軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話 戦いに向けて①

その後、タイウェル・ドゥムノスに書簡を届ける遣いとして抜擢されたのは、アイヴァー川下流域の東側にある比較的大きな神殿に住み、そこを管理する数人の祭司のまとめ役を担っている老祭司だった。

真面目な気質であることは疑いようがなく、好々爺らしい容貌で、たとえ近々死んだとしても十分に人生を謳歌したと言える年齢なので、危険を伴う役目にはぴったりだった。

エドウィンが書簡に記したのは、あくまで穏便な挨拶。己の出自と、リンダム王国を築くに至った経緯の説明。さらには「支配域を接する者同士、今後関わることもあると思うのでよろしく」というような言葉。老祭司はこの無難極まりない内容の書簡を預かり、王の館を発った。

そして数日後、彼は幸いにも生きて帰還し、タイウェルからの返事の記された書簡をエドウィンに届け、己の役割を完遂した。

「……なるほど。まあ、予想通りだ」

王の館の広間。届けられた書簡を読んだエドウィンは、笑みを浮かべながら言うと、わざとらしく姿勢を崩した。椅子の背に体重を預け、足を組み、ふてぶてしく息を吐いた。

隣に座るクレアがエドウィンの手元の書簡を覗き込み、その内容を確認する。

「島の外から現れ、アロナ人の土地を不当に占拠し、王を僭称する余所者と仲良くすることはできない……まあ、エドウィン様はとても丁寧な書簡を送られたのに、お返事がたったのこれだけだなんて。挨拶の言葉のひとつもありませんわ」

彼女の声色には驚きと共に、穏やかな気質の王妃としては珍しく、少々不愉快そうな感情が込められていた。

「余所者呼ばわりときたか。まあ本当のことだが、随分と嫌味な言い方をしやがるもんだ」

「案の定、とても友好的とは言い難い返事ですね」

クレアよりも数段露骨に不愉快さを露わにするサベルトの隣で、ジェラルドがあくまで冷静さを保って語る。

「ああ。だがむしろ、我が国にとっては都合が良い。下手に仲良くしようなどと言われなくてよかった……それにしても、王を僭称と来たか。僭称か。随分と難しい言葉を知っているものだ。きっと領主タイウェル・ドゥムノス殿は勉強家なんだろう」

エドウィンは側近の言葉に頷き、脳内でタイウェルの顔を適当に想像しながら――その顔はお世辞にも精悍とは言えなかった――小馬鹿にするように言い放つ。

「とはいえ、この書簡を読む限りでは、奴はまだ決定的に敵対する意思までは示していない。おそらく向こうも様子見をするつもりなんだろうが……こうなると、ひとまずのところは睨み合いを続けることになるか。睨み合いながら揉め事の火種を仕掛け合い、そう遠くないうちに本格的な戦争に突入することになるだろう」

「エドウィン様の勝利は間違いありませんわ。強く聡明で、神々に愛されている偉大な王に、その偉大さを理解できないような人が敵うはずありませんもの」

エドウィンを心から信頼し、エドウィンに心から心酔している様子でクレアが言う。愛する女性の断言を受け、エドウィンは上機嫌に笑って頷く。

「そうだね、クレア。僕が確実に勝利する。神々に約束された勝利だ……その勝利をより完璧で偉大なものにするために、やはり情報収集と戦準備が大切だ。我が頼れる側近の諸君、引き続きよろしく頼むよ」

タイウェル・ドゥムノスへの接触と並行して、エドウィンは今後に向けた幾つかの指示を側近たちに下している。タイウェルとはいずれ戦火を交える前提で、既に準備は始まっている。

王よりあらためて訓示を受けた戦士たちは力強い返事を為し、フィオナ祭司長もしっかりと頷いた。

・・・・・・

帝国支配の時代には、人口や地理の制約があるために大陸の帝国本土ほど大規模かつ活発なものではなかったが、アロナ島においても商業活動が行われていた。数はさして多くないものの、地元の商人たちが各地の人里や帝国軍の拠点を巡り、様々な品を運んでいた。大陸との交易も行われ、大陸の商人が島の内陸部まで訪れることもあったという。

そうした商業活動は、しかし帝国軍が島から撤退した今となっては、ほとんど壊滅状態となっている。

島内の治安が目に見えて不安定になり、帝国軍人とその家族という巨大で比較的裕福な消費者層が消え去り、商人をはじめとした大陸からの来訪者たちも大半が帰国。以降の大陸との交流は皆無に近い状態となり、すなわち島で生産された品物を買い求める海の向こうの消費者も失われた。

商品もその需要も激減し、島の商業を巡る状況が根本から覆った以上、アロナ人商人たちもこれまでのように活動することは極めて難しくなった。

その結果、彼らはほとんど姿を消した。おそらくは、島内に点在する人里で住民たちが息を潜めるように生きている現状に溶け込んだ。

商業の規模自体が小さかったアロナ島では、地元の商人の多くが家と多少の農地を所有し、農業も行いながら商業活動に勤しんでいたという。そうした者たちは家に帰って自作農としての生活を送り、そうでない専業の商人たちも、自作農家をやっている家族親族のもとに助けを求めて転がり込んだものと推測される。

不運にもそのような逃げ道のなかった者たちは、どこかで小作農として雇われるか、より不運な者は野垂れ死にしたかもしれない。また、中には商売の新天地を求めて大陸へ渡った者なども、僅かだろうがいるものと思われる。

そうして大半の商人が消えたアロナ島内において、それでもなお商業活動を続ける者も、数は極めて限られるが存在する。現在のリンダム王国の領土内においても、僅か数人程度だが、今もなお商人と呼べる者たちがいる。

ひとつの人里だけでは自給できないものを運んで故郷の社会を守るという使命感からか。あるいはこのようなときこそ商売を続ける方が縄張りを独り占めできて得になると考えてのことか。彼らは狭い範囲内で、細々と商売をしている。野菜や家畜、塩、薬、木炭、蜂蜜、染料やその材料、陶器など、人里ごとに生産の有無や生産量の多寡が違う様々な品を王国内で流通させている。

そうした逞しい商人たちの中で、さらに際立って根性のある者が一人いた。ロイドという名の、樽のように大きな体躯が印象的な中年の商人だった。

帝国軍の撤退後は主にアイヴァー川の下流域の東側を縄張りとし、用心棒を雇って治安の不安定化にも対応するなど新たな時代に巧みに適応していたロイドは、リンダム王国の建国から間もないうちにその噂を聞いて王の館に来訪。王であるエドウィンに積極的に媚を売り、御用聞きのようなことをし始めた。

エドウィンは時おり、彼に都で不足している何かしらの品の調達を頼んだり、領土内の人里から税を徴収する際にその輸送を任せたりしている。

タイウェル・ドゥムノスからの返答を受けた一週間後。エドウィンはこのロイドと、王の館の広間で対面していた。

「ロイド、ご苦労だった。無事に帰ってきてくれて何よりだ」

「恐縮にございます、国王陛下。長く商売をしておりますので、害のない余所者を装うことは容易でございました」

玉座に座る王から労いの言葉を賜ったロイドは、肉付きの良い顔に少々卑屈な笑みを浮かべ、揉み手をしながら答える。

エドウィンは彼に、タイウェル・ドゥムノスとその支配域に関する情報収集を頼んでいた。王の依頼を快諾したロイドは、現在の己の活動域であるリンダム王国領土を出て北東方向へ回り込み、東から来訪した商人を装ってタイウェルの支配域に入ると、商売をしながらタイウェルについての情報を収集。その後にこうして帰還を果たし、エドウィンのもとへ報告に訪れていた。

ロイドの後方には、彼に貸し与えられた「追加の護衛」として情報収集に同行していた戦士レオフリックが立っている。エドウィンは若き側近にも視線を向け、労いの気持ちを込めて微笑し、今はまだ声をかけずに視線をロイドの方へ戻す。

「早速本題に入るが、タイウェルに関する情報は集まったかい?」

「もちろんでございますとも。タイウェルの人となりから、領主を名乗るようになった経緯、それに領地や戦力のおおよその規模まで、実に多くのことが分かりました」

そう言って、ロイドは情報収集の成果を語り始める。