作品タイトル不明
第三十六話 決戦①
アロナ島南西部を南北に分ける大河であるティリス川までは、足腰の頑健な者であれば、王の都から一日と少し歩けば辿り着けるという。ティリス川よりも南にあるタイウェル・ドゥムノスの拠点の村までは、当然それよりも短時間、ちょうど一日ほどで辿り着ける。
しかしこれは、単独あるいは少人数で、移動それ自体を目的として動く場合の話。非戦闘員を合わせて総勢百人を超え、大荷物の荷馬車なども伴っている集団が、小まめに休憩を挟んで体力を温存しながら移動するとなれば、より多くの時間がかかる。
エドウィンの率いる軍勢は、二日をかけてタイウェルの拠点の近くまで進み、そこで一晩休んで体力を回復させ、決戦の朝を迎えていた。戦士と民兵たちは温かく量も十分な朝食をとり、英気を養っていた。
「国王陛下!」
皆と同じ内容の朝食をエドウィンがとり終えた頃。先に朝食を済ませて斥候に出ていたサベルトが帰還し、歩み寄ってきた。共に斥候に出ていた数人の戦士たちに先駆けて戻り、敵側の状況報告に来たようだった。
「サベルト、ご苦労だった。敵側の様子は?」
「向こうも戦いの準備を進めてたみたいで、かなりの数の兵力が集まってます。遠目に見たところ百人は超えてます。まだ出撃する様子はありませんでしたが、村の周りにしっかり見張りを立ててるんで、奇襲を仕掛けるのは厳しそうですね。俺もできればもっと近い距離で敵情を調べたかったんですが、森の陰から出て近づくのはどうにも無理でした」
「そうか、百人以上……タイウェルの方も戦いに備えていたことは予想の範囲内だが、あちらも必死なようだね。まあ、ガレスの軍勢が全滅した話を聞けば、僕たちを恐れるのも仕方ないか」
サベルトの報告に、エドウィンは薄く笑みながら答える。
「奇襲が難しいとなると、ここで敵を待ち構えますか?」
「……ああ、そうしよう。質の面で敵側に劣るとは思わないが、数の上で不利なら、切り札のクロスボウを確実に活かしたい。となると、横に広がることができて正面の見通しもいいこの地形に陣取ったままの方がいい。これ見よがしに旗を掲げ、軍勢を並べ、敵の前進を誘おう」
少しの思案の後、エドウィンはジェラルドの問いかけに首肯を返す。そして北を見据える。リンダム王国の軍勢を撃退するため、自らも兵力を揃えたタイウェルのいる方角を。
・・・・・・
戦士たちが円盾と得物を持ち、民兵たちも全員が武器を手に取って戦いの準備を終えた後。リンダム王国軍は野営地よりやや北にある丘の麓に布陣し、敵を待ち構えた。
それから間もなく、斥候の戦士による敵軍出陣の報を先触れとして、同じように戦いの準備を終えたらしいタイウェル・ドゥムノスの軍勢が北からやってきた。
そして、両軍は対峙した。これから血生臭い殺し合いを始めようとしている人間の都合などまるで無視するように、よく晴れた空の下で。
「……ざっと百二十人といったところでしょうか」
「サベルトの報告通りだね。領地の人口が千五百人で、それに対して集めた兵が百二十人か……民兵が過半とはいえ、よくもまあこれだけ数を揃えたものだ。どうせ強権を振りかざして無理やり動員したんだろうが」
リンダム王国軍で一人だけ馬に騎乗し、敵軍を見据えるエドウィンは、傍らに立つジェラルドとそう話す。言葉ではタイウェルの努力を褒めながら、彼を小馬鹿にするようにせせら笑う。
配下たちを使って暴力を振りかざし、恐怖をもって民を支配してきたというタイウェル・ドゥムノス。彼が元々の手勢に加えてこれだけの兵力をかき集めるために、どのような手段を使ったかは容易に想像できた。
敵軍の中にもエドウィンと同じように一人だけ馬に乗り、鎖帷子らしき装備を身に着けて一際目立っている者がいた。民兵よりもまともな装備の手勢を周囲に侍らせているところからして、その男がタイウェルと思われた。
整列するでもなく一塊に集まっている百二十人の中から、その騎乗した男が進み出てくる。体格の良い護衛を何人も引き連れ、馬上でふんぞり返って威張る様子を示しながら、こちらを見据えて口を開く。
「私はタイウェル・ドゥムノス! この地を支配する領主である!」
「……ほう、なんて親切な奴だ。こちらが敵の大将首を間違えないよう教えてくれた」
馬上の男が声を張って名乗り、それを聞いたエドウィンは片眉を上げて呟く。直後にサベルトが噴き出し、他にも王の言葉が聞こえたらしい何人かの戦士が笑いを零す。
「ここはアロナ人の生きる地だ! 余所者のキラケス人がこの地で王を名乗る資格はない! ただちに手下を連れて島を出ていくならば、命は助けてやろう! お前が不当に支配している土地は、私が新しい支配者としてもらい受ける!」
案の定タイウェルだったその男は、よく通る大声で語る。その様は堂々としていて、なかなか迫力があった。
「言うことを聞かなければ、お前と手下を皆殺しにする! 逃げ去るか死ぬか、今すぐ選べ!」
語りきったタイウェルは、エドウィンの反応を待つように押し黙る。エドウィンは少し思案した後、深く息を吸い、敵軍目がけて声を張る。
「私はリンダム王国の建国者にして、神々より祝福を賜りし統治者、国王エドウィン・リンダムである!」
そこまで言ったエドウィンは、そして不敵に笑った。
「タイウェル・ドゥムノス殿! 大きな声で自己紹介できて、その後には長い台詞まで上手に言えて偉いぞ! ほら、頑張ったご褒美に銀貨をあげよう! こっちへ来て拾うといい!」
エドウィンがそう言ってロドニア銀貨を放ると、後ろの戦士と民兵たちは揃って爆笑した。
対するタイウェルは、まさかこのように馬鹿にされるとは思っていなかったのか、虚を突かれたように固まった。それから間もなく我に返ったらしく、よほど怒ったのか、何を言っているのか聞き取れないほど激しく怒鳴り出した。
怒りのままに腰の戦斧を手に取り、こちらへ馬を進めようとしたタイウェルは、しかし周囲を囲む護衛になだめられ、馬の手綱を引かれながら一度下がっていく。
「……これだけ挑発しておけば十分だろう」
エドウィンはそう呟くと、振り返って戦士と民兵たちを見回す。
「我が忠実なる戦士諸君! そして勇敢なる民兵諸君!」
この場に並んでいるのは、野営地の防衛に割いた少数を除く八十人ほど。王の呼びかけを受けた彼らは、一斉にエドウィンに注目する。
「こうして見れば、なんと不思議な軍勢だろうか! この軍勢の過半は、このアロナ島に生まれた者たちだ。そして残りの者は、大陸で生まれたキラケス人の元傭兵だ。王であるこの私もキラケス人だ。敵軍の大将タイウェルは私を余所者と呼んだが、それはある意味で正しい……だが、アロナ人もキラケス人も、同じ人間であることは変わらない。私たちは同じように神々を敬い、勤勉に働き、家族を愛し、そして今は同じ目的の下に集っている。財産や家族を守るため、悪党を倒すという正義の決意を抱いてこの場にいる!」
力強く語りながら、エドウィンは敵軍の方を指差す。
「敵軍の大将タイウェルは恐ろしい男だ! 奴は自分が支配する民に、帝国支配の時代に勝る重税を課している! それだけでは飽き足らず、配下を使って暴力を振るっている! 奴に敗けたが最後、キラケス人は家族共々皆殺しにされるだろう! そしてアロナ人は、平穏な生活を奪われ、いつ殺されるとも知れない悲惨な人生を送ることになるだろう! それが嫌なら、あの大悪人に立ち向かうのだ! 財産と家族と命を守るために、タイウェルの軍勢を打ち破るのだ! 何も恐れる必要はない! 諸君には王がついている! 王に従えば必ず勝てる! この私が! リンダム王国の王であるエドウィンが! 神々の名の下に約束しよう!」
高らかに宣言すると、戦士と民兵たちからは雄叫びが返ってきた。皆が高揚に任せて叫び、リンダム王国軍は戦意で満たされた。
サベルトが気を利かせたのか「エドウィン王万歳」と言うと、他の者たちもそれに釣られ、次第に声がひとつになった。八十人が声を揃えて王を讃えた。
エドウィン王万歳。極上の響きが辺り一帯の空気を揺さぶる様を堪能したエドウィンは、満足げに頷くと、手を軽く掲げた。軍勢が静かになったのを確認し、下馬して馬を後方へ下がらせ、再び敵軍の方を向いた。
「……上手いもんですね。戦意高揚の演説までお得意とは、若様は芸達者だ」
隣に並んだジェラルドに言われ、エドウィンは楽しげに笑む。
「芸達者でなければ王は務まらないさ」