作品タイトル不明
第三十三話 侵攻計画
ガレスとその軍勢を排除し終えたエドウィンは、唯一生かされた捕虜――最も若年に見えるという理由で選ばれた者にガレスの首を持たせ、彼の支配域へ送り返した。リンダム王国に侵入して無辜の民を虐殺した外道たちは、王の怒りを受けて皆殺しにされたと言い広めるよう命じた上で。
幸運な若者が生首を抱えて逃げ帰っていった後、戦士たちは襲撃の犠牲になった住民たちの遺体を村の広場に丁寧に並べ、そして敵の死体は、後で村に帰ってきた住民たちが焼くなり吊るすなり切り刻むなりして復讐できるよう、広場の隅にひとまとめに積み上げた。
そうして戦場の片付けを終え、エドウィンと戦士たちは都へと帰還した。エドウィンは領土を守った王として民の歓声を受け、留守を守っていたサベルトたちから勝利への称賛を受け、愛する王妃クレアから抱擁と口づけで無事の帰還を祝われ、館に入って一息ついた。
「本当に、ご無事でお帰りになられてよかったです……戦士の皆さんも全員生還されて、何よりですわ」
「あんな脆弱な連中が相手では、百戦したとしても死ぬ気がしないよ。まったく、驚くほど弱かった。そうだろう?」
クレアに寄り添われながらエドウィンが言うと、共にテーブルを囲む側近たちのうち、オズワルドが頷いて口を開く。
「ですね。まるで鹿でも狩ってるみたいでした。いや、いざとなれば死ぬ気で反撃してくる鹿の方がまだ気概があるか」
「それに、鹿の方がよほど素早いぞ。少なくともあの連中みたいに、一人も逃げられないなんてことはあり得ない。あいつらと比べるのは鹿に失礼だ」
調子よく語ったオズワルドに続いて、生真面目なレオフリックまで珍しく軽口を言った。派手な勝利の後で、彼も気分を良くしているようだった。
「民兵どもはともかく、ガレスやその配下たちも大した腕でしたね。一応まともな鉄製武器を持っていたところで、肝心の実力があれでは」
「ああ。やはりろくな実戦経験も持たず、ろくな訓練もしていない兵は弱い。ガレスの配下があの調子なら、タイウェルの配下の実力もたかが知れているだろう」
呆れたように語るジェラルドに頷きながら、エドウィンは使用人ドーラがテーブルに置いたエールの杯を手に取り、口元に運ぶ。乾いた喉をぬるいエールで潤す。
この地へ渡ってきた際に排除した盗賊団然り、アロナ人は基本的に弱い。より正確に言えば、現状のアロナ島にはまともに戦える者が極端に少ない。
今より二百年ほども前、ロドニア帝国がアロナ島を征服した際、島内各地にあった小王国の支配者層たる王族や戦士たちは大半が殺されたという。その後は帝国軍がこの地の治安維持を担い、現地住民たるアロナ人のほとんどは農民として、あるいは職人や商人として生きてきた。
農場や商人の用心棒のようなことをしている者たちもいるが、彼らの多くは体格に恵まれ腕っぷしに自信があるからそのような生き方を選んだだけで、体系的に戦闘を学んだことのある者や、実戦経験を持つ者は多くない。
なかには帝国軍人や傭兵になり、大陸で実戦を経験した後に島へ帰ってきたような者もいるのだろうが、あくまで例外的な存在のはず。少なくとも、タイウェルの配下にそのような強者が揃っているとは聞いていない。
帝国による支配の下で二百年にわたって平穏な暮らしを続けてきたからこそ、アロナ人は全体として戦いに向かない。治安の不安定な地域も多い大陸で、荒事を生業として実戦を経験しながら生きてきたエドウィンたち元傭兵にとって、脅威となる敵はごく少ないものと思われる。
「今回の戦いでガレスの軍勢を全滅させたということは、西に関しては、もうあんまり警戒する必要はありませんかぁ?」
「そう考えていいだろうね。ガレスの支配域の人口から考えて、成人男子を三十人以上も失ったのは相当に痛いはずだ。その上で、ガレス自身とその配下たちも死んだとなれば、奴の支配域から再び軍勢が作られて攻めてくることはまずない」
この場に同席している祭司長フィオナに答えたエドウィンは、再びエールをあおると、杯を力強くテーブルに置いて側近たちを見回す。
「さて、我が側近諸君。早速だが今後の話をしよう……タイウェルの傘下にいるガレスが、タイウェルの指示のもとで我がリンダム王国領土に踏み入り、掠奪と殺戮を為した。これは誰の目から見ても、明確に一線を越える行いだ。タイウェルが係争の段階を踏まず、いきなりこのような暴挙に及んできたことには正直言って驚かされたが、おそらく僕がキラケス人であるが故に、暴力的なやり方で排除に及んでも許容されると踏んだのだろう」
キラケス人であるエドウィンは、現地のアロナ人有力者から警戒されやすい存在。故に、タイウェルの勢力が邪魔だからといっていきなり攻撃するような真似はせず、少なくとも表向きは穏やかに接触した上で「係争が重なった末に相手が一線を越えたので、自分の領土と民を守るために戦いに乗り出した」という状況を作るために工作活動を展開していた。そうすることで、自分はアロナ人有力者たちと共存が可能な、話の分かるまともな為政者であると後々主張できるよう立ち回っていた。
一方で、アロナ人であるタイウェルは、理由なき奇襲という外聞の悪い手段でリンダム王国を征服したとしても「島に侵入して支配者面をしているキラケス人を脅威と考えて排除した」と言い張ることができる。強弁ではあるが、エドウィンがタイウェルに同じことをするよりは、他のアロナ人有力者たちの理解を得られる可能性が高い。少なくともタイウェルは、この理屈が通ると考えたからこそ戦いに踏みきったものと思われる。
こちらは世間体を気にして慎重に動かざるを得ず、あちらは多少の醜聞を無視してこのような乱暴な振る舞いを選択することができる。まったく不平等な話だとエドウィンは思うが、こればかりは元々が余所者の身である以上、受け入れるしかない不利だった。
「少なからぬ民を殺されたことは業腹だし、タイウェルの側の過失を引き出そうと丁寧に係争の種を蒔いてきたこちらの努力が無駄になったことも不愉快だが、結果として我が国は奴の領地に攻め入る大義名分を得た……もはや一切の遠慮は不要だ。直ちに兵力を集結させ、北へ進軍し、タイウェル・ドゥムノスを破滅に追いやろう。そして奴の領地を奪い取り、リンダム王国をより強大にしようじゃないか!」
エドウィンの言葉に、側近たちからは力強い応答が返される。
「まず重要なのは、タイウェルの動向を探ることだ。なのであちらの領地に斥候を送り込もう。敵側の兵力集結の様子を見張り、敵がこちらの予想に反する行動――例えばガレスの支配域の方へ回り込んで再び西から攻めてくるような素振りを見せたらいち早く察知できるように」
「それじゃあ、足が速くて夜目が利く者を何人か、北に送り込んでおきますか」
「俺が道案内を務めます。商人のロイドさんに同行してタイウェルの領地を巡ったので、ある程度の地理と、奴が拠点にしている村の位置は分かります」
サベルトとレオフリックの提案に、エドウィンは「良い案だ。それでいこう」と承諾を示すと、さらに話を続ける。
「そうして敵側の動向を注視しながら、急ぎ兵力を揃える。領土内の各人里に、民の務めとして兵を出すよう命じるんだ。数日中に兵の召集を終え、タイウェルを討つために北へ進軍する。召集の手はずについてはジェラルドに任せる」
「分かりました。明日の夜明けと共に戦士たちを発たせ、王命を各人里に伝えます。二日もあれば集結を完了させられるでしょう」
「それだけ迅速に集められるなら十分だ。子分の軍勢が予想外に素早い反撃を受け、皆殺しにされたと知れば、タイウェルが動揺するのは間違いない。ガレスをけしかけて我が国を混乱させた後に侵攻するつもりだったであろう奴は、この事態を前にしてしばらく動きがもたつくだろう……数日後に出陣できるのであれば、敵側に先に動かれて我が領土内に入り込まれる事態を防ぎ、決戦の時と場所をこちらが選べる。戦いの主導権を我が手に収めた上で、奴との決戦に臨もう」
内心の意気込みを表すように、エドウィンは力強く手を握り込みながら言った。