作品タイトル不明
第三十五話 いざ出陣
ジェラルドは有言実行し、二日後には全ての人里から民兵が集められた。
戦時の義務として定められた数の徴集兵に加えて「従軍して戦利品を手に入れよう」「戦争で働きを示し、王家の戦士団に入れてもらおう」などと野心的なことを考えたらしい若者たちも勝手にやってきたため、王の都に揃った民兵は予定よりも多い八十人ほどとなった。
ここに王家の戦士団を加えた百二十人が、リンダム王としてエドウィンが動かすことのできる全兵力。しかし、その全員を侵攻に伴うわけではない。エドウィンが軍を率いてタイウェルの領地を攻める間に、タイウェルが別動隊などを用いて後方を襲撃しようと試みる可能性もあるため、館と都の防衛に十人の戦士と二十人ほどの徴集兵を割くことにした。
残る三十人の戦士と、自ら戦いに志願した者を含む六十人ほどの民兵が、今回の外征に投じる戦力となる。これだけの人数が片道数十キロメートルの距離を移動して戦いに臨むとなれば、行軍や野営に必要な物資の量もそれなりに多くなり、随行する非戦闘員も数十人規模で必要。物資を用意し労働者を募る作業は、兵の徴集と並行して慌ただしく進んだ。
そして、兵力集結と外征準備が完了した三日目の朝。都の広場では、ジェラルドの指揮のもとで出陣の準備が進んでいた。荷馬車の荷台や荷馬の背に物資を積む非戦闘員たちや、それぞれ装備と荷物を持って整列する戦士と民兵たちを、エドウィンは激励して回っていた。
「いやあ、これだけの物資や馬や人員を管理するとなると、まるで自分が大商人にでもなった気分でございます」
準備の様を眺めながら言ったのは、リンダム王家の御用商人に任命されているロイドだった。彼は今回、必要物資を運ぶ数台の荷馬車と何頭もの荷馬、そして非戦闘員たちを率いる役割をエドウィンから任されている。
「我が国が大きくなればリンダム王家の権勢も増し、そうなれば王家の御用商人を務める君はより大規模に商売をするようになる。君はこの先本当に大商人になる運命なのだから、今回はその予行演習だと思うがいいさ」
「それはそれは、何とも素晴らしい考え方と存じます。さすがは国王陛下」
例のごとく少々卑屈な笑みを浮かべ、揉み手をする彼に、エドウィンは鷹揚に笑い返す。
エドウィンがロイドをこの大役に任命したのは、元々が零細の行商人とはいえ荷馬車を使って仕事をしてきた彼ならば、荷馬車や荷馬の扱いも、物資輸送においての細かな要領も心得ていると期待したため。それに加えて、王による派手な軍事行動の足元を彼に支えさせることで、彼が王に重用されている重要人物であるとリンダム王国の民に印象づけたいという狙いもある。
「軍勢はそれを支える者たちがいなければ力を発揮できず、勝利を得られない。君の今回の働きに期待しているよ」
ロイドにそう語ったエドウィンは、出陣準備の列から離れると、今度は見送りのために館の前にやってきた王家お抱えの職人たち――鍛冶職人デリックと木工職人トマスのもとへ歩み寄り、仰々しく両手を広げて笑顔を作る。
「リンダム王家が誇る優秀な職人たち! 君たちの手がけた装備があれば、我が軍勢は必ずや大勝利を得るだろう。その後には君たちにも相応の褒美が与えられ、我が家臣たちや民からも信頼と称賛が送られるはずだ。楽しみにしているといい」
「ははは! そりゃあいい話だ。陛下が大勝ちしたって報せを楽しみにしてますよ」
豪快に笑って王に答えたのは、デリックの方だった。
エドウィンの招待を受けてアロナ島に移住した彼と弟子たちは、以降よく働いている。彼らのおかげでエドウィンと戦士たちの装備は常に万全の状態となり、予備の戦斧や槍や短剣も新たに数本が作られた。いずれもっと大量の鉄が安定して手に入るようになれば、最上級の装備である鎖帷子や極めて高価な武器である剣も作られる予定。
「……私の作ったクロスボウが、ちゃんとお役に立つことを願っています」
デリックとは対照的にやや緊張した面持ちで、トマスが言った。エドウィンより王命を受けてからクロスボウの量産に努めてきた彼は、今では王の館の近くに家と工房を与えられ、名実ともに王家の御用職人の立場となっている。
そんなトマスが手がけたクロスボウは、練度の低い民兵たちに強力な攻撃手段を持たせるための切り札として、今回初めて本格的な実戦に投入される。先のガレスとの戦いでは、使い手として想定されている民兵たちがまだ動員されなかったことに加え、タイウェルとの決戦まで切り札を秘匿しておきたいエドウィンの思惑もあり、使われなかった。
トマスからすれば、自分の働きが王にとって有用と見なされるのか、あるいはまったくの無駄だったと見られるのかは未知数。彼の緊張も仕方のないことと思いながらエドウィンは苦笑した。
「そう強張らなくてもいい。クロスボウを勝利のために活かせるか否かは、軍勢の大将である私の責任の下で決まるのだから。君の作ったクロスボウの質は高い。君は良い仕事をした。それは揺るがないのだから安心したまえ」
そう説かれたトマスは、ようやく少し安心した表情になって頷いた。
それから間もなくして。ジェラルドから報告を任されたのであろうレオフリックが、エドウィンのもとへやってくる。
「国王陛下、出陣準備が全て終わりました。いつでも発てます」
「分かった、報告ご苦労」
エドウィンは答えると、自身が乗る馬のもとへ向かう。
元々ここの農場主だったクレアの父が使っていた、現在のリンダム王国内では数少ない上質な乗用馬。その傍らには、王妃クレアが立っていた。
彼女はおそらく内心に心細さを抱えながら、しかし穏やかな微笑を浮かべる。
「陛下が偉大な勝利を成されると信じています。どうかご無事で」
「ありがとう、我が最愛の王妃。こちらへおいで」
エドウィンが両手を広げると、クレアは歩み寄る。若く頼もしき王と、若く麗しき妃が優しく抱き合う。まるで物語の一幕のような光景に、集結している戦士と民兵たちも、見送りに集まっているその他の民も見入る。
「愛してるよ、クレア。必ず君のもとへ帰り、これからも君の傍にいよう。僕たちの子供と一緒に生きていこう」
「……はい、エドウィン様。私の救世主様。あなたを心から愛しています。神々があなたをお守りくださいますように」
王と妃ではなく、ただ互いを愛する男女として耳元で言葉を交わし、そして二人は身を離す。エドウィンはクレアに優しく口づけし、振り返って馬に乗る。
レオフリックが差し出した戦斧の柄を鞍に差し、王家の紋章――黒いウロボロスの意匠の描かれた円盾を背負い、エドウィンは馬上から傍らを向く。
まずは留守を守る戦士と民兵の指揮官を務めるオズワルドに向けて頷くと、彼はにやりと笑って力強く頷き返す。次に祭司長フィオナに頷くと、やはり彼女も微笑を浮かべて頷き返す。
そしてクレアの後ろに控えている家令のドーラに頷くと、彼女も主君の意思を理解した様子で一礼した。
再びクレアに視線を向け、彼女と笑みを交わしたエドウィンは、出陣に臨む戦士と民兵たちを見回す。
「精強なる戦士諸君! そして勇敢なる民兵諸君! これはリンダム王国に勝利をもたらし、この国に暮らす皆に平和と富をもたらすための戦いだ! 勇んで進もう! いざ出陣!」
王の呼びかけに、戦士と民兵たちは力強く応答した。
ジェラルドをはじめ古参の戦士たちに周囲を囲まれ、王家の旗を掲げるレオフリックを伴いながら、エドウィンは馬を進める。その後ろに戦士と民兵が、そして商人ロイドを筆頭とした非戦闘員たちが続く。
軍勢は盛大な見送りを受けながら都を発ち、北へと進んでいく。