作品タイトル不明
第二十六話 別勢力
昨年の晩秋の時点で、エドウィンはアイヴァー川下流域の東側一帯を掌握し、征服の矛先を北へと向けていた。
邪魔な丘陵を越えてさらに東へ向かうのは少々面倒で、西と南には海が広がっている。北西には大森林があり、その大森林を西側に回り込んで北上するのはやはり面倒。なので必然的に、アイヴァー川を渡った上で北に領土を広げていくこととなった。
春の訪れと共に再開された征服行は、昨年と変わらず順調に進展した。エドウィンは二十人ほどの戦士を引き連れて村や農場に踏み入り、そこの住民たちに庇護を約束し、服従を誓わせた。
こうして北へと領土拡大をしていく中で、エドウィンはただ己の支配域を広げるだけでなく、盗賊団の暴走の後始末にも努めなければならなかった。
エドウィンたちがアロナ島へ辿り着くと同時に討伐した盗賊団は、北から大森林の東側を伝うようにアイヴァー川下流域へと流れてきて、その道中でいくつもの人里を襲っていた。
そのため、北の新領土にはこの盗賊団によって壊滅させられた村や農場がいくつもあり、さらには新たに服従させた人里に、盗賊団の襲撃から逃れて故郷を失った生存者が少なからずいた。
彼ら生存者は、逃げた先の村や農場で小作農として働くことでなんとか一冬を越えたものの、本心では居心地の悪い余所の人里に留まるよりも故郷に帰りたい者が多い様子。生存者を受け入れた人里の方も、元は余所者である彼らをこのまま永住させることは避けたいようだった。
支配者たるエドウィンとしても、領土の中に廃村や廃農場ばかりが広がる空白地帯があるのは望ましくない。そのような場所があると土地が無駄となる上に、余所からまた盗賊などが流れてきて棲みつきかねない。
考えた結果、エドウィンは彼らを故郷に戻した上で、次の収穫がなされるまでの最低限の食料を与えてやることにした。さらに、それらの人里に関しては、復興を優先するために向こう三年間は税を免除した。
総勢で百人を超える民を向こう半年程度とはいえ食わせるとなれば、これから税として得られる食料の余剰分のうち、少なからぬ割合を割かなければならない。とはいえ長い目で見れば壊滅した人里を復興させる方が良いことは間違いないので、国を治めていればこのような負担もあるのだと受け入れることにした。
支配者として王国社会を維持するための負担としては、他にも重要な事項がいくつかある。
例えば、戦士団を使って領土内の治安を守ること。
人里は一度征服すれば終わりとはいかず、民に庇護を約束した以上、領土内の治安維持にも労力を割かなければならない。さすがに数十人規模の盗賊団が現れることは滅多にないとしても、数人程度の盗賊はいつ現れてもおかしくない。それ以外にも、リンダム王国と同じように一定の支配域を確立した他勢力が近くに現れて、こちらの領土内にある人里の支配権を奪ったり、組織的な掠奪などに及んだりする可能性もある。
なのでエドウィンは、戦士たちに領土内の見回りを定期的に行わせている。昨年のうちから、数人一組の戦士が王国支配下の人里を巡って住民たちに異変や困りごとがないか聞き、さらには盗賊が身を隠せそうな森などの様子を見て回るようになった。盗賊を発見し、追いかけて討伐したことも一度あった。
この見回りがリンダム王国内の治安回復にどれほど寄与しているかは分からないが、少なくとも民の安心感を得ることはできているようだった。見回りを務める戦士たちの話では、民からは「王様のおかげで平和が保たれてありがたい」という声が聞こえているという。
彼ら戦士たちに対する民の印象も変わってきたようで、戦士たちが各人里へ見回りに赴いた際には笑顔で迎えられるようになっているという。サベルト曰く「まるで英雄扱い」とのこと、また彼の息子オズワルド曰く「征服のときに俺たちをあれだけ怖がってたのが嘘みたいで、まったく可笑しなもん」とのことだった。
他に、犯罪や揉め事に関する裁判を執り行うことも王の重要な仕事。
エドウィンの印象としては、アロナ人は大陸の人間と比べると温厚な気質の者が多いが、それでも中には乱暴者もいる。また、温厚な人間だろうと時には他者と揉め事になることもある。
多少の問題であれば各人里の中で村長なり顔役なり農場主なりが裁定して収めるが、強盗や傷害などの重大な犯罪が起こった場合や、当事者や周囲の者では解決することが難しい深刻な係争が起こった場合に関しては、より上位の支配者層が裁くのがロドニア帝国での法だった。
エドウィンは人里を征服する際、帝国法を暫定的に用いると宣言しているため、時おり犯罪者や係争を抱えた民、さらにはその関係者が見回りの戦士たちによって王の館に連れてこられる。その際エドウィンは彼らの話を聞き、自身が妥当と考える裁決を下している。
このようにして、王としての仕事を為しながら領土拡大に努めていたある日。エドウィンは例のごとく二十人の戦士を引き連れ、新たな人里を訪れ、住民たちに服従を要求していた。
「――ここより南の人里の全てが、既に我が支配下となっている。この村に暮らす諸君にも頼みたい。私を王として認め、讃え、私に服従してくれ。さすれば私は諸君に庇護を与えよう」
人口百人に届く比較的大きな農村の広場で、エドウィンは集った住民たちに向けて手を広げながら、いつもの調子でそう語った。
エドウィンの言葉に対し、住民たちは困り顔でぼそぼそと話し合う。それ自体はこれまでの征服行においてもよく見られた光景だったが、エドウィンは彼らの表情に違和感を覚えた。突然現れた王に服従を強いられたことへの戸惑いとは違う、もっと別の混乱の気配を感じた。
「……あの、すみませんが」
この村の顔役だという数人の家長たち。その中でも最年長であるらしい老女が、やはり単なる戸惑いとは違う感情を抱いた顔で口を開く。
「この村は、もう他のお方に服従を誓っているんです」
彼女の言葉を聞いたエドウィンは、片眉を上げて驚きを示す。
「他の者に? その相手は一体どこの誰だ?」
「それは……タイウェル様というお方です。北の方から兵隊を引き連れてこの村に来られて、自分はティリス川の下流より南を支配する領主だと名乗られて、この村は自分の領地だと宣言なさったんです。今から一週間ほど前のことです」
老女の話によると、この村より北の一帯は例の盗賊団が荒らし回ったために、今は人がほとんど住んでいない空白地帯のようになっている。その結果、空白地帯よりさらに北の一帯とは、昨年から全くと言っていいほど交流がないという。
しかし、件の「領主」はその空白地帯を越え、さらに北からやってきた。タイウェル・ドゥムノスと名乗ったその領主は、ティリス川の下流からその空白地帯までの間に点在する多くの人里を既に征服し、さらに支配域を広げようと南まで進出してきたのだという。
タイウェルというのはその領主自身が生まれ持った名だとして、ドゥムノスという家名の由来は明らかだった。
ティリス川下流域の南側を統括していたロドニア帝国軍の拠点がドゥムノスという名の砦で、その砦は空白地帯の北側、すなわちタイウェルの勢力圏の中に位置している。おそらく彼は、この地域における帝国支配の象徴である砦の名を己の家名とすることで、己がこの地域の支配者であると誇示しようとしているのだろうとエドウィンは考えた。
ちなみに、その領主タイウェルがこの村に課したという税は、エドウィンが課そうと思っていた税の倍以上も重かった。
「……なるほど、領主ときたか」
エドウィンは不敵に笑いながら言うと、後ろを振り返る。老女の話を聞いて驚きや困惑を抱えている様子の戦士たちに視線を巡らせ、そして傍らに立つ側近ジェラルド――彼は冷静な表情を保っていた――に視線を据える。
「我が頼れる戦士長、どう思う?」
「そうですね……やっと手応えのありそうな奴が出てきたものだ、と思っています」
ジェラルドは顎に手を当てて少し考える素振りを見せた後、冷静な表情のまま答えた。
「陛下もそう思っておられるのでは?」
「はははっ! まったく面白いことを言うじゃないか。だが、その通りだ。ようやくまともな他勢力が現れてくれたらしい」
これまでの征服行において、エドウィンが訪れた人里はどこも弱く無防備で、服従の要求に抵抗を示す者は皆無に近かった。
比較的大きな村の村長が周辺のいくつかの人里を従属させ、独自の小勢力を築いていた例もあったが、エドウィンが戦士たちと共にその村を訪問したところ、兵力の質でも数でも勝ち目がないと考えたらしい村長は支配者ごっこを止めて簡単に屈服した。その村も、村長に従属していた周辺の小さな村や農場も、等しくエドウィンの領土に組み込まれた。
いつまでも苦労なく領土を広げられはせず、いずれ競争相手となる勢力と邂逅するだろう。そのように覚悟して身構えていたエドウィンにとって、いつまでも敵らしい敵が現れないこの現状は、楽に領土を拡大できてありがたい反面、拍子抜けさせられるものだった。
己の国を築き育てるというのは、これほど楽で単調なものなのか。エドウィンはそんな呆れを覚えながら、どうせいつかは競争相手が現れるのであれば、いつまでも身構えているのは気疲れするので早いところ遭遇したいとさえ思い始めていた。
そこに来て、自分と同じようなことを考えて行動し、それなりに成功しているらしい者がいると明らかになった。これまで北にそのような勢力があることが分からず、おそらく向こうもこちらを認知しておらず、互いに接触がなかったのは、地勢や情勢に加えて運も絡んだ結果のことか。
この「領主」とやらの出現は、エドウィンにとってある意味で待望の出来事と言えた。
「国王陛下、どうします? 力ずくで黙らせて従わせますか?」
今日の旗持ちを務めていたオズワルドが言いながら、村の住民たちを睨みつける。彼の言葉に合わせて、戦士たちが殺気を放ちながら武器に触れる。
「……いや、止めておこう」
戦士たちと住民たちの間に緊張が走る中で、エドウィンは短い思案の後に答えた。
「そんなことをしては彼らが気の毒だ。私は彼らに庇護を与えるために来訪したのであって、困らせるために来たわけではない」
いずれは自分のものになる民だ。ここであまり無茶なことをして、彼らに悪印象を持たれたくはない。内心でそのように考えながらエドウィンが言うと、戦士たちは武器から手を放す。
「今日のところは帰るとしよう。住民諸君、騒がせてすまなかった。皆に神々の祝福を」
馬に騎乗したエドウィンは、そう言い残すと、呆気にとられた様子の住民たちに見送られながら村を去る。戦士たちがその後に続く。