軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十九話 戦いに向けて②

ロイドの話によると、タイウェルは元々、ティリス川下流の南に位置する村で村長をしていた。他の住民たちより二回りほども大きな農地を所有する彼は、小作農を何人も雇って農作業を任せるなど、地主と呼ぶべき立場にあった。

帝国軍の撤退に伴って島内に混乱が広がっていく中で、彼は傘下の小作農や村の住民から腕っぷしの強い男たちを選んで武装させ、配下とした。そして近隣の村からも力自慢の者たちを集め、島内の混乱の中で発生した流れ者たちまでをも従え、自身の有する兵力を数十人規模まで拡大。その後は武力をもって周辺一帯を支配し始めた。

そして、どこでその言葉を覚えたのか「領主」を名乗り始めた。支配者層の象徴である家名には、帝国軍の砦の名であるドゥムノスを拝借して。

エドウィンが征服行によってリンダム王国の領土を広げたように、タイウェルもこの一年ほどで徐々に己の「領地」を拡大。現時点で二十以上の人里を支配し、その総人口は一千五百に届くものと思われる。

さらには、同じような経緯でティリス川の河口の南側を支配している、ガレスという名の地主上がりの有力者を従属させているようで、そちらの支配域も合わせると人口はおそらく二千人を超える。

「なるほど。ということは、支配域の規模で言えば我が国と同程度か……戦士として配下を率いた経験もなく、私のように精強な戦士団を持っているわけでもないだろうに、なかなか上手くやっているようだ。それは認めてやらなければ」

ロイドの説明を受け、エドウィンは玉座にふんぞり返って足を組みながら言う。玉座の隣には一回り小さい上等な椅子があり、そこには王妃クレアがにこやかに座っている。

「それで、征服者としては有能なタイウェル・ドゥムノスは、支配者や庇護者としても同様なのかい? そちらの面での評判は?」

「それに関しましては……民から慕われているとは言い難い人物のようです。元々課している税の他にも臨時の徴税などと称して頻繁に貢ぎ物を要求し、民の困窮をよそに贅沢三昧の暮らしを送っているのだとか。さらには、五十人を超えるとも言われる大勢の配下を抱え、その配下たちは民への暴力を厭わない乱暴者が多いそうで……民はタイウェルに不満があっても、彼とその配下たちを恐れて逆らえずにいるそうです。そのような有様から考えるに、為政者としてのタイウェルは、慈悲深く偉大な王であらせられる陛下の足元にも及ばない男かと存じます」

少々わざとらしい呆れ顔を作り、やはりわざとらしく首を横に振りながら、ロイドは語る。

「なるほど。それは確かに、私の統治のやり方とは随分と違うな」

「なんて酷い話なのでしょう……タイウェルに支配されている民は可哀想ですわ」

特に表情を変えずに言ったエドウィンの隣で、クレアは悲しげな表情を浮かべ、タイウェルへの憤りと彼の圧政の下にある者たちへの同情を語る。

「まあ、己の支配域をどのように治めるかは奴の勝手ではあるが……奴の領民たちが気の毒なのは間違いない。我が国の民だけでなく国外の者をも慮るとは、我が妃はなんと心が優しいのだろう」

そう言いながら、エドウィンはクレアに微笑を向けた。王の称賛を受け、彼女は気恥ずかしそうに笑みを返す。

エドウィンは個人的な信条もあり、軽い税を課して民を懐柔し、己への支持を高める統治の手法を選んだ。王という地位に相応の快適で豊かな暮らしを送り、家臣たちとその家族にもできる限り良い待遇を与えているが、民に困窮を強いて自分とその周囲の者たちだけが贅沢三昧を送るような真似はしていない。

しかし、このような統治の手法が為政者として唯一絶対の正解というわけではない。タイウェルのように、民からの搾取によって贅沢に耽り、権力を強化し、恐怖をもって社会を支配するというのも、己の支配域を手に入れた勝者のあり方のひとつと言える。

たかだか一千五百の人口に対して五十人を超える配下というのは分不相応だが、この先さらに領地を広げて権勢を拡大するという野心の表れか。彼がこちらの倍以上の税負担を民に課し、その上でさらに貢ぎ物を要求しているというのは、おそらく彼自身が贅沢をするためだけでなく、己の権勢を支える大勢の荒くれ者たちを養い手懐けるためでもあるのだろう。エドウィンはそのように想像する。

「民の一人として、王妃殿下のお優しい御心に心より敬意を表します……そのような統治を為しているタイウェルですが、己の領地を守ることに関しては熱心で、過去には領内で誕生した大規模な盗賊団を追い払ったこともあるそうです。そのこともあって、彼の領民たちも今のところは大人しく支配されている様子でした。凶悪な盗賊に殺されるよりは、タイウェルと配下たちの多少の乱暴を受け入れる方がましだと諦めている。皆そのような口ぶりでした」

「大規模な盗賊団というと、去年の夏にこの地を襲った連中か」

「はい。去年の夏、盗賊団を南に追い払ったという話だったので、そのように見て間違いないかと存じます」

ロイドの首肯を受けたエドウィンは、小さくため息を吐く。

人間誰しも己のことが第一であろうから、己の支配域から盗賊団をひとまず追い払うというタイウェルの行動については理解する。その盗賊団の討伐をきっかけに自分がアロナ島における権勢の土台を築いたことを考えると、ある意味ではタイウェルの行動がこちらの迅速な建国に利したとも言える。

とはいえ、盗賊団がこの地にもたらした被害を考えると、感情的にはどうしても不愉快に思ってしまう。民の被害はもちろんのこと、クレアの父と兄が命を落とし、それによって彼女が悲しんだ原因がタイウェルの行動にあると思うと、特に許し難い。

そう思いながら、エドウィンはロイドの後ろのレオフリックにさりげなく視線を向ける。ロイドによる情報収集の場に常に立ち会っていた彼は無言で小さく頷き、ロイドのここまでの報告が真実であることを示した。

若き側近に対して自身は何ら反応を返さず、エドウィンはロイドの方へ視線を戻す。

「……ロイド、素晴らしい働きだった。おかげでタイウェル・ドゥムノスについておおよそのところは理解できた。君の献身を認め、これより君を正式に我がリンダム王家の御用商人とする。今後商売をする際、自分はエドウィン王のお抱えだと公言するといい」

「それはそれは、誠にありがたきことと存じます。私などが陛下のお抱えを名乗れるなど、身に余る光栄です」

ロイドはにんまりと笑いながら言い、深々と頭を下げる。

エドウィンは困難な仕事の褒美として彼に銀製の腕輪を与え、下がることを許可する。褒美を受け取ったロイドは、笑みを浮かべて何度も頭を下げながら館を出ていった。

「……さて、レオフリック。よく無事に帰ってきてくれたね。大変な仕事だっただろう」

「ありがとうございます、エドウィン様……まあ、それなりに苦労しました」

気を許せる顔ぶれだけになったことで口調を少し崩しながら、エドウィンは若き側近に労いの言葉をかけた。エドウィンにとって有能な家臣であると同時に年上の幼馴染でもある彼は、微苦笑交じりに答えた。

表向きは、危険もあるであろう仕事に臨むロイドに、王が優秀な戦士を追加の護衛として貸し与えたかたち。しかし実際は、ロイドが真面目に仕事をこなすか、彼が正しい報告を為すかを確かめるための監視要員として。おそらくはロイドの方も、レオフリックが後者の意味も兼ねて同行することを承知の上でエドウィンの申し出を受け入れた。

気苦労も多かったであろう仕事を、しかしレオフリックは完遂してみせた。これで彼は、エドウィン王のために重要な仕事を果たしたという実績を得た。いずれ彼が父ジェラルドの跡を継いで戦士長に任命されるとき、今回の実績も役に立つ。

「見事な働きだったよ。君のおかげで、ロイドの報告を信じながら事を進めることができる。彼をこれから御用商人として重用していく決心もついた」

ロイドは表情や仕草こそいかにも小賢しい商人のように見えるが、これまでの働きを見るに、個人として有能であることは疑いようがない。エドウィンが依頼した仕事についても全て真面目にこなしており、細かい気配りもできる。その上で、仮想敵の支配域への潜入という危険も伴う仕事を打診されると、彼はためらうことなく引き受け、そして完遂してみせた。

能力があり、度胸もある。リンダム王国が今よりもずっと小規模だった頃から王家に接近してくるなど、先見の明もある。ただ王家との伝手を一方的に利用して儲けようとするのではなく、ときには自身も危険な橋を渡り、この不安定な世界において王家と共存共栄を目指す意思があるものと見ていいだろう。エドウィンは今回の一件を経てそう判断した。

「今回の情報収集で、タイウェルの得体は知れた。この先戦う相手がどんな奴かあらかじめ分かっているというのはありがたいことだ……話に聞いた様子だと、やはりタイウェルの配下は元農民ばかりのようだから、精強な戦士団とクロスボウを持つこちらが勝つのは容易だろう。それに、奴が支配下の民から好かれているわけでもないのなら、奴の領地を奪い取り、掌握するのもそう難しくないはずだ。僕が支配してやった方が、奴の民も幸せだろうさ」

「仰る通りですわ。皆、エドウィン様に支配してもらえばいいんです。それがいちばん幸せに決まっているんですから」

クレアがうっとりとした表情でエドウィンを見つめながら言う。妻の熱い視線と信頼に満ちた言葉を受け、エドウィンは悦に入って笑う。

「後は、いつ戦いに踏みきるかだが……とりあえずは大義名分作りのために、揉め事の種を蒔くとしよう。奴の支配域の南端近くで家畜の放牧をしたり、戦士たちを見回りに出したりしてみるか」

そうしてタイウェルの勢力との緊張を高めれば、どうやらこちらのことを嫌っている様子の彼はいずれ一線を越えてくれるはず。そう考えながら、エドウィンは今後の行動の詳細について家臣たちと話し合う。