇気をまとって迫る軍勢、その中でも最前列を担う戦士たちの威圧感が、まず最初に敵軍を襲う。
いかにも戦い慣れている戦士たちの、殺意を帯びた突撃を受けて、ただでさえ士気が下がっている敵軍の民兵たちは耐えられなかった。両軍の激突前に大半の者がこちらに背を向けて逃げ出し、敵軍の兵力は激減。リンダム王国軍はただ突撃しただけで、数の上でも有利を得る。
一方で、タイウェルの配下と思わしき連中は、ここで敗ければ自分たちの立場が失われると考えているのか、逃げる者は少ない。全員とはいかないが、多くの者がその場に踏みとどまって立ち向かってくる。
そして、両軍は激突する。槍や戦斧や剣や盾がぶつかり合い、怒号が飛び交う。